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共闘! 褐色の悪魔と小さな天使

 小鳥の囀り。

 優しく降り注ぐ太陽の光。

 爽やかな春の風。

 柔らかな胸……――胸?


おはよう(Bonjour)、ボウヤ」

「ぎゃあああああ!」


 本来いるはずのない人物が視界に映り、翔は思い切り悲鳴を上げた。

 褐色の肌、甘いかおり、豊満な胸。

 間違いない、アスモデウスだ。


「イロモノ悪魔! 退くのです! 燃やしますよ!」

「あらぁ小娘いたの? 豆粒みたいだから気付かなかったわ」


 ころころと笑うアスモデウスに怒り心頭のラジエルは、翔の部屋だということも忘れて大聖典(ホーリーブック)を取り出し戦闘態勢に入った。

 やめてくれ、日曜の朝という最も素晴らしい時間を台無しにする気か。


「ら、ラジエル! ほら、そろそろ朝アニメ「正義の使者ジブリール」の時間だよ! 楽しみなんだろ? 見なきゃ見なきゃ!」

「むむ……」

「アスモデウスはまず俺から離れて! 起きれないから!」

いいわよ(Oui)


 すんなり離れたアスモデウスに安堵の息を吐いて、翔はベッドの上に胡坐をかいた。

 相も変わらず目の毒ともいえるような服を着ているアスモデウスだったが、以前あった時に比べると少々機嫌が悪いようにも思われる。

 

「……で? 何? 養分とやらになる気はないけど」

「違うわボウヤ。愚痴を聞いてほしいのよ」


 愚痴だあ? と顔を歪めると、アスモデウスはちょこんと正座をして口を開いた。

 

「最近子供の失踪事件、多いと思わない?」


 そんな切り口から彼女の話は始まった。


 子供の失踪事件。

 それはこの街で急激に増え広がっている事件だ。

 失踪した子供の年齢は幼児から高校生まで幅広いが、親の話では皆疾走するような理由が思いつかないような子たちばかりなのである。

 また財布や携帯と言った貴重品がそのまま部屋に残っており、家出したという点も除外された。

 以上のことを踏まえて警察は、子供を標的とした誘拐事件として捜査を進めている。

 

 しかし、そうだとすると犯人の目的は一体何なのか。

 今現在身代金も要求されてはおらず、犯人像も不明のため、謎が深まっていくばかり。


 そんな事件が彼女と何か関係があるのだろうか。


「失踪事件は私が縄張りとしている駅前商店街付近で起こってるの。そのせいで朝から晩までピーポーピーポーうるさくて……寝れないったらありゃしない」

「はあ……」


 そういえば以前アスモデウスが人間たちを捉えていたのも、駅前商店街の近くに建っているマンションだったような気がする。 

 まさかうるさくて眠れないという愚痴を聞かされるとは思わなかった。


「そんな愚痴を言うためにマスターのところに来たんですか、イロモノ悪魔」

「乳くさい小娘は黙ってアニメでも観ていなさいな……いい? ボウヤ。今回の件、私の勘が間違っていなかったら、悪魔が絡んでいるわ」

 

 それも私より何億倍も陰気な奴がね。

 アスモデウスの言葉に翔もラジエルも目を見開いた。


 子供の失踪に、悪魔が絡んでいる? 

 

「心当たりがあるんです?」

「獰猛で残忍と謳われる悪魔、モレク。あいつ以外考えられないわ」


 アスモデウスの言葉に、ラジエルは早速大聖典(ホーリーブック)を開き、本に腕を突っ込んだ。

 彼女の本はあらゆる本と繋がっている。

 様々な知識や雑学が詰まった中から、モレクに関する書物を探しているのだろう。


「ありました! タイトルは、これであなたも悪魔ハンター! 悪魔大全集です!」

「すごい名前の本だね……」


 翔の言葉には反応せず、ラジエルはぱらぱらと本を捲っていくと、モレクに関するページを見開いた。

 

 モレク。

 人間の体に牛の頭部を持った異形の悪魔。

 元はとある地方で信仰されていた神であったが、モレクに捧げられる儀式が異常だという。

 儀式には小麦粉、鳩、羊など七つの贄を捧げるのだが、最後の七番目の贄が決まって人間の子供なのだ。

 生きたまま贄として捧げられた子供は、モレクの胸の中で焚かれた炎によって焼かれ絶命する。

 神はこれを禁じ、モレクを堕天使へと堕とし、やがてその身を悪魔へと変えた。

 

 本に記載されている文章を見て、翔は顔を青ざめる。

 仮にモレクが子供たちを攫ったとなれば、子供たちは今頃――


 ぶるりと身が震える。

 今想像したことは現実で起きていてほしくない内容だ。

 子供たち皆が無事だといいのだが。


 翔の様子を見ていたアスモデウスは翔の腕に己のものを絡める。

 ふわりと甘いかおりが漂い、血のように真っ赤な唇が綺麗な弧を描いた。


「ね? 怖いでしょ? 私一人で文句言いに行くのも怖いから、ボウヤたちついてきてくれないかしら? 身の安全は保証するから」

「俺たちが!?」


 予想していなかった言葉を掛けられ、思わず声が裏返ってしまった。

 つまりそれは翔とラジエルもモレクという悪魔のもとに行くということだ。

 

 もしアスモデウスがモレクと共謀していたとしたら?

 もしモレクが翔たちまで襲おうとしたら?

 一度は彼女の「()()」になりかけた身だ。

 そう簡単に彼女の言葉を信じられない。


「私は安眠が保証され、ボウヤたち人間はモレクの脅威から怯えることはなくなる。どう? いい話だと思うんだけど」

「そうかもしれないけど……人間の俺にどうこう出来る話じゃなくない?」

「あら、出来るのがいるじゃない――ここに」


 そう言って彼女が取り出したのは金色に輝く美しい羽根。

 これには翔も見覚えがある。


「ボウヤと小娘が来れば、おそらくこの天使も動くはず。相当強い天使ね、私が魔力を辿っても尻尾さえつかめないんだから」


 金色の羽根に頬ずりをするアスモデウスはどこか恍惚な表情を浮かべていた。

 学校で出会ったあの綺麗な青年が翔の予想通り「失楽園の英雄」だとしたら、きっと危機の際は駆けつけてくれるに違いない。

 アスモデウスの時も助けてくれたのだ、今回もきっと――


「……今回だけだからな。俺はアスモデウスを信用したわけじゃないから」

ええ(Oui)、分かってるわよ、ボウヤ」


 いずれにせよ、悪魔が絡んでいるとなれば警察が何とかできる事件ではない。

 これ以上犠牲者が増える前に動いた方がいいだろう。

 翔はいつの間にかアニメから目を逸らし、こちらをじっと見つめていたラジエルと向き直る。

 普段は天真爛漫な目を向けてくるというのに、今は全てを見透かしたような大人びた目をしていた。

 

 きっと、これがラジエルの本当の姿なのだろう。

 

「ラジエル、俺たち人間のために力を貸してくれないかな。攫われた子たちを助けたい」

「はい、マスター。この図書館天使ラジエルさんにお任せください!」


 とん、と拳で胸を叩いたラジエルはにこりと微笑む。

 小さな少女が、まだ姿見ぬ失楽園の英雄よりも頼もしく見えた瞬間だった。




-----------------




「で、結局俺が囮役なのか」


 がっくりと肩を落とし、夜の駅前商店街を歩く。

 学生だというのが分かりやすいように、日曜なのにわざわざ制服を着て裏路地を行ったり来たり。

 これをかれこれ一時間は繰り返している。

 

 アスモデウスは事件の首謀者がモレクであることは勘づいたのだが、肝心の(ねぐら)がどこにあるかは分からないという。

 そのためこうして翔という人間の子供を使ってモレクをおびき出し、(ねぐら)の場所を掴んでやろうという作戦をアスモデウスが立てた。

 この作戦が成功するかどうかは分からないが、とにかく翔が攫われる前提の無謀な作戦だ。


 モレクから子供たちを助け出した暁には、アスモデウスを一発引っ叩いてやりたい。


「それにしても、人通りが少ないな」


 夜だからなのか、それとも事件の影響なのだろうか。

 いずれにせよ活気がなさすぎる。

 普段ならば夜遅くまでやっている飲食店も、臨時休業の札を出していた。

 遠くの方では警察車両のサイレンが鳴り響き、異様な空気を醸し出している。

 

「天原翔くん」

 

 辺りを警戒しながら歩いていたその時、誰かに名前を呼ばれた。

 慌てて振り返れば、そこにいたのは学校の特別棟で出会った、あの綺麗な青年だった。

 長い髪を低い位置で緩く束ねにこりと微笑む姿は、まさに天上の人である。

 

「駄目じゃないか。一人で出歩いちゃ」

「あの、でも……」

「いくら僕でも、助けに行ける時とそうでない時があるんだから」


 ね? と首を傾げた青年の言葉に、翔は確信する。

 やはりこの青年こそがラジエルの言っている「失楽園の英雄」だと。

 色々彼に言いたいことはあるが、まずはモレクのことを報告しなければならない。

 出来ることなら失楽園の英雄様の力を貸してもらわなければ。


「その、今時間大丈夫ですか? お願いしたいことがあって」

「ん? いいけど、ちょっと待っていてもらえる? 今は連れと一緒でね。あの子の買い物が済んだら天原くんの話を聞くよ」


 どうやら誰かと買い物に出てきていたらしい。

 青年が指さした店は薬局店で、中で人影が動いている様子が窺い知れた。

 

 一度連れの様子を見に店の中へ戻っていった青年の背中を見送り、翔は再び一人道に残される。

 失楽園の英雄に出会ったからだろうか、先程よりは恐怖を感じない。

 姿を消しているとはいえ、ラジエルとアスモデウスも待機しているのだ。

 

 この事件、何とかなるかもしれない。


「――なぁんだ、今日はちょっとでかい贄だなぁ」


 安堵の息を吐いたその時、ぬたりと粘着質な声が鼓膜を震わせた。

 春の涼しい空気が、まるで真冬のように凍てついていく。

 ひとつ汗が背中を伝っていく中、翔はゆっくりと後ろを振り返った。


「でかいのは焼いたら肉が硬くなりそうなんだけど、仕方ない、我慢するか」


 血色の悪い肌に、黒い髪と三白眼。

 そして、髪から覗く雄々しい牛の角。

 鮫のようなギザ歯でにたりと笑った男は、固く握った拳で翔の右頬を殴り飛ばした。

 ぐらりと世界が揺れる。

 以前父親に同じように殴られたこともあるが、この痛みと衝撃はそれ以上だ。

 

「マスター!」


 翔の危機だと判断したのか、アスモデウスと共に現れたラジエルは魔力を放出して大聖典(ホーリーブック)から炎を繰り出した。

 しかしその炎は男が放った衝撃波によって消されてしまい、小さな体も吹っ飛ばされてしまう。

 機転を利かせたアスモデウスがラジエルを受け止めてくれたおかげで、ラジエル自身に怪我はないようだが翔のことを救い出すことはできない。


「ははッ、そんなよわっちい魔法で俺をどうにかできると思う方がおかしいんだよ」

「待ちなさい、モレク!」


 ぐん、と翔の体が持ち上げられ男――モレクごと宙へ浮かぶ。

 ラジエルたちが必死に翔の名を呼んで追いかけてきてくれているのが、ぼんやりとした視界の中見えたような気がした。

 

 


 

 

 


 

 

 

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