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02 「勇者様……この世界をお救いください」


「この世界は、魔王の危機にさらされています……」


 先ほどまで立っていたのは、見慣れた通学路だったはずなのに、まぶしい光に閉じた瞼を開くと、一変していた。

 石畳の上に描かれた、淡く光る幾何学模様。

 映画の小道具にか思えない、けれども見れば実物と思うよりない、槍や鎧を装備した兵士たち。


 そして、豪奢な衣装に身を包む、可憐な少女。


「勇者様……この世界をお救いください」


 彼は勇者として、異世界に召喚された――



 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○



 必要な人材を呼び寄せた結果、主人公が出てくる。

 人為的に召喚ってパターンはまだしも、転生ってパターンは数少ないので、召喚のみの話になるが。


 現実社会で誰かに頼られるなんてことは、なかなかない。実際のところ頼られていても、自覚できることはほとんどない。

 だから主人公に感情移入して読む読者にとっては、自尊心をくすぐられ、心地よい展開に思えるだろう。


 だが一歩引いて読む読者にとっては、不自然すぎる展開だ。漠然どころか無意識で不自然と意識している人は多いだろう。共感できない人間は、とことん合わない。



 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○



 まず、問題になるのは、儀式や呪文や魔法陣という形で存在する、勇者・聖女召喚という『技術』の存在と、認知度だ。


 存在そのものは別にいい。

 だが同時に、そのファンタジー異世界には、もっと汎用的に物資や人を瞬間移動させられる、テレポーテーション技術が存在していないと、不自然になる。


 これがコストや他の事情で、一般的に使われないだけならいい。

 だが、存在そのものがない場合が多い気がしてならない。

 テレポーテーションはSFのものとされ、ファンタジーと合わないと思われているのか。

 それともフィールド型のRPGの影響を受けて、『歩く』『馬車』といった移動手段が無意識レベルで刷り込まれているのか。

 その辺りの事情はさまざまだろうが、登場数は、勇者召喚が登場する作品>汎用物質転送技術が登場する作品なのは間違いない。


 召喚もテレポーテーションも、ざっくばらんな効果は似ている。どちらもAという地点にある物体を、Bという地点に超常的・極短時間で移動させている。

 でも、同じ世界内たかだか数百キロ数千キロの瞬間移動と、違う世界の境界線をまたぐないし光年クラスの超々遠距離瞬間移動、どう考えたって前者のほうが簡単なんだが?

 コタツに入ったまま、鼻かんだチリ紙を部屋の隅にあるゴミ箱に投げ入れるのと、隣の家にあるテレビのリモコンをマジックハンドで引き寄せるの、どっちが簡単?

 なんで難しい技術があって、簡単な技術がないの?


 重要度も違う。

 召喚なんてウン百年レベルでしか使われない技術だ。以前の魔王出現・勇者召喚がそれくらいだと、多くの作品でそう定義されてしまっている。

 国家の運営・歴史の中では、使う機会があってはならないが、用意しないわけにはいかない、伝家の宝刀的な位置づけだろう。

 となれば、この技術が、王族といった限られた人物にしか存在が知られていないのは、納得ができる。


 しかし世界をまたぐ必要もない、汎用的なテレポート技術は、日常的に誰でも用事がある。

 瞬間移動させられる距離や質量が不明だが、歩けば何日もかかる距離でも、一瞬で物や人を運べるのだから、物流を担うインフラ需要はハンパない。


 国家の立場で見た場合、これ抜きでは語れないほど、軍事における利用価値が高すぎる。

 斥候や情報伝達は元より、敵地にいきなり大部隊を送り込むことは不可能でも、少数精鋭の特殊部隊を送り込めば、戦局を一変させる可能性が充分ある。

 もしも送り先が自由に設定できるのであれば、爆弾を敵地に瞬間移動させればいい。指揮官を殺すことができなくても、兵たちは死の危機に怯え、士気を保てなくなる。こんな戦術、現代軍事でも考慮していない、というか、できない。ファンタジー国家が、二一世紀の地球軍隊と戦って圧勝する可能性まである。


 『勇者を必要とする有事』と『そこまで必要としない有事』、どっちが起こる頻度が多いか考えるまでもないのだから、必要度がケタ外れに違う。

 だから、汎用的なテレポーテーション技術がないのに、勇者・聖女召喚技術が存在し、当たり前として周知されているのは、不自然となる。



 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○



 次の問題も、召喚の技術についてだが、その使い方の話になる。


 召喚されるプロセスで、主人公が持ち得なかった能力が付与される、といった展開も珍しくない。

 能力が付与されるのは、召喚プロセスに付随されたものなのか、あるいは意図的ではない、世界を超える物質転送を行った際に起こる自然現象なのか、個々の物語次第のところもあるし明示されていないことも多いがともかく。


 異世界側の人間は、例外なく『異世界から召喚された勇者は強い・優秀』と知っている。

 主人公が向こう側の世界――地球で生活している時は、仮に優秀だとしても、多くは人智の範囲内。

 それが異世界に召喚されたら、その時点で、あるいは成長の果てに、人外レベルの能力を得ることになる。


 そんな強力な付与魔法が可能なら、わざわざ違う世界から人間引っ張ってくるより、元からいる人間を強化したほうがよくね?

 どこの馬の骨かわからん常識の通じないヤツを勇者にするより、信頼できて元から強い地元民を強化したほうが面倒なくね?

 ついでに召喚+強化ではなく、エネルギー消費を強化オンリーにしてしまえば、スーパーパワーの持ち主を量産できるんじゃ?


 こういうことを言うと『ロマン』という便利な言葉で流されてしまうかもしれないけど。

 でもさ?

 子供向けアニメ・特撮番組でもやってることだよ?

 なにかの拍子に選ばれし色違いの戦士になって、みんな仲良くフルボッコだよ?

 二人以上はほぼ確定、シリーズによっては五人以上だよ?

 これもロマンじゃないの?



 それに、『召喚される()()』で、地位も名誉も思いのままになる可能性があるのだ。

 もし世界を行き交うだけで、そんな力が手に入るのであれば、召喚などせず、自分で試す人間は絶対にいる。



 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○



 最後もやはり技術および運用だ。


 魔王や他の脅威に対して、勇者や聖女という切り札を召喚する。

 そして召喚された者は送還できない、二度と元の世界に帰れないという設定が珍しくない。

 主人公に嘘を伝えるだけならばともかく、これが事実で本当に送還技術がないとすれば、不自然なのだ。


 危機に対して、人々が取る方針は、大きくわけてふたつになる。


①原因の究明・排除

②影響からの回避・逃走


 テンプレ作品で描かれる、勇者・聖女の召喚は、①の典型的なものだ。

 しかし、召喚する側、国家や王家という『生き方』からすると、①は当然としても、②もなければならない。

 対処不可能になった時の備え、つまり逃走手段がないのは、生存戦略として致命的だ。


 城に隠し通路があるとか、当たり前の設定だよね?

 本拠地を敵に囲まれた時の、いざという時の緊急脱出ルートだよね?

 そんなの用意せずとも、テレポートしてしまえばいいんじゃ?

 逃げる先が異世界なら、時限爆弾かなにかで転送魔法陣を潰してしまえば、確実に追っ手を振り切ることができる。ちゃんと元の世界に戻ってくる手段も確保しているなら、再起を図ることも可能だろう。逃げた先の安全問題を挙げる人がいるかもしれないが、未知か想定できるかの違いで、どこへ逃げても危険はつきまとう。


 ①のみを考えても、やや不自然な部分がある。

 個人の考えはともかくとして、国政・国家運営として考えた場合、対抗策の準備を行うのは、脅威の存在は感じつつもまだ余裕がある時期だ。

 状況や程度にもよるが、単純に考えて、脅威が現れてから対処を準備するようでは、国家運営としてはお粗末と批難されかねない。敵が戦争を仕掛けてきてから武器を準備しているようでは、その国の行く末は決まったも同然だろう。



 よって、勇者・聖女召喚システムは、有事の際だけでなく、平時から活用する必要がある。


 まず、召喚システムの欠陥である、送還システムの開発は、必要最低限の前提だ。

 本人の同意のない召喚は拉致行為、犯罪国家の(そし)りを受ける覚悟で召喚オンリー強行しようにも、やはり前出のように送還システム――正確には中世ヨーロッパ風異世界から現代の地球まで行く方法は、どうしても必要になる。


 システムが開発できたら、地球に少人数を送り込み、現地調査。

 そこで侵略戦争などおっ始めたら、リアルVSファンタジーな違う物語になってしまうので、ここは平和的に交流を重ね異世界国家を周知させ、地球の個人から組織、政府へと段階的に結びつくべきだろう。

 魔法では代用不可能な文明格差があるのなら、技術提供や輸入、人材育成で将来的な国力を増強していくのが、ファンタジー国家としては正しい国政ではなかろうか。


 そういった外交を行わないにしても、送還システムは兵器利用もできる。

 魔王なんて手に負えない脅威が現れたら、異世界にポイしてしまえばいい。

 送りつけた先がどうなるかなんぞ、ファンタジー国家の知ったことではない。地球側では異世界の侵略者VS軍という別の物語が展開されるが、昨今ならば現代兵器SUGEEの前にアッサリ倒されて大したことないんじゃ?



 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○



 ということで、ファンタジー国家や王族の立場から考えた、正しい召喚システムの使用方法案をまとめると、以下のようになる。



①平時-送還

 調査・国交・技術修得・輸入など、様々な目的のために異世界 (地球)へと人員を送り込む。


②平時-召喚

 優秀な人材を招聘(しょうへい)

 (①で代用可能ならば不要)


③緊急事態-送還

 有事の際には兵力・物資を輸送し、爆撃機・投射装置の替わりに兵器利用。


④緊急事態-付与

 (③では対処不能の場合)

 付与魔法で兵力強化。


⑤緊急事態-送還

 (④では対処不能の場合)

 危機の原因を地球にポイ


⑥緊急事態-送還

 (⑤の実行が不可能な場合)

 全住民、あるいは要人を地球に避難させる



 無理して地球に行く必要はあっても、無理して地球から呼ぶ必要がなくなった……


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