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罪眼消  作者: 織田
6/10

六ツ眼








 短い階段を上り、三階へ。

 嫌な音をたてながら扉を開けると、本棚が並んでいる。文机があり、板張りの床にも本屋書類が溢れかえっている。そのどれもが痛み、朽ち、指先で触れるとちぎれるほどで、持ち上げることもできなかった。


 映像では、気配が一変していた。私がここに来て感じたことも、やはり同じだった。


 空気が一層重く、冷たい。暗然とした室内は湿気なのかなんなのか、不愉快な雰囲気がまとわりついている。そして常に感じている視線が、さらに濃くなった気がする。


 ああ、ここにいたくない。ここはやばい……。立っているだけで、息が切れてくる。


 女主人の読みがここに来て外れたのだろうか。友人は、やはりいなかった。私は三度も文机の下を確認したが、その痕跡を見つけることすらできなかった。


「……帰るべきか」


 だが、収穫なしでは骨折り損だ。それにあの女児の謎も、解けていない。

 私はここまでの経緯に関し、一つの拙い仮説を立てていた。



 この家は、町外れの小さな山の中腹に建っていた。それは写真や、私がここに来たときの印象、そして何より占い師に協力を仰ぐほど立地がわからないほどの場所であった。地図になかったのだ。


 そこに住むのは、おそらく映像でもいた男性。そして私や友人の前にたびたび現われる彼であろう。


 そして、一番の奇怪である、女児。写真に写る眼のない女児。

 さっき掛け軸の下に死んだふりをしていた女児は、写真の女児と別人だろうか。掛け軸の子は、眼があった。写真の子や映像の子には、なかった。


 さらにおそらく掛け軸の子が残したであろうノートには、何かを目撃したことを示唆させることが記されていた。そこにある“あいつ”とは、やはりこの家の家主である男性であろう。


 無理矢理繋げるとすれば、“あいつ”という男性が一大事件を起こし、それを掛け軸の女児が見ていた。この家のなかで逃げ惑い、死んだふりをして、掛け軸の女児は“あいつ”に殺された。むろん、掛け軸の下で、だ。

 私が眼を閉じているあいだに聞こえてきたあの声と不愉快な音は、そういうことであると考えて自然だ。


 女児を殺すほどの一大事件といえば、やはり同じレベルの事象。“あいつ”は、殺人を犯したのではないだろうか。それを目撃されて、口封じに掛け軸の子を殺したのではないだろうか。


 そして掛け軸の子が目撃した殺人、“あいつ”が殺したのは、あの写真や映像に残っていた眼のない女児なのではないだろうか――。



 わからない。どれも信憑性に欠けることは否めない。

 だが筋の通る節ではあるだろう。けれどそうだったとしても、通らない部分が一つある。


 この家の怪異だ。“あいつ”は間違いなく、霊だ。掛け軸の女児もそこに外れない。

 じゃあ何故、“あいつ”は霊となっているのだろう。掛け軸の女児が“あいつ”に殺害されて、その無念として現われているのなら、まだわかる。だがその“あいつ”が、何故霊となっているのだ?


「……やはり一旦引き返して、情報を集めた方が――」


 そう呟いて束の間、あの声がまた、聞こえてきた。



 ――アダイロエ、オグイ、アユ……


 ――アダイロエ、オグイ、アユ……


 ――アダイロエ、オグイ、アユ……



 頭痛が私を襲った。

 鼓膜に反響する底冷えした声と共に、脳の中心を釘で刺すような痛みだ。


「ぐう……っ」


 私は思わず頭を抱え、その場でうずくまった。視界がぼやけはじめる。ノイズが走るように、眼の前が波打った。


 そのわずか数秒、私は板張りの床に膝をつくなかで、文机に一瞥を寄越した。そうして私は「あ」と、短い声を発したのだ。


 そこには友人が縮こまっていた。眉をハの字にし、歯をぶつからせながら、恐怖の色に染まった眼をしてそこにいた。


 私は友人の名を呼ぼうとした。だがすぐに、友人の姿は奇怪なものに変貌した。


 真っ黒になった眼から血を流し、ぽっかりと口を開けて穴をつくり、私を見ていた。「あ、あ、あ……」と、咽喉に声が引っかかったような不気味で耳障りな声を発しながら、力なくぱくぱくとくちびるを動かし、やがてその口は歪んだ。


 耳から耳まで伸ばし歪んだ口は、私を嘲笑っているようだった。


 ――げん……、お前も、見るんだ……。


 真っ黒な眼窩を変形させ、闇の三日月をかたちどった。友人は、私を見ながら笑っている。まばたきをした刹那に、その眼を失った不気味な友人の姿は霧消した。


 ――眼がなければ、何も……。だから俺は……。厳、お前もきっと……。


 ぞわぞわと、私の背筋が震えた。


 やはり、友人はもう……。


「も、戻るか……」


 直感した。帰らなくてはならない。友人はもう、この世にいない。

 早く帰らなくては。



 だが、遅かった。



 扉の向こうから、足音と何かを引きずる音が聞こえてきたのだ。


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