五話
イズルという男はずる賢いし、たぶん俺よりも良い子ちゃんだ。俺が言わんとしていることくらいわかってくれる。つまり俺は敵であるコイツを信じるしかないのだ。
「わかった」
イズルは微笑んで言った。
「いいよ、決着をつけよう」
とは言うが、決着というほど俺とお前に因縁はないんだがな。
この時、俺はなんとなくだがコイツの本質を垣間見た気がした。俺の考えが正しければうまく誘導できると思う。誘導できたところでその先どうなるかはまた別の話だ。その先、というのがまた問題なのだが、まずは少しずつ前進しなければならない。
「んじゃ、西の方にある旧魔王城でどうだ」
「いくつかあると思うけど?」
「一番形を保ってるやつでいい。西にある旧魔王城でちゃんとした城の形をしてるのって確かひとつしか残ってないだろ」
「時間は?」
「今日の夜。十二時ちょうどでどうだ」
「じゃあそれで。仲間は何人連れてきてもいいよ。生きて帰れるかはわからないけど、戦力は多い方がいいもんね」
俺の仲間がお前に敵うわけないだろうに。それをわかって言ってるんだからたちが悪い。それもこれも、自力じゃ俺がコイツに及ばないからこそコイツはこんなことを言っているのだ。嫌なヤツだ。
「連れてかねーよ」
連れてくとしてもシアだけだろうな。元気になれば、だけど。
「それじゃあボクは失礼するよ」
「おい待て待て。シアはどうするんだ」
「キミがボクに勝ったら治してあげるよ」
なんて言ったあとで手を振って消えていった。
次の瞬間、俺の意識もシアの精神世界から引き剥がされた。首元を掴まれてぐいっと引っ張られるような感覚があって、気がつけば現実世界に戻されていたのだ。
シアを見下ろすとまだ荒い呼吸を繰り返していた。イズルを倒さないと元に戻らないってのは本当っぽいな。
「おいネティス」
ちゃんと回復魔法をかけ続けてくれたのか。なかば脅しのような形にはなったが、コイツはおそらく元々献身的な女なのだろう。
「はい?」
トボけたような顔で俺を見上げた。
「すまんな。なんとかするから今日一日は誰かと交代しながらシアの面倒を看ててくれるか」
「暇なんで構いませんけど」
「そうか。全部終わったら礼でもしてやる。頼むぞ」
ネティスの頭に手を置いて、グリグリと強引になでてやった。予想に反してネティスは嫌がることはなかった。好意的でもないので「なにかされている」くらいの感覚なんだろう。俺を異性と思っていないのか、元々同性とか異性とか気にしないのか。そのへんはよくわからん。
「どこか行くんですか?」
「まあちょっとな」
時間までにできることはやっておかなければいけない。ただでさえ俺はイズルに劣っているのだ。
「それじゃあまたな」
部屋を出て自室へ。荷物を持ったら茶の間へ。
「どこかでかけるの?」と母さんに引き止められた。
「ビリーと二人で遠くの山まで星を見に行くんだ」
「星を……?」
「懐疑的な目で見ないでくれ。そういうこともある。ということで今日は帰らないと思うからよろしく」
「う、うんわかった」
あんまり納得はしていないんだろうな。
とは言うけれど、俺は無理矢理押し通さなければいけない。本当のことを言うわけにもいかないので、母さんには騙されて欲しいところだ。
そもそもなぜ俺はビリーを引き合いに出してしまったのか。まあアイツのせいにしておけばなんとかなるからいいけど。
家を出て、最初にビリーの家を訪れた。ビリーママに呼んでもらうと、気だるそうにして腹を掻きながらビリーが出てきた。
「なんだよ急に」
ボリボリボリボリいつまで掻いてやがんだ。音もデカイし、永遠に続くんじゃないかと思うほど掻いてる時間が長い。
「いろいろあって俺は今夜出かけなきゃならん」
「で? ボクはなにしたらいいの?」
態度は良くないが察しはいい。このすんなり行く感じに嫌な予感を覚えてしまうが、ここは素直に打ち明けておこう。
「お前と星を見に行くって言ってある。だからお前も両親に「星を見に行くから」ってどこかに出かけてて欲しいんだ」
「なんだよそれ。まあいいけど」
「いいの? 懐広くない?」
「ちょうど行きたい場所があるからいいんだ。アルと一緒だって言えば両親も疑わないだろうし」
「過保護だなー」
「うちは昔からそうだよ。じゃあ何時に行く?」
「十一時に家を出る。それまでに準備しておいてくれ」
「わかった。要件はそれだけ?」
「ああ、すまないな」
「謝るなよ、ボクだって出かけようと思ってたところだ。この程度のことで恩を着せるつもりはないからね」
ビリーはニヤリと笑って家の中に戻っていった。