八話
次の瞬間に体が傾いていた。なにが起きたのかわからないまま落下するが、胸と腹の痛みから察するにかなりの速度で攻撃されたのだと推測できる。
「そんなんありかよ……」
目に止まらないほどの攻撃。そんなもの連発されてどうやって勝てっていうんだ。
これがレベル300の差か。
とりあえずこれ以上高速で攻撃されたらやばい。障壁を展開しながら下に向けて光弾を放つ。当たらなくても攻撃の手を緩めてくれればそれでいい。高速の攻撃を障壁で受けて対策する時間が欲しいのだ。
数十発と光弾を地面に叩き込むと土煙で地表が見えなくなった。当然イズルの姿も見えないが、攻撃してこないということは実はちゃんとダメージが入っているとかいう可能性も多少は――。
そしてまた意識が飛んだ。
「ちょろいちょろい」
今度は上だ。
「いつの間に……!」
「キミが攻撃に集中している間にだよ!」
見えない攻撃が降り注ぐ。一応障壁はあるが、貫通されてしまったら意味がない。全部じゃなくてもいいから何発か防がないとワンサイドゲームのまま試合終了だ。
意識を集中させて障壁を縮めていく。その代わりに強度を上げてイズルの攻撃を受ける体勢に入った。決闘をけしかけておいてこの体たらく、もしシアにでも見られたら笑われそうだな。
「まだまだ!」
何度も食らったが少しだけ攻撃の軌道が見えるような気がする。細い線のような攻撃。軌道が少しでも見えれば合わせることもできるはずだ。
一気に五発の見えない攻撃が降ってきた。
全部は無理だ。であれば、最低二つは防ぐ。やり方なんてわからない。ここまできたら根性論だ。
障壁を極小にして二つに的を絞って攻撃を受けた。ちなみに見逃した攻撃はさきほどよりもずっと強く、太ももと肩を貫通して、最後の一つは頬を掠めていった。顔を逸らさなかったら直撃してた。
だがなんとなくわかったぞ。
わかったが……。
「どうだい? これだけ同じ攻撃を繰り出してるんだから対策くらいは思いついたかな?」
相変わらずムカつく男だ。
コイツの攻撃がどんなものかはよーくわかった。わかったからこそ言える。
「対策なんてあるわけねーだろ」
本当にただ早いだけの水滴なのだ。
ただし、イズル本体から発射されているわけではないというのもわかった。テキトーな場所から無作為に放たれてるように見える。空気中でいきなり出現して飛んでくる。どうやって避けろっていうんだよ。
いや待てよ。なんとかなるかもしれん。
「この攻撃が防げないなら、キミとボクの決闘はこれで終わりだね」
「勝手に言ってろ」
笑顔のまま、イズルは更に攻撃を繰り出してきた。
大丈夫だ。相手が水なら、俺は超高温の障壁を展開すればいいだけだ。
両手に魔力を集中させて一気に放出させた。ただ高温なだけでなく、イズルの水滴を巻き込むようにして渦を作って操作した。
前面に炎が広がっているのでイズルの顔は見えない。少しでも驚いてくれたらいいんだが。
「それで対策?」
背後で声が聞こえた。
また、意識が飛んだ。
風切り音がうるさい。重力を全身に受けて、俺は大地に落っこちた。
翼をもがれた、鳥のようだと思った。
とか悠長なこと考えてる場合じゃねーんだよな。
急いで立ち上がって身構えた。案の定、イズルは俺に対して拳を突き出していた。左に重心を移してそれを避ける。俺がまだ諦めてないことがわかるとバックステップで距離を取った。
わかる。わかるぞ。そうやって遠距離攻撃でイニシアチブをとって、俺の気力を削いでから接近し、自分の手で終わらせるってことだろう。
わかる。わかるよ。お前はそういうやつなんだってわかる。
コイツは間違いなく、俺よりも殴り合いが弱い。逆に俺は魔力勝負なんかするよりも身体能力と直感を使った殴り合いの方が勝機があるんだ。このまま逃してなるものか。仕留めるならここしかない。
逃げようとするイズルを追うように一気に前に出た。
前蹴りをかまし、避けようとしたところで右のフックを振り抜いた。
鼻先を掠めたその一撃で確信した。距離さえ取られなければ勝機はある。やり方次第でいくらでも巻き返せる。
「クソっ……!」
それはイズルも理解しているんだろう。間違いなくこちらの打撃に意識をかなり割いている。
「さっきまでの余裕はどこいったんだよ!」
俺の言葉も聞き流すくらい余裕がない。その証拠に何度か攻撃が当たっている。クリーンヒットはまだないが俺が押し始めているのは明白だ。
俺が優位に立つことでなにが起きるのか。それは戦う場所を誘導できるということだ。
攻撃を繰り返しながら魔法爆弾を設置した方へと進んでいく。右に行こうとしたら右に攻撃して左へ、左の場合はその逆。上空へ飛ぼうとしたら上から氷の塊を落とす。そうやって旧魔王城のある場所へと誘導した。
まさかこんなふうに上手くいくとは思っていなかった。
イズルが後退したところで二箇所に設置した魔法ネットが発射された。俺ばっかりに集中していたから避けられまい。
ネットは肌や服に張り付くように作ったため、イズルは上手く取れずに四苦八苦している様子だった。
続いてゴムボールを三つほど投げる。イズルの足元に着弾して破裂。灰色の煙がモクモクと周囲を覆っていく。
「な、なんだこれは……!」
イズルは手を振って煙をなんとかしようとしていた。が、これは魔力を低下させる効果がある。煙の成分はあらゆるモンスターのデメリットを詰め込んだものでもある。皮膚が痒くなったり皮膚がぬるぬるになったり皮膚がピリピリ痛むといった成分も含まれる。ぶっちゃけその程度でしかないがないよりはましだ。
そしてこの煙の中で、なぜ俺がイズルの姿が見えるのか。それはサイクロプスに転生した際に得た能力の一つ、熱源体のみを視認できる能力が備わっているからだ。これも転生してきた成果だ。転生先で一つしか能力を継承しないこともあったが、三つ四つ継承できることもあったためである。
あとは地雷に向かってイズルの腹を蹴っ飛ばすだけだ。
一気に近寄り足を振り抜いた。