六話
俺は知っている。この後、ビリーはきっと恩義せがましくなにかを言ってくるに違いないことを。
ビリーは懐が広いわけではない。その時は別に問題ないとか言いながらも、本心で言っているわけではなく、そう言っている自分に酔っているだけなのだ。だから困ったことがあると過去の出来事をやり玉に上げて攻め立ててくるのだ。
覚悟しておけば問題ないし、ビリーのお願いとか割と大したことないのでこのままでもいいだろう。
ビリーの家から武器屋や道具屋で買い物をして家に戻った。
母さんが作ってくれた昼食を食べ、夜になるまで決戦までの準備をした。もしも魔法が使えなくなった場合の対処法だとか、魔力を溜めておけないかとかそういうことを考えてのことだ。
イズルは俺よりも強い。魔力も高いし、きっと使える魔法も多いだろう。準備を入念にしておいて損はない。
夕食を食べて仮眠をとった。
目を覚まして起き上がる。両頬を強めに叩いてベッドから下りた。ブラックノワールのコスチュームを身にまとい、さまざまなアイテムを詰めたバックパックを背負った。
家を出る前にシアの顔を見ておきたかった。いや、スピカや母さんや父さんの顔も見ておきたかった。
正直、今のままではイズルに勝てるかどうかわからなかったから。
それでもそのまま家を出た。この「少しの後悔」と「強く残った信念」が僅かでも力になればいいと思ったからだ。
もう一度顔を見るまでは死ねない。
外に出てから頭を掻いた。柄にもなくシリアスになってしまった。こう、いつもどおりに軽い感じでな」んとかしていきたいもんだ。
ビリーと合流して森の中へ。ビリーには魔物除けのお守りと、俺が作った魔法具を渡しておいた。俺の魔力が込められたお守りは魔物を退ける。魔法具は野盗なんかを退治するためのものだ。短刀は光線を放ち腕輪は障壁を張る。この二つがあって切り抜けられないことなどないだろう。
ビリーには「ウチの秘伝のアイテム」と言って渡した。俺が作ったとはさすがに言えない。
「んじゃ、気をつけろよ」
「そっちもね」
「ああ」
背を向けて歩き出す。
そこで、ビリーが「ちょっと」と俺を引き止めた。
「なんだ?」
振り返るとなんだか不安そうな顔をしてる。
「ボクがこんなこと言うのもなんだけど、あんまり一人で気負いすぎない方がいいよ」
「気負ってる? 俺が?」
「そういうふうに見えるからね。もう少し周りを頼ってもいいと思うよ。確かにキミはなんでも一人でできるからもしれないけど、どれだけ万能な人でも「一人であることに変わりはない」んだからさ」
なんか少し良いことっぽいセリフ吐きやがる。
「キモに命じておくよ」
「そうしておいてくれよ。それじゃあ」
言いたいことだけ言って、笑顔で山の中に入っていってしまった。
久しぶりだな、こんな身勝手なビリー。
なんだか少し心が軽くなったところで俺も目的の場所に向かって飛び立った。
数分で旧魔王城に到着するが、決して三十分前行動がデフォルトで設定されているわけではない。いろいろと仕掛けておく必要があるからだ。
まず魔法力吸収の地雷をいくつか。数にして三十程度。俺の魔力には反応しないように作ってある。製法は秘密。
次いで勝手に飛び出して目標を補足する発射型のネット。
最後に自分の魔法力を詰めたゴムボールだ。これはイズルに使うものではなく完全に自分用だ。
イズルの方が魔法力が高いのであれば、どうにかして魔法力を補えばいい。
「これだけやって勝てないってなると、さすがにヤバそうだよなあ」
ヤバかったからってどうするってわけでもないが。そんときは単純に負けを認めて死ぬしかない。
やだなあ、また死ぬのか。
今までだって死ぬことがいいことだと思ったことはない。めちゃくちゃ痛い思いを散々してきたのだ。気が狂ったことも当然ある。転生するとなぜかリフレッシュされて、狂った際の自分を客観視できるくらいにまで回復する。
しかし今回は割とマジで死にたくない。今の状況がすごくしっくりくるのもそうなのだが、次またスライムになったらどうしようっていう気持ちが大きい。
メダカの方がやだな。いやダニか? 陰毛も捨てがたいな。
陰毛に転生するっていう状況がまず想像できないけど。