四話
気がつくと周囲は暗闇。自分でもどうしてこんなところに立っているのかわからからい。
と、目の前に明かりが灯った。いや明かりではない。白い光が変形して人形へ。瞬く間にイズルになった。
「お前だったか」
まあまあ予想通りと言えば予想通りだが。
魔王であるシアの魔力を奪って体内にトラップを仕込めるやつなんて魔王クラスかソレ以上しかありえない。
「やっぱりお前だったか……」
「わかってたんじゃないのかな。キミは立ち回りよりもずっと馬鹿じゃないみたいだしね」
「どういう意味だよ」
「なにも知らない人からはただの一般人って思われても仕方ないってこと。ボクほど顔も良くないし、ボクほど野望があるわけでもないからね」
「当たり前だろ。俺は普通に生きて普通に死にたいんだ。苦労しすぎるのもやだし楽すぎるのもイヤだ。ほどよく普通の暮らしがしたい」
「人が望んでも手に入らないくらいの力があるのにそれを使わないのは怠慢だと思うけどなあ」
「なにに対しての怠慢だよ。俺の力だぞ」
「確かにキミの力だが、その力でこの世界をずっといいものにできるんだよ? 文明の発展、民衆の賛美、地位と名声を両方手にできる。この世のためでもあり自分のためであると思うけど」
「文明なんてもんは必要になったら誰かが発展させるから俺には関係ない。お金は普通に仕事して稼ぐからいい。名声とかたぶん面倒なだけだからいらない」
文明が進むことはいいことかもしれないがそれをなぜ俺がやらなきゃいけないんだ。お金だって元の世界みたいに娯楽が溢れてるわけじゃないんだし人生の暇つぶしとして仕事をすればいい。地位も名声も元々興味ない。
「つまらない男だね」
「昔もいたよそういう人。タバコも酒もギャンブルもやらないってヤツは人生なにを楽しみに生きてるんだって言うヤツ。そんなのお前の価値観でしかないだろっていうね。他人の楽しみや生きがいなんてそいつにしかわかんねーだろうよ」
「ボクもそれだって言いたいの?」
「まさにその通りだろ。お前も自分の価値観を世界の真理みたいな言い方して俺のことバカにしたろ。どこが違うってんだ?」
「酒だのタバコだのって言ってる人は結局のところ志が低い者だ。キミが言うように人の好みがあるからね。でもボクは人のためになる。誰かの助けになる。全然違うじゃないか」
「あー、うん、そうだね。もうそれでいいよ、それで」
俺が言いたいのはそういうことでなく、俺には俺の考えがあるんだから、前者も後者も俺の考えを踏みにじってるのは一緒だよってことだったんだが。もうなんかわかってもらえなさそうだから受け入れていこう。話をするだけ無駄だ。
「そういう返事はあまりよくないと思うけどね」
「仕方ないだろ。そうとしか言えないんだから」
というか俺はなんでコイツと無駄な議論をしてるんだ。
「そんなことはどうでもいい。シアを元に戻してもらえるか。どうせシアをそそのかしてトレントに取り込ませたのもお前なんだろ?」
「まあだいたい合ってるかもね。でもあれはシアちゃんが望んだことだ」
「なにを望むことがあるってんだ」
「黒いマントを羽織って、頭に角を生やして、シアちゃん以上の魔力を纏ってこう言ったんだ。「ボクの言うことを利いてくれれば人間にする方法を教えてやる」ってね」
「なんだよそれ……」
しかしシアなら信じてもおかしくはないんだよなあ。魔王だからなのか世間を知らず、魔王のくせに人を信じやすく、なんというか彼女からは目が離せない。にも関わらず目を離してしまった俺の落ち度か。
「とりあえずだ、お前のせいでシアが体調崩して寝込んでる。早く治してやりたいんだ。要求があるなら飲む」
「へえ、殊勝な心がけだね。じゃあ、そうだな、魔力をボクに寄越して自害するっていうのはどうかな」
とんでもない要求きちゃったな。
「お前ふざけてんのか」
「ふざけてると思う? ボクは本気だけど」
「今よりも強くなってなにをしようってんだ? それこそ世界をほろぼしかねない勢いじゃないか?」
「察しが良いね。その通りだよ。世界を人質にして世界征服でもしようと思ってね。何個か山をふっ飛ばせばみんな信じると思うし」
「それくらいなら今のままでもできるだろ」
「足りないんだよ。誰も追従できないほどの力がほしい。例えばキミのようなイレギュラーがいても苦労しないくらいの力が、ね」
「あーそうか、なるほどなるほど」
「なるほどってなにがなるほど?」
「わかっちゃったんだよなあこれが。どうしてシアにこんなことをしたのかがさ」
「力が欲しいからだよ。別に隠してない」
「いや違うんじゃないか?」
「違わないさ。現にそういう要求をしてるじゃないか」
「本質は違うと思うがね。じゃなきゃそんな要求はしない。お前は俺を恐れてるから俺の力を欲しいって言ったんだ。ようは俺が怖いんだ」
正確には俺とシアの協力関係が怖い、だな。魔王経験者と現魔王がつるんでるのが気に入らないときたもんだ。気に入らないというか、この世界唯一の危険因子だと思ってるから消したいんだろう。
「ボクが? キミを? ありえないよ。だってキミの方が弱いじゃないか」
「さあどうかな。やってみないとわからんと思うぞ」
ピリッと、空気が凍りついたような気がした。
「でもここじゃそれを証明できない。俺もお前もシアの精神世界だ。本気を出せない」
解せないという顔をしているが、ここは俺もコイツも引くしかない。精神世界でやりとりをしたことなんかないが本来の力が出せないのは間違いない。それに俺とイズルの魔力が高すぎるためシアの体が保つかどうか定かじゃない。シアの精神世界が崩壊した場合、俺もイズルも同じように精神崩壊を起こす可能性がある。俺の推測でしかないが、こいつの顔色を見る限りでは正解でいいはずだ。