九話
だが、気がついたら倒れていたのは俺だった。
なにが起きたのかさっぱりわからない。確かに俺が押していたし、このままだったら俺の勝ちだったはずだ。
「いやあ、勘違いしてもらっちゃ困るんだよね」
白い煙を切り払ってイズルが姿を見せた。服は汚れているが傷はほとんどついていなかった。疲れた様子も特にない。
「もしかして勝てるとか思っちゃったかな? 勘違いさせちゃったんなら悪いけど無理なんだよね、キミじゃあさ」
起き上がるが体が軋む。一発カウンターもらったなんてダメージじゃないぞ。膝が笑って立ち上がるのも苦労するくらいだ。
「なにしやがった」
「簡単だよ。キミが攻撃するタイミングでボクが攻撃しただけのこと。単純なカウンターさ。ただし今までよりも強力な一発をお見舞いしてあげたわけだけどね」
「手を抜いてたってわけか」
「言い方が悪いね。ちょっと遊んでただけさ」
「俺の言い方が悪きゃ、お前の性格はその倍は悪いな」
結局俺は遊ばれてただけだったのか。いや、こいつが接近戦に弱いのはよくわかった。あのまま肉薄し続ければなんとかなるかもしれない。
一度大きく深呼吸し、魔力を爆発させるようにして一瞬で距離を詰めた。チェンジオブペースというやつだ。
振りかぶった拳がイズルの顔面を捉え――。
また、意識が飛んだ。
気がつけば地面に仰向けで寝ている。なんだ。なにが起きたんだ。
「懲りないね。無理なんだよ、キミじゃあ」
鼻でため息をついているイズル。上から見下ろし、心底俺を馬鹿にしているのがよくわかった。
「ああそうか。接近戦なら勝てると思っちゃったか」
「勝てると思っちゃった……?」
「無理に決まってるでしょ。ボクがキミに合わせてあげただけだよ。接近戦をしたいんだろうなって思ったからね」
どこまでも性格が悪い。
「じゃあもうちょっと付き合ってあげようか」
ニヤリとイズルが微笑んだ。
目にも留まらぬ速さで近づいていた。急いで立ち上がろうとするがもう遅い。思い切り蹴り上げられて宙を舞った。
かと思えば上から殴りつけられてまた地面に落ちる。
「ほらどうした! お得意の近接戦闘だぞ!」
もう一度打ち上げられて、後ろ蹴りでふっ飛ばされた。
着地することなんて許されなかった。
何度も何度も殴られて蹴られて、もういっそのこと殺してくれとさえ思った。
髪の毛を掴まれて持ち上げられた。
「思い知ったかな、これがレベルの差というやつだよ。恵まれなかった者は恵まれた者に勝つことはできない。ボクがキミに証明してみせるよ」
ふわっと浮遊感があった。
スローモーションのようだった。体が重力に従って落ちていく。イズルは楽しそうに笑い、右手の拳に強大な魔力を溜めていた。
ああ、あれを俺にぶちかますつもりなんだろうな。
それはわかったが抗う術がなにもない。
諦めたいわけじゃない。こんなところで終われない。まだシアのことを開放してやれてない。違うな、まだちゃんとした生活を送ってもらってないじゃないか。
「ごめんな……」
でももう無理そうだ。
なんだか涙が出そうになってくる。
「終わりだよ」
イズルが右手を打ち出す。
とてつもないその速度に思わず目を閉じた。
しかし、その拳が直撃することはなかった。
目を開けると、俺は誰かに抱きかかえられていた。真っ赤な服、真っ赤なマント、顔には真っ赤な仮面をしていた。
「レッドスカーレット、ここに参上」
「嘘だろ……」
そんな言葉しか出てこなかった。