101回目の死亡
ドアを開けると、だだっ広い白い空間だった。タンス、ちゃぶ台、テレビ、ベッド、本棚、デスクトップのパソコンとデスク、冷蔵庫。キッチンなんかも向こうに見えるが、これもいつもの光景だ。
その中に白いダボダボの服をきたハゲのじいさんが一人、こちらに背を向けて座っていた。そーっと近づいてみると、大きめのスマフォでゲームをしていた。
「あーもう、このゲームガチャ渋すぎでは?」
「渋すぎでは? じゃねーんだよ!」
スマフォを鷲掴みにして床に叩きつけた。
しかし俺の怒りが収まることはない。むしろこのハゲ頭を見て更に怒りが沸いてくる。
「ああ、ワシのアイヒョン666……」
「不吉すぎんだろ! つかどんだけシリーズ出てんだよ! クソっ! このクソハゲクソじじいがよー!」
まるで光源、そのレベルで光を放つ頭を思い切りひっぱたいた。
「痛いでしょーが。いったいどういう教育を受けて育ったらこうなるんじゃ……」
「もう教育のレベルの話じゃねーの! 全部自分のせいだってわかってないのか!」
「ワシがなにをしたっていうんじゃ」
「ああ?! これで何回目なんだよ?! 異世界転生させてくれるっつーからどんないい思いできるんかと思ったらこんな待遇ってありえないだろ!」
「いいじゃろ? いい経験できたじゃろ? 童貞も卒業したしのぅ」
さーっと、なにかが身体から引いていくようだった。
じいさんの前に座り、目をじーっと凝視した。
「俺、死ぬの何回目だっけ?」
「百一回目じゃな。だから次で百一回目の転生になる」
「じゃあここで軽く振り返ってみようか」
「うむ、ダイジェスト版じゃな」
「最初の転生先、なんだったっけ?
「金魚」
「いやー短かったよね。一年くらいで猫に食われたよね。んで次は?」
「プランクトン」
「いやー短かったよね。生まれて数秒で魚に食われたよね。んで次は?」
「グッピー」
「水辺から離れよう? しかも人間に買われて、その人間に放置されて死んだよね」
「だから次はちゃんとした陸上生物に転生させてやったじゃろうに」
「うん、ネズミだったよね。また一年くらいで猫に食われたよね。で、次は?」
「グッピー」
「なんで? なんで繰り返しちゃうの? なんでグッピー好きなの?」
「次は人型にしてやったじゃろ」
「人型の生物じゃなくて人間にして欲しかったんだよね。なんでよりにもよってオークなんだよ。しかも人型っつーほど人型じゃなかったからね? 冒険者の経験値にされちまったよ」
「うむ、だからもう一度オークにした」
「そうじゃないんですよ。その気遣いいらないんだよね」
「でも次はちゃんと人間になれたんだからいいじゃろ」
「独裁国家総裁の息子として生まれて十年生きてクーデターで死んだんだが?」
「まあ、辛かったな……」
「おめーのせいだって。しかも次スライムだからね? 怒涛のスライム七連チャン。大体三ヶ月で成年期迎えて冒険者の経験値だよ。スライムとして七回経験値になった。お前も経験値にしてやろうか?」
「ワシは神様だぞ、物騒なことを言うでない」
「その後はドラゴンだった。まあこれはいい。結局経験値になったけど二十年は生きられた。で、そん次は?」
「グッピー」
「ちょいちょいグッピー挟むのやめな? 小魚から離れよう? んで次がキラーアントだろ。キラーアントで童貞卒業するとは思わなかったわ。しかも感情が高ぶってキスしたら相手の毒で死んじまった。誰だよ、キラーアントは個々に似たような別々の毒仕込んだの。自分の毒以外で死ぬとかさすがに笑えねーんだが」
「そういう仕様にしたのワシじゃ」
「ホントろくなことしないね?」
「だから次は普通の蟻にしてやったじゃろ。キラーアントだといろいろ面倒だと思ってな」
「そういうとこだぞ? 俺がお前を信用しないのはそういうところだからな? 蟻になっても一年も生きられなかったからね?」
「そこで一気に爆上げ。魔王にしてやった」
「ちげーんだよ、人間。普通の人間になりたかったの。普通の人生が欲しかったの。普通に生きて普通に童貞卒業したかったの」
「でも良かったじゃろ、魔王」
「確かに部下がたくさんいてちょっと優越感に浸れたよ。でもなにあの呪い。魔王は一生性交できないってなに? どんな呪いだよ。嫌味か」
「だから次は性交できるようにしてやった」
「娼婦なんだよね、次の転生先がさ。なんで男じゃないんだよ。転生先の両親がクズで即娼館行きだったからね」
「とまあ、いろいろあったな」
「勝手に締めんな。半分もダイジェストできてねーじゃねーか。ただ飽きただけだろ」
割と強めに頭をひっぱたく。
「おふ」
「やめろそのリアクション。つかね、いつになったら俺の異世界転生が終わるの? システムのバグだかなんだか知らないけどね、普通の人生歩んで普通に死にたいのよ俺は」
「割と近いうちになんとかなると思うぞ。もうちょい時間はかかるがのぅ。しかしまさか異世界転生が一人に集中するとはワシも予想外じゃ」
「神様なんだよね? もっとちゃんとしな? 神様らしいことちゃんとしな?」
「元24歳童貞クソニートに言われてしもうた。ワシももう年かのぅ」
「転生前のことはいいんだよこの際。それにクソニートになりたかったわけじゃねーんだっつーの。あとお前ずっとじじいだよな? 若かった頃とかないでしょ?」
「ホント口を開けばあーだのこーだのとうっさいのぅ。代わりに特別サービスで特殊能力を授けてやったろうに」
転生しまくるっていうバグの代わりに神様がくれた能力。転生継承だったか、転生前の特殊能力だったり身体能力だったりを一部だけ受け継げる能力だ。これくらいないと本当にやっていかれない。
「それでスライムとかグッピーばっかりじゃ能力もクソもねーだろ……」
「わかったわかった。ちゃんと次は人間にしてやるから、さっさといつものドアをくぐりなさい」
と、白い空間を指さした。
「また次も転生するとかないよな?」
「んー、まだわからん」
「そこしっかりして」
「大丈夫じゃ、なんとなく原因はわかっておる。あと一回、人生を楽しく生きてみなさい。その間にデバックしとくよー」
「ゲーム感覚やめい」
「次が最後だと思って、思い残すことがないようにな」
「マジ頼むぞ。もう酒池肉林とかイケメン高学歴高身長とか無謀なこと言わないから。それに前回まで怒涛のスライム十一連チャンだったんだからな。あと次グッピーだったらマジで許さねーぞ」
ため息をつきながら立ち上がった。
頭をガシガシ掻いていると、地面から扉がせり上がってきた。この光景も何回目だろうか。といっても毎回じいさんと会話しているわけじゃない。八割くらいは死んでちょっとするとすぐ転生先だったりする。だからめちゃくちゃ文句言いたい時に出会えないとイライラがマッハだ。
ドアを開けると、まばゆい光が俺の身体を包み込んだ。温かい。そうそうこの感じだよ。まるでソシャゲのガチャ回してる気分だ。白い光りで身体が温かくなる時ってのは人間なんだよな。
ようやく俺もまともな人生が送れるようになる。
と、その時の俺はまだ理解していなかった。
今までそう思って、一度もその通りにならなかったことを。