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101回目の異世界転生!  作者: 絢野悠
八章:新たな問題
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十話〈アナスタシア〉

 夢を見ていた。


 暗く冷たく埃っぽくもあるがジメジメした場所にいた頃の夢だ。そう、私が魔王であった頃の夢。


 誕生した時は祝福された。最初はよかった。私の戦闘能力が低いということが露呈していくに従って私の立場は悪くなっていった。


 私が地下牢に閉じ込められるようになったのは、誕生してから二年経ったあたりだった。


 食事は冷めたスープと固くなったパンだけ。スープには虫がよく入っていたし、パンにカビが生えているなんてしょっちゅうだった。


 しかし私は一般的な生活なんて知らない。生まれ落ちた時から魔王だったし、魔王になる前の記憶はない。魔王とはそいういうものだと聞かされていた。


 だからこれも仕方ないことなのかなと思ったこともある。あるが、どうしても悔しくて涙を流すこともあった。その時点で気付くべきだったのだ。これが普通ではない、自分は蔑まれているんだ、と。


 それすらも考えたくなくなっていたのだ。もうどうでもよかった。魔力を封じる効果もあるらしい牢屋では、魔力が低めの私にはかなり効果があった。また、魔力を封じる効果がある手枷足枷もさせられているため、地下牢で魔法を発動させることもできなかった。地下牢に閉じ込められる際も寝ている時に閉じ込められた。抵抗などできるはずもなく、気づいたら牢屋の中だった。


 牢屋には見張りもいない。ただ食事を持ってくるメイドがいる程度だった。


 そのメイドに「どうしてこうなっているのか」と話を訊こうとしたことがあった。だがメイドは「私の口からは申し上げられません」とだけ言って階段の方へと走り去ってしまう。何度訊いても同じ返事しか返ってこない。


 だから、私はすべてを諦めた。


 あれからどれくらいの時間が経っただろう。急に体の内側から何かが出てきそうなほど、割れるような痛みに襲われるようになった。


 最初は少しだけ痛み、治まって、また痛むというのを繰り返していた。


 そのうち痛みは強くなり、頻度は多くなっていった。


 私のこの状況はディアボリックシンドロームと言うらしかった。その時はすでに喋ることも辛くなっていたためなすがままだった。


 メイドが私の体を洗い、綺麗な服に着替えさせた。そして魔族の数人が私をある場所に運んでいった。


 ドサッと、地面に落とされた。降ろされたのではない。そんな優しいものではなかった。もう誰も私のことを魔王だとは思っていないだろう。


 そもそもディアボリックシンドロームとはなんなのかさえも教えてもらわなかった。きっとマズイ病気なんだというのはわかる。この痛みはそういう痛みだ。


 ああ、私はここで死んでしまうのか。どうやって死ぬのかも想像できない。こんなところに放置されたということはなにか意味があるんだろうなとは思う。その意味まではわからなかった。考えるだけの余裕がなかった。


 地面の上で蹲って過去を振り返る。


 いい人生ではなかった。


 覚えているのは牢屋の冷たさとご飯の不味さだけだ。


 友人もいない。信じられる家臣もいない。思い出なんてありはしない。


 ふと、涙が出てきた。


 諦めたと思っていた。


 もうこういう人生だったんだと認めようと努力した。


 しかし、無理だった。


「クソっ……」


 叫ぶだけの気力もなかった。


 そんな時だった。足音が聞こえてきて、気がつけば誰かが私を見下ろしていた。


「おい、大丈夫か」


 肩を掴まれて体を揺すられる。


 若い男のようだ。まだ若いその男は私の体を触診する。本来であれば拒否したいところだが痛みでそれもできない。


「ディアボリックシンドロームか。飯が食えなくても仕方ないな」


 私は耳を疑った。おそらく人間であろうこの男がディアボリックシンドロームを知っているのだ。


 男が私の額に手を当てた。触診されて嫌だったはずなのに、どうしてか私は安心してしまった。そうか、私は誰かとスキンシップをすることがなかった。この温かさに安堵しているのだ。


 私はまだ、ひとりじゃない。


「なあ」


 目を開けた。


「たす、けて」

「俺の嫁候補になるんなら助けてやらんでもない」


 男はニヤリと笑ってそう言った。


「およめ、さん?」

「そうそう。俺のお嫁さん、候補。まだ確定じゃなくて」

「そんなの、無理に決まってるでしょ……」


 コイツはなにを言っているのか。こんな状況で卑怯ではないか。こっちは動くことすらできないんだぞ。それに人間のお前に一体なにができるというんだ。


 しかしそんなことを言える状況でもなかった。それが蜘蛛の糸だろうが藁だろうが掴みたい心境だったからだ。


「そうでなきゃ助けてやれない。俺に利益がないからな。もしも嫁候補になるのであれば、助けてやらんでもないが?」


 正直、迷う余地はなかった。


「――わかった、わ」

「嫁候補になるってことでいいんだな」

「なる、から……たすけて……」


 右手を上げる。痛みで震えてしまうが、男は私の右手を掴んで引き寄せた。彼の目は「任せろ」と言っているように見えた。


 男は私を仰向けにして私の胸に手を当てた。


「我慢してろよ。すぐ終わる」


 体の中をなにかが這いずり回るような感覚。ブチブチと太い糸が切れるような音が繰り返される。同時にキンキンと金属がかち合うような感覚も体のあちこちから響いてくる。が、決してそれは痛いわけではない。苦しいが痛いわけではないのだ。


 それが長く続けられ、一気に魔力を吸い上げられる感覚があった。不要な物がすべて抜け落ちたような感覚が非常に心地よかった。


「よし、完成だ」


 そこから先の記憶はない。


 ただ、温かいなにかが胸や頬に辺り、心地の良い浮遊感に襲われていたのをよく覚えている。


 私はこの男にいいように使われるんだろうなと思った。しかしそれでもよかった。誰かに必要とされるなら、例えばそれがよくないことだとしてもよかったのだ。


 その中で自分の人生を見つけられるのなら、この男に感謝する日が来るかもしれない。そんな日がくれば、ここに生まれてよかったと思えるかもしれないから。

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