三ツ眼
あの映像は確かに友人が撮影したものだと言っていた。そしてその映像の最後では、おそらく友人があの男性に、あるいはあの眼のない女児に……。
『きっとお前も、信じざるをえない』
電話で友人が最後に言い残した言葉だ。私は頭を振り、その言葉を払拭しようとする。
いない。霊なんていない。そんな不確かなものが、この世に存在するなんて……。
……だったら。
あれを送ってきたのは誰なのだろう。どうやって私のもとに送りつけたのだろう。
電話で局員に問うたところ、差出人がわからないためどうしようもできないと言われた。私は友人の名を口にし、その他知っていることを吐き出すも、相手にされなかった。
せめてあの写真や映像に残された場所を特定できれば何かわかるはず。しかし放浪癖のある友人の行く場所なんて、見当もつかなかった。有名どころから秘境探索まで、やつはあらゆるところに足を運んでいたから。
といった具合に、難航を極めると半ば諦めかけていたときのことだ。行きつけの喫茶店で、いつものカウンター席に座って頭を抱えていた私に、声をかけてくる者がいた。
喫茶店の女主人だった。常連であったとはいえ、彼女と話すのはそのときが初めてだった。
――少し、よろしいですか。
おしとやかな声だった。そしてどこか空虚で、でも奥行きのある声音。心に訴えかけるような、そんな印象を持った。そう大袈裟に感じたのは、私自身、そのとき相当参っていたからかもしれない。
あの写真と映像を観た日から、私は毎夜うなされていたのだ。
女主人は言う。
――ここ最近、何か変わったことはありませんでしたか……?
私は胸を突かれた気分だった。しかし、それを素直に口にするのははばかられた。
――いえ、特には。
そう答えた私に、女主人は心配そうな眼をして、
――嘘ですね。と、わたしが言っても仕方がないのは承知しているのですが、その……。
――はあ……。
――いつもよりも、やついるようにお見受けしましたから。それに……、
女主人は一瞬、席に座る私の隣を見た。頬をわずかに強張らせ、眉を寄せて。しかしすぐ、私の顔に視線を戻す。その仕草が、何だかひどく不自然に思えた。
私はふと、自分の隣の席を見た。見たといっても、それほど意識の入っていないゆっくりとした動きだった。だが私は隣の席を見て、眼を瞠った。
女児がいる。こんな場所に似つかわしくない、長い黒髪をした女児が正面を向いてじっと座っている。
身じろぎしない。呼吸の気配すら感じさせない。蝋が火もつけられずに立てられているかのような、色のない女児が座っている。
私の視線に気づいたのだろう。やがて女児はぎ、ぎ、ぎ、とぎこちない動きで首を回し、こちらを向いた。
――見てはいけない――
わかっていたのに、私は女児から眼を離すことができなかった。
こちらを向いた女児の眼は、やはり真っ黒な穴だった。
驚きと恐怖で席から転げ落ちた私を、女主人が何度も声をかけて落ち着かせてくれた。
我に返った私に女主人は、あることを言った。沈痛な面持ちだった。そして私は、また静かに驚いたのだった。
――あれは、よくないものです。本当に、よくない。
私は、もう誰もいなくなった隣の席を見つめながら、女主人に事の顛末を話してみることにした。女主人は興味深そうに私の眼を見据え、けれど眉をひそめ、どこか悲しそうな表情に終始した。
彼女は占い師もやっているらしい。腕はそれほどでもないと言っていたが、私は気休めに、彼女の力を信じることにした。そして例の写真と、それが入れられていた封筒を見せてみた。
数日ほど貸してくれないかと言われたので、私はそれに従った。正直、少しこの件に離れたかったのかもしれない。すんなりと写真と封筒を渡した。
一週間後。
喫茶店を訪れると、女主人は封筒と写真を返してくれた。それらに添えられるように、一枚のメモ用紙。地名と、いまは無き住所が記されていた。写真と映像は、ここから送られてきたというのだ。
――厳さんのご友人がいるとすれば、ここかもしれません。
私は女主人に礼を言い、メモ用紙に記された場所に向かうことにした。
――どうかお気をつけて。きっとあの子が、また現れる。