初めて来館されたお客様は本当に初心者だったようです
「はじめて行った娼館は普通ではなかった」を読み返しながら、こっち視点もあった方がいいのかなと思って書きました。
需要があるかはわかりませんがとりあえず投稿。
「僕が接待ですか?」
今日も今日とて仕事を投げ出そうとした支配人を捕まえて、書類業務を処理させていると新しく仕事が入った。
ただ、普段やっているような仕事ではなく、珍しくお客様のお相手を務めることになるようだ。
「はい。リシュト様がお連れ様と一緒に居らっしゃってます。初めての方なので、リクトさんにお願いしたいとのことです」
「…わかりました。すぐに用意します。支配人、夕方までにこの書類が終わってなかったら、オーナーにしっかりと報告しますからね」
逃げ出そうと隙をうかがう支配人に、しっかりと釘を刺して用意する。
用意とは言っても、そうたいしたことはない。僕たちの仕事道具は、基本的にこの体、あるいは学んだ知識なのだから。あとはちょっとした小道具を用いてお客様がゆったりとできる時間を作りもてなす。
ここはいわゆる娼館と呼ばれる場所だ。でも、普通とはちょっと違う。ここは男が男を買う場所なのだ。
地方では数は少ないが、ここ王都ではそれほど珍しいものではない。まあ、大っぴらなものではないことも確かなのだけど。
体を売る戯れを望む人もいれば、話し相手に欲しいという人もいる。中には僕たちの戯れを見たいという人もいた。
ここで働いているのは成人前の子供ばかり。成人を迎えると隣の成人館で仕事をするようになる。
今回、リシュト様の接待をするのは成人館の人だが、お連れ様が初めての方だということでこちらに通されたのだろう。
最近は初めて来られる方もあまりいなかったので、僕が接待することもあまりなかった。久々の接待に少しだけ緊張するが、以前と比べればだいぶマシなのだと思うと気が楽になる。
僕には前世の記憶がある。こんなことを言ってしまうと大体頭がおかしいのではないかと心配されるが、僕自身は至って本気だ。
こちらの世界で生まれ変わっておよそ5年。国全体が飢饉に陥り、地方の村も貧しさから子供を人買いに売ったり、口減らしとして山に捨てられたりと言ったことがあった。
僕は運よく?人買いに買われたのだが、その人買いが最低であった。いや、この世界自体衛生環境が整ってないんだけど、その人買いの所はもはやゴミ溜めと言っても過言ではなかったと思う。
まあ、その影響で流行り病にかかって、死にかけて。前世のことを思い出したのだから、結果的にはよかったのだろうか?
思い出した時、僕は7歳である。そんな子供にできることは少ない。それでもとにかく生きたかった。どうして死んだのかとかは思い出せなかったけれど、とにかく死にたくなかった。だからみんなで協力して、生きるための知恵を出し合った。
ちなみに、僕たちを買った人買いは流行り病であっけなく死んだ。経営はお世辞にも儲かっているとは言えなかったようだった。それだけだ。
それからさらに2年して、僕が9歳になった時の出来事。
魔物の大発生により、町が壊滅。その時の騒ぎで仲間とはぐれた。気が付けば、僕が一番年上だった。
僕は武器を使えない。僕より幼い子供だって、当然使えない。
食料は森の気のみを探せばよかったけれど、戦力ばかりはどうしようもなかった。
森の特性をうまく使って、王都近郊の町までどうにかやってはきたけれど、王都近郊は魔物の数が減った代わりに、盗賊の類が多かった。
当然、僕たちは格好の獲物であった。
そんな時に、今の雇い主。この娼館の主に助けられたのだ。
最初は孤児院につれて行かれそうだったけれど、そこはなんとか交渉して働かせてもらえることになった。その時も、僕だけを雇おうとしたのを粘りに粘って、最終的に彼ら雇うための金額を僕がすべて借金するという形でまとまることで、全員働かせてもらえることになった。
なんでただの学生が大人相手に交渉しなくてはいけないのか。そう思ったが何とかなったのでよしとしよう。
最初の仕事は、勉強だった。
この娼館、体を商品として扱うのではなく、時間を商品として扱うとのこと。喫茶店なんかでゆったりした時間を過ごしえもらうのと似たようなものだろうか?
そしてそのためには教養が必須であるということで、読み書き計算、この国の歴史、はては流行の最先端の捉え方まで学んだ。
そして礼儀作法。立ち方歩き方、座る時の姿勢までそれは鬼のように教えられる。話し方に関しては、最低限丁寧な言葉遣いができれば怒られない。
聞けばここは高級な部類に入るらしく、当然客としてくる人たちの身分も高い。
ゆえに、そう言ったスキルも必須だった。
前世の知識・経験のおかげでそこまで苦しいものではなかったけれど、転生してまで勉強というのも結構疲れた。
それよりももっと苦しいのは、衛生環境だった。具体的に言ってしまうと、風呂がないことが何よりも辛かった。
一応、湯を沸かす道具はある。そして水資源も豊富である(ただし地下水脈なので組むのも重労働。そのため農業用とするにはかなり難しい)。それぞれ仕事の後や、一日の終わりに湯を沸かして体をふくだけなのである。
戯れの仕事をする人たちは香油を使うこともあるのだが、あれはものすごく高い。
ゆえに、初めてのお給料のほとんどが資料に消えてしまったのは仕方のないことだと思う。
だって、お風呂が欲しかったんだもの。そのために必要そうな資料を全部集めようとしたら給料の半分以上が減った。
ここが寝食付きの仕事場で本当によかったと思う。
そんなことを考えていたら、お客様を待たせている部屋につく。
この後、リシュト様は成人館に移動し、僕はこの部屋でお客様を接待することになる。
「あの、ここっていったいどういうところなの?」
なんだろう。ものすごく困ったことになった。
どうも連れてこられた彼は、何も知らされていないようだった。
初めてとは聞いていたけれど、ここがどういう事なのかを知らずにつれてこられたというのは初めてのパターンだ。どうしよう。
「ここはいわゆる『色』を売る館なんです」
こう言えば伝わるだろうと思ったのだが、首を傾げられてしまった。
「えっと、端的に言ってしまいますと…男女の営み、と言って伝わるでしょうか?」
なんというか、改めてこういう事を口に出すと、ちょっと恥ずかしさがこみあげてくる。
前世ではこんなことに一切かかわらない、それはもう枯れているかのような生活だったのだから。
そのくせ偏見のようなものは一切なく、この仕事についてもそんな仕事もあるのかとあっさりと受け入れることができた。
自分の柔軟さがありがたくも恐ろしい。
そんな空気になってしまったせいか、帰りたくなった彼を引き留める。
主に面倒事回避のために。
彼が今帰ることに世手起きるであろう面倒事を3割増しで話してどうにか説得。
お説教は嫌です。絶対に回避しなければ。
説得のおかげでどうにか彼を引き留めることができたが、彼は彼でどうすればいいのかわからないという顔をしている。
「まあ、一息つきましょう。その後、ご説明します」
とにかく、場の空気を換えるためにも紅茶を入れた。礼儀作法の授業に含まれていて、結構自身がある。
その効果はあったようで、彼は気に入ってくれたようだ。
ただ、どうにもこういう仕事に誤解を持っているようだった。
なので簡単に説明していく。
この娼館に通う理由なんてものは様々だが、1つだけ共通していることはある。
「ハッキリと言ってしまいますと、子供ができないということです」
この一つに尽きるだろう。
その他、この世界にだって紳士や貴腐人だっているのだ。とはいえ、そんなことを言うわけにはいかない。この娼館のことをつい今しがた知った彼には、この事実は少し重いだろう。
だから言わない。これについては聞かれた時にこたえよう。
その他にもいろいろな話をした。
浴室の話には彼も興味を持ってくれたようだった。
浴室は確かに高級な部類の魔道具だが、湯を沸かすための魔道具と、水を供給するための設備があれば基礎を作ること自体は簡単だ。ただ、規模によって必要な魔石の質も上がるため、ほとんどが魔石の値段と言っても過言ではないだろう。残りは設計や建築費だが、魔石の値段に比べれば微々たるものだ。それだって、設計資料を売ることで工面できるはずだった。
ちなみに、風呂のあった世界からの転生ということで風呂が欲しかったのとは別の理由もある。
戯れの時間を売る彼らの相手の趣味が様々だったせいだ。
加虐趣味の人が相手だった場合、結構な確率で跡が残る。一応、傷跡が残るようなことはさせないので、けがの悪化は心配ない。しかし、多少の痕はしばらく残るので血行をよくして代謝を促すことで、早く薄れればいいと思ったのもある。
そしてこれが重要なのだが、そう言った商品を扱う専門の裏通り商会で入手するのであろうスライム粘液のような液体は拭いても吹いてもなかなかぬぐえないのだ。
その点、風呂で入浴できれば比較的簡単に落ちる。
そう言ったことを切々と語ったところ、設置許可は結構簡単に出た。というのも、オーナーもその辺はなんとかできないかと考えてくれていたようだったからだ。
自分が主体となった物に興味を持ってもらえたのがうれしくて、つい自分が設計したのだと言ってしまったのはちょっと後悔した。
厄介ごとのフラグが立った気がするのは気のせいだろうか?
とにかく適当に誤魔化した。
支配人が仕事から逃げようとするという話には、大いに共感してもらえた。
どうも、似たような悪癖を持っている知り合いがいるらしい。お疲れ様です。本当に。
それからしばらくいろいろな話をした。
どうやら彼は、地方出身の騎士の家系らしい。今は学園に在籍し、卒業後は騎士団に入団が決まっているとのこと。
なるほど。だからリシュト様が連れて来たのか。
話をしているうちに、少しづつではあるが彼もほぐれてきたようだった。うん。よかった。
最後に館内を案内して、最後の挨拶をしていると、次に来た時も僕を指名したいと言われた。
物好きな人だと、思ってしまった。
僕の容姿、黒目黒髪は滅多にいないため、珍しがられることは多いけれどそう言った相手としてはあまり望まれたことがなかったからだ。
話し相手やそいねなんかの相手として望まれることは時々あるけれど…。
そう考えたところで、よくよく考えてみれば彼はそう言った方面にはあまり興味がなさそうだったのを思い出した。
それでも、物好きな人だという印象は変わらない。
僕の名前と、指名用の名前を伝えて別れる。
彼の気分転換になったのならばよかった。そう思いながら仕事に戻ると、いつの間にかオーナーが帰ってきていた。
「お疲れさん。今日のお客は、なかなかいい相手だったみたいだね」
「そうですね。とても素直な方だったと思いますよ」
「リクトの身請けは、ああいう相手が望ましいんだけどね」
「そういう事、本人のいるところでは言わないほうがいいですよ?」
そう言っても、彼は笑うだけだった。
「それに、借りたお金を全部返せていないんですから。身請けしてもらうにしても、それを返し終わってからです」
「おまえも律儀だね。屋台や風呂の設計の特許でだいぶ稼いでいるだろうに」
「それでもまだ遠いですよ。それに、貴方だってそれを利用してさらに稼いでいるじゃないですか」
「そりゃ、使えるもんは使うさ。ま、たくさん稼いでくれや。それがお前さんたちの財産になるんだからな」
言われなくてもそのつもりである。
せっかくもらった新しい人生なのだから、今度は好き勝手に生きるつもりだ。今はその下地作りということで、予算を集めることとしよう。
BL注意を入れているはずなのに、その要素がほとんどないことに今更気が付いた