一ツ眼
『静謐なホラー』を書きたいと思い至って走り書き。
拙い文、構成。
以上を踏まえ、読んでくだされば幸いです……。
――アダイロエ、オグイ、アユ……
――アダイロエ、オグイ、アユ……
――アダイロエ、オグイ、アユ……
(一)
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友人が行方をくらませたのは、先月のことだった。
元々放浪癖のある男で、学生時代からふらふらとしていることの多い不遜なやつだったが、私にとっては数少ない友人で、成人してからはよく電話でやりとりを交わしていた。
『よう厳、調子はどうだ。俺はすこぶるいいぞ。こないだも富士山に初めて登ってよ。あそこってあれなのな、五合目ぐらいなら車で行けんのな』
「へえ、そうなのか」
『けっこう知らないよな。で、そんときの写真と映像、お前のとこに送ったんだが、どうだった?』
「あれお前か。差出人不明の普通郵便」
『そうそう。あれ俺が送ったんだ』
「……配達のとき、雨に降られたみたいでな。写真はビニールに入ってたからよかったが、USBは生で入れてたおかげで、一部映像が飛んでたぞ」
『嘘だろ?』
「本当だ。最後の方、ノイズまみれで気分が悪かったから、すまんがUSBごと燃えるゴミの日に出した。差出人もわからんかったしな」
『そうか。そりゃ残念だ。ただ厳よ、USBって燃えるゴミなのか?』
「……そういえばそうだな」
友人は、自称写真家だった。といっても映像も撮影するので、厳密には写真家一本ではないだろう。やつ曰く、写真だけにこだわらないスタンス、らしい。やつの言うことは毎度二転三転するので、特に職については、私も程よく聞き流していた。
そんないい加減で自由人な友人だったが、ある日を境に、妙なことで電話をしてくるようになった。
それは先月、友人が行方不明になる少し前のことだ。
『……厳。お前、霊って信じるクチか』
「れい? いや、信じるも何も、まだ見たことないしな」
『見たことないものは、信じないか』
「まあ、そうなるかな」
『……そうか』
「? おい、どうし――」
『写真と、映像の入ったUSB。また送っておいたから、よかったら見てくれ』
「ん、ああ。それは構わないが」
『……っと……も、じざるをえ、い』
「え、何だって?」
通話はそこで切れた。友人の残した最後の言葉を、私は聞き取ることができなかった。
だが、その数日後に届いた友人からの郵便、写真とUSB。それを受け取り確認した私は、最後にやつが何と言っていたのか、理解できた。
最初の数枚の写真には、夕方の田園風景が写されていた。すっと伸びた凸凹した田舎道に、両側を田圃が占めた、夕焼け空の紅くも淡い風景。橙色に染まった雲と、遠くの方にある山。そこに向かうように飛び去る二羽の鴉の姿。写真端の方に、一軒の家屋が見える。
その家屋をメインに撮った写真が、残り数枚に収められていた。家屋は元立派な木造の家で、見たところ三階建てだ。玄関には箒が立てかけられており、脇に薪が積まれて置いてある。瓦屋根と格子窓は古きよき日本風景を漂わせ、なんとなく頭のなかに、障子や三和土の玄関を思い起こさせた。
しかし元はもと。家の外壁は朽ちており、玄関も割れている。箒の取っ手は写真越しでもわかるほど黒く変色しており、雨風にずっと晒されていたのだということを思わせる。瓦屋根は部分部分取れており、三階の屋根に至ってはすっぱり欠けてしまっているようだった。
そのような写真を見ていると、最後の一枚となった。それは友人の向けるカメラが、建物の三階のみを撮影したのであろうものだった。玄関や二階の外観を見切り、欠けた屋根の目立つ三階のみを、見上げるように撮った奇妙な写真。
私ははじめ、この最後の写真をじっくりと見ながら嫌な感覚を覚えた。
胸がざわつく。無数の羽虫が心臓に群がり、羽根を震えさせているような感じ。
腹の底に、冷えた刃物を突き立てられた意識。
きっとこれが、第六感というものなのだろうか。私の脳内では赤ランプが灯り、警告が鳴っていた。「これは見るものじゃない」と言っていた。
しかし私は見た。見続けた。
そうして私は、みつけた。嫌な感覚のゆえんを、みつけたのだ。
朽ちた和風の建物。欠けた屋根の三階を真ん中にした写真。その階層には割れた窓がある。中は真っ暗で何も見えない。電気がついていたとしても、上の階を地上階から撮るかたちのため、見えるはずがない。
だがその割れた窓枠から、二つの手が覗いていた。白い靄のようだが、かたちはまさしく手だ。手が二つ、窓枠に置くように並んでいる。
その手の上に、何か乗っている。
丸っぽい、白い靄のような影。
白い影を輪郭とし、歪んだ黒い線と、その少し上に小さく黒い点が一つあるのをみたとき、私は直感した。
歪んだ黒い線はくちびる、小さな黒い点は鼻。
これは顔だ。人の顔。窓枠から外の様子を覗く、人間の顔。こちらを見下ろすようにしている。
でも、眼がない。口と鼻はあるのに、眼がなかった。眼だけ書き忘れられた子どもの絵のように、白い靄のままだ。
私の背筋が凍ったのは、それでもなお私自身がこの白い誰かをみて、なんの躊躇いもなくこちらを見下ろすようにしていると判断したことだった。
眼がないのに、見下ろされている。こちらを見ている。
白い誰かは、窓からカメラのレンズを見ている。
私はぞくりと身震いを感じ、写真をテーブルに伏せた。
それからしばし間を取ってから、もう一つの贈りものを確認した。
パソコンに挿し込んだUSB。いつもの通り内容は映像で、撮影者は友人だ。だが私は冒頭すぐに、この映像に嫌悪感を抱いた。
映像は、友人が写真のあの家に入っているというものだったのだ。