八ツ眼
読み耽るうちに、足音はしなくなった。鈍く重いものを、女児を引きずる音もしない。
しばらくして、私は文机から顔を出し、狭い書斎を注意深く見まわしてから身を出した。足が少し痺れている。私は顔をしかめながら、足元を見た。
女児が引きずられていた場所に、血だまりができている。正確にはそうと確認したわけではないが、その赤黒い水溜まりと、生臭い血のニオイから、そう判断した。間違いではないだろう。
不思議と、嫌な気配は消えていた。家主の男性、“あいつ”はどこへ行ったのか。俊之はどこを彷徨っているのか。
私はこのとき、あの男性が俊之であることを直感していた。ノートに記されていた俊之は、やはりノートの通りに、何かの目撃者である女児を殺害した後、眼をくり抜いた。それを隠し、消したのだ。
だから女児は眼がなかった。
だから女児の死んだふりは無意味だった。
女児は生きながらに、眼をくり抜かれた。
………………。
「……なんて、惨いことを」
私は口許を抑え、嗚咽した。何故だかわからない。ただ女児の最期の瞬間を、脳内でリアルに想像し、再生できた。
掛け軸の下。
眼を少し開けて、口も半開きにし、横たわる女児。
心のなかで、わたしは死んでいると唱え続け、恐怖に震えながらも、懸命にその場で固まって。
呼吸すらも浅く、薄く、その動きすら見せず。
俊之はそれを見て、死んでいると思ったのか。きっとその瞬間に至るまで、俊之は女児に攻撃を加えていたのだろう。女児の字で、血で書かれた文字はつまりそういうことだ。
だから息絶えたのだと思った。
俊之は女児が逃げ惑うさなか、掛け軸の下で息を引き取ったとみた。
死んだふりをしていると知らずに。
そうして俊之は、女児の眼をくり抜いた。
その方法は……。
「……戻ろう」
私はこの場を離れることにした。もう随分なものを眼にしてきた。これ以上ここにいては、おそらく私も、友人や女児と同じ運命をたどるだろう。
どうして私は助かったのかわからない。友人は文机の下にいる映像を最期に、俊之に殺された。
私と友人に何か行動の差があるのだろうか。これは帰ってから考えよう。とにかくいまは一刻も早くここを出るべきだ。
もう、何も見たくない。私の心はその一心だった。
しかし、
――アユ……
声が、私を呼び止めた。
――オグイ、アユ……
女の声。胸を刺す冷たい声は、悲痛の叫びのようで、
――アダイロエ、オグイ、アユ……
私に訴えかけるように、書斎内に反響させた。
するとまた、廊下の方から足音がする。