赤い果実の切り札はABBCA↑→A↑↓C
ついに、この時が来た。
都会の一角にあるゲームセンター。
その一番目立つところに、新台はあった。
「ブラッドオブファイタープレミアム!
早速コンボの研究するぞー!」
翔が小学校のころからやっているアーケードゲーム、ブラッドオブファイター。
その最新版であるプレミアムが今日から稼働するのだ。
自慢ではないが翔は小学校六年生のころ、
今いるゲームセンターで開催されたブラッドオブファイターの大会で優勝したことがあるのだ。
それほどこのゲームに関する愛は深い。
百円玉を握り締め、真新しい台を触る。
手が吸い込まれていくような感覚に思わず口元が緩んでしまった。
「マスター? 何をそんなににやにやしているんですか?」
早速握り締めていた百円玉を投入口に入れようとした時、ひょっこりと脇から少女が顔を出した。
彼女は図書館天使ラジエル。
翔が通う天上高校の図書館に住む天使だ。
もっとも今は翔の家に居候しているわけだが。
「これからゲームするから静かにして」
「むう。つまらないですマスター!」
じたばたとする少女には目もくれず、
翔は百円玉を静かに入れた。
アスモデウスが現れたその晩、
家の様子が変わっていた。
正確に言えば両親がラジエルを、我が家にホームステイで来た外国の少女だと認識していたのだ。
少女に問うと、すべて天使の魔法でやってのけたという。
彼女がやったのか、それとも失楽園の英雄様のお力なのか定かではないが。
学校の図書館はどうするのか聞くと、もちろん投げ出したわけではなく、
定期的に帰って本の整理や修理をすると言う。
いずれにせよ小さな天使が我が家に居候するという不思議な事態に陥ったのである。
そんな小さな天使は人間界に大層興味があるらしく、翔の行くところすべてについてきた。
本日もゲームセンターに行くという翔の言葉に興味を持ったらしい天使は、意気揚々とこうしてついてきたのである。
「おっ、始まった始まった!」
「ラジエルさんにも見せてください~!」
滑らかに動く操作キャラクターたちの映像が一通り流れると、すぐにキャラクター選択画面へと移行する。
まずは肩慣らしだ。
二十人ほどいるキャラクターの中から、翔はまず使い慣れたキャラを選択する。
宇宙神拳の使い手、アスカだ。
コンボ、パワー、ディフェンス。
すべてが並程度のアスカではあるが、対空戦では無類の強さを誇る。
打ち上げるまでに隙が出来やすいのが難点だが、宙へ打ち上げてしまえば、あとはこちらのものとなってしまう程強いのだ。
対戦相手がいないためコンピューター相手に戦うことになるが、新台でのアスカの実力はいかがなものか。
慣れた手つきで得意のコンボを打ち出すと、敵はあっという間に宙に浮かび、アスカの神髄が発揮される。
強烈な蹴りが何度も放たれ、ものの数秒で敵が沈んだ。
さらに何体か相手にしてみたが、どれも翔とアスカの敵ではなかった。
ふ、と息を吐き一度ゲームを中断する。
こういう格闘ゲームはひとりでも楽しいが、やはり対戦相手がいたほうがより楽しめるものだ。
しかし、今ここには相手をしてくれそうなゲーマーは見当たらない。
(……そうだ)
翔は財布から百円玉数枚を取り出すと、
すっかり隣でつまらなさそうに口を尖らせ拗ねているラジエルに渡した。
「どう、ラジエル。ちょっとやってみない?」
「いいのです?」
「もちろん。ちゃんと手加減するし、楽しいと思うよ」
翔の言葉にぱっと表情を明るくしたラジエルは、すぐに向かいの台に座ると見様見真似で百円玉を入れた。
初心者相手だからハンデとして翔は、
新キャラクターであるケンタウロスのような姿のバドゥフを。
ラジエルは(おそらく可愛いから選んだのだろうけど)女舞闘家ランを選び、バトルは始まった。
「赤のボタンがパンチ、緑がキック、黄色が特殊技だよ。
左にあるスティックで移動するんだ」
「はいマスター! ていや! ていや!」
ここからでは見えないが、ラジエルが一生懸命キャラクターを動かしているらしい。
がちゃがちゃと忙しなく音は聞こえてくるものの、可哀想なことに画面上のランは右往左往していた。
あまりの可愛い動きに攻撃することが出来ず、結局時間切れとなって一戦終わってしまった。
「難しいです、マスター……」
「初めは皆そんなものだよ。
もう一回、まずは移動メインでやってみようか」
「は、はい! ご教授願います!」
その後も何度かラジエルと一緒に格闘ゲームをやったが、彼女は楽しんではいれどなかなか上達はしない。
しかし、翔は翔でこの状況を楽しんでいた。
今までは自分と同じかそれ以上に強い相手ばかりで己を高めるだけだったが、
こうして初心者に教えるというのも悪くないと思ったのだ。
「ラジエル、ちょっとトイレ行ってくるから待ってて」
「はい、マスター」
途中で尿意を覚えた翔はラジエルに断って席を立った。
彼女は一枚百円を入れると、コンピューター相手に操作に慣れようとする。
結構負けず嫌いだったりするんだな、と感想を胸にゲームセンター奥のトイレへ向かった。
客の少ないゲームセンターのため、トイレには誰もおらず、貸し切り状態となっている。
小学校の頃はほぼ毎日のように通い詰めて、ブラッドオブファイターの腕を磨いたものだ。
あまりラジエルを一人にするのもかわいそうだ、と急いで済ませ、先ほどの格闘ゲームの台へと戻った。
するとどうだろう。
先程まで翔がいた場所が騒がしい。
すぐそばを通り過ぎて行った客たちが、
小さい女の子相手なのに可哀想と小声で話して行く。
まさかと思って小走りで近づけば、
ラジエルの向かい――つまり翔がいた席に
意地の悪そうな男が乱暴にレバーを倒していた。
おそらくその男と対戦していると思われるラジエルは、じわりと涙をにじませながらも必死にボタンを叩いている。
「超弱いなお嬢ちゃん!
右手だけでも勝てそうだぜ」
「これじゃあ連れのマスターって奴も弱いんじゃね?」
「そ、そんなことありません!
マスターにかかればあなたたちなどめっためたです!」
心底翔を信じているラジエルの言葉に、翔は思い切り腕捲りをした。
天使ではあるがラジエルのような女の子をゲームで虐めて何が楽しいのか。
それならば今まで鍛えてきたブラッドオブファイターの実力を、今ここで発揮してラジエルへの謝罪を要求してやる。
今行くぞラジエル、と勇み足でゲーム台に歩いていく翔だったが、思わぬところから第三者が現れた。
シフォン素材のワンピースを身に纏った甘栗色の髪の少女。
隣の席のサーシャ姫――佐伯林檎だ。
普段見るような笑みとはまた違う、どこか怒気を孕んだような笑みに翔の喉が鳴る。
「同じ女の子ならば、対戦相手はこの子じゃなくて私でも構いませんよね?」
林檎はラジエルの肩に手を置くと、優雅に微笑んで見せる。
驚いたような表情を浮かべるラジエルだったが、林檎が悪い人ではないと直感したのか、すぐにぱっと表情を明るくさせた。
「へえ、いいけど?
嬢ちゃんが負けたら何でも言うこと聞いてくれるか?」
「どうぞお好きに。
ただし、あなたたちが負けたらこの子の言うこと聞いてもらいますからね」
言葉を吐き捨てた林檎は、ラジエルから籍を譲り受けると赤い財布から百円玉を一枚取り出して投入口に入れる。
彼女に気づかれないようにこっそりと背後に回って様子を窺っていると、林檎が選んだキャラクターはゲームの中で最も使い勝手の悪いと評判の、紅の女忍アザミだ。
よりにもよってそのキャラクターを選んだのか、と頭を抱えていると画面がキャラクター選択から切り替わった。
対戦相手の男が選んだのは、チート技の多いザオウである。
前作のブラッドオブファイターのラスボスで、翔もかなり苦しめられた。
使い勝手の悪いアザミと最強と謳われるザオウ。
これでは初めから勝負などついてしまっているも同然だ。
対戦相手も勝利を確信したのか、にんまりと笑みを浮かべている。
やはり自分が出なければいけない、とポケット内の百円玉を握り締め、
対戦相手に声を掛けようとした。
――ところが
「え、あ、ちょ、ま、待て、待て!!」
カウントが始まると同時に、林檎の操るアザミが猛烈なラッシュを仕掛けた。
くどいかもしれないが、ザオウは最強と公式からも認定されているほど強いという事実がある。
そのザオウがまるで赤子のようにアザミにぼこぼこにされているのだ。
時折翔が見たこともないような技を繰り出すアザミは、恐ろしいほど強い。
あっという間にザオウの体力ゲージが赤く染まると、画面中央に浮かぶ「終劇」の文字。
ザオウが――あのザオウが、アザミの足元に転がっている。
「最強って言ってもこの程度なのね」
あまりのショックに何も言えなくなっている男たちには目もくれず、林檎はラジエルの目に前にしゃがみこんで柔らかく笑った。
「あの意地悪なお兄さんたちにアイスでも奢ってもらおっか」
「はい! ラジエルさん、チョコレートがいいです!」
「決まりね!
お兄さんたち、アイスで手を引いてあげますから買ってきてくださいな」
ゲームセンターを出てすぐのところにありますから、という林檎に、男たちはただ茫然とした表情で頷くしかなかった。
こう言っては何だが、ほんの少し哀れにも見える。
「あ、マスターの分! マスターの分もアイス買ってください!」
「マスター?」
「ラジエルさんのマスターです!」
ラジエルの言葉に林檎が不思議そうに見渡したところで、翔はようやく姿を現した。
翔の姿を見つけた林檎は驚き半分、恥ずかしさ半分といったような表情を浮かべ、
慌てたようにシフォンスカートの裾を払った。
「あ、天原君!」
「佐伯さん、ありがとう、ラジエルが世話になっちゃったみたいで……」
「じゃあ、この子の言っているマスターって……天原君?」
「まあ、一応……」
翔の肯定に、林檎は変なあだ名ねと笑った。
ああ、俺のサーシャ姫が今日も麗しい。
それにしても林檎が格闘ゲームを、
しかもアザミをあれだけ使いこなせるあたり、かなりやり込んでいるとは思ってもいなかった。
ラジエルはすっかり林檎が気に入ったのか、先程の男たちが買ってきたアイスを林檎と分け合って仲良く食べている。
「お師匠! 今度ラジエルさんにゲームを教えてください!」
「お、お師匠? ……ふふ、まあいっか。
もちろんです、ラジエルちゃん。何でも聞いてください」
同性の友人が出来て嬉しいのか、ラジエルは至極上機嫌な様子だ。
林檎も柔らかな笑みを浮かべて相槌を打っている。
なんて平和な日常なんだ。
美少女二人を視界に収めながら、翔は緩く口元に笑みを浮かべたのだった。