十九話
「大丈夫だ。傷はアナスタシアが治してくれたから出血は止まってる」
「そりゃ良かったけども……」
強いのか鈍感なのか判断が難しいところではあるな。
「もう少し時間を稼いでくれ。そうすればチャンスを作る」
「わかった!」
「それでいいのか……」
さすがに疑わなさすぎて心配になってくる。
「だって師匠は今までなんとかしてきたじゃないか。師匠がそういうなら私は師匠を信じる。それじゃあ!」
爽やかな笑顔を浮かべてまた飛び立ってしまった。
「今までゴメンな」
脳筋だとか思ってたけど単純にめちゃくちゃ人がいいだけの女だったんだなお前。
となれば俺はその信用に応えなきゃならない。師匠としてアイツにみっともない姿は見せられない。
まあ問題があるとすれば俺はアイツになにも教えてないってことだな。
「これが終わったらなにか教えてやるか」
普通の人間に教えられることがあるかどうかはわからないけど。
そんなことを考えているうちにどんどんと魔力がチャージされていく。
さて、俺がどうしてこんなことをしなきゃいけないのか。純粋にイズルと俺の間にはどうやっても超えられない壁がある。その壁を取っ払うには魔力を溜めるしかないのだ。こうすれば短時間だがアイツと俺の実力を拮抗させることができる。いや、逆に一瞬だけならば俺の方が上回ることができるだろう。
「よーし、きたきたきたきたー!」
魔力が体中にほとばしってきた。チャージが限界を超えて体外に出ようとしているのを無理矢理阻止しているからだ。
この魔力をただただ使ってもイズルにかすり傷を与える程度にしかならない。しかも俺以上の攻撃役が存在している以上、俺が攻撃をする必要はない。俺はイズルの気を引いた上で拘束すればいい。
結界の中で拳を上げた。
「さあ行くぞ! お前達!」
結界を解いてスタートだ。
俺はありったけの魔力を使って自分の分身を作り出しては上空に送り出す。イズルも気付いたようだがもう遅い。イズルよりも高い魔力で射出されるスライムの群れを全部撃ち落とすなんてできやしないからだ。
「なんだこれは!」
とは言うが何体かは消し炭になって落ちてくる。実際の痛みはないが、見た目が俺と一緒なので割と心が痛い。
「南無」
なんて言いながら分身を打ち続けた。
これはいわばアイツになくて俺にある能力の一つだろう。何度も何度もグッピーだったりスライムだったりに繰り返して転生したせいでスライムの扱いにはだいぶ慣れた。扱いというかスライムになることや核分裂なんかに適正ができたというか。
「くそっ! こんなの知らないぞ!」
スライム一体一体はかなり弱いのでイズルが腕を振り払うだけで吹き飛んでしまう。世の中思った通りにいかないもんだ。
「こんなの吹き飛ばしてやる!」
イズルの魔力が膨れ上がって、両手に強烈な光が収縮されていく。
あんなものが放たれたら分身が消し飛んでしまう。
「まあ、こっちに最強の盾がなかったらな」
イズルが手を前に突き出す。それと同時にピルが大きくなってスライムたちを守る。
「そんな馬鹿な……」
イズルからの攻撃をピルが防ぎ、俺が少しずる拘束していく。そうやって時間が経つにつれで戦況は変化していく。
スライムの拘束を促すためにシアも攻撃を続けている。シアに対しての攻撃はピルがカバーする。こうやって俺たちは上手く連携しながらイズルを包囲していった。
そして数分間そんなやりとりをしてイズルの周りにいい感じにスライムがまとわりつき始めた。それはどんどんと大きくなって、イズルの体をまるまる包んでしまった。一応呼吸できるようにはしてある。あとなんとか喋れるはずだ。
「どうだどうだ! これでもう抵抗できんだろ! ローラ! ぶちこめ!」
「おおおおおおおおおおおお!」
上空に浮かび上がったローラが剣を高々と振り上げた。
「必要はないけどな」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
加速しながら剣が降ろされる。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「長いんじゃが」
ようやく剣がイズルを切り裂いた。当然俺の分身たちも切り裂かれる。特に今のローラはとてつもない魔力を持っているので、俺の分身たちは触れただけで木っ端微塵にされてしまった。
だが問題ない。
イズルは大きな裂傷を負ったまま落ちてきた。
ドカンと大きな音がして土煙が舞い上がる。急いで駆け寄ると、地面に大きな赤い染みを作ったイズルが寝ていた。