5.誰か説明してくれないか
その後、私は己を鍛え続けた。毎日の鍛練を欠かさなかった。規定した回数をこなせるようになる度に少しづつ数を増やしていった。
どうやら私は筋肉が付きにくい体質らしく、見た感じは他の女性よりちょっと逞し目かな?といった感じなのだけど、鍛練の甲斐あってか男性と組手をしても勝てるようになった。
ちゃんと空気になる技も取得したんだよすごくない?誰か褒めて。
あの時の男の子には、やはりあれから会えていない。少なくとも、あの時のように道端で見かける事はなかった。
いつも懐にお菓子を忍ばせてはいるが、道端で泣いてる子供に分けてあげる以外に使ったことはない。
…あの男の子は黒髪で目立たず、私と同じでモブっぽかった(あくまでぽいだけだ)から私が見逃していただけかも知れないが。
余談だが、あれからも私は様々な恋のトラブルに不本意にも巻き込まれ続け、今やすっかり恋愛嫌いで人間不信の厭世家だ。基本家族以外は信じないし関わりたくない。
そして今、ヒヨリ・ハターミ15歳。
───本日、国立学校の聖クリストフォード学園に入学します。
*****
突然だが、この聖クリストフォード学園に入学してわかったこがある。
───クラスメイトに、美形しかいない。
…いや違う。そうだけどそうじゃない。
前述した通り、クラスメイトは全員美形だ。(私を除いてな!!!)
その中でも群を抜いた美形が大勢──具体的に言うと6人もいるのだ。殺す気か。
美形というのは基本的に私の敵だ。美形と関わると本当にろくな事がない。
わかるか?私が美形と話すだけで四方八方から舌打ちの嵐、イケメンに色目使いやがってと睨まれ屋上やら体育館裏校舎裏やらに呼び出されるんだぜ?怖いだろ?
さらに今年は隣国マルディニウムの第一王子が学園に入学。しかも配属先がこのクラスときた。(ちなみに我らがクリスタリアの王子様はマルディニウムの国立学校、聖マリアベール学園に入学した。なんかそういう文化なのだ。具体的な説明はそのうちしよう。)
もうね、笑えないよね。
何はともあれ、とにかくまずはその美形達の説明をしよう。
まず1人目。伯爵家三男カイル・マーキン。キザ。私がこの世で最も嫌いなタイプだ。何故って、制裁確率が上がるから。金髪で緑色の瞳をしている。
次、平民のコナー・ギルバーツ。背が低くて眼鏡をかけている。頭がいいらしい。浅葱色の髪に藤色の瞳をしている。
3人目と4人目、同じく平民トーマス・バベッジとマイケル・バベッジ。双子だ。トーマスはツンデレ、マイケルは人懐っこい……と思う。区別がつかないから自信がない。どちらも茶髪で金色の瞳をしている。
5人目はルイス・フェルナンデス。王子の従者で近衛騎士。薄緑の髪に碧眼をしている。
最後、ライアン・カルヴァーニ。この人がかの隣国の第一王子だ。白銀の髪に紅の瞳をしている。
───なるほど、ここが天国か………。
初めて彼らを見た時は絶望のあまりそう思った。今も思ってる。
間違って話しかけようものなら陰険なお嬢様方に即・呼び出しコースだからな(自分から話しかけてなくても)。他の女の子みたいにキャーキャー騒げないし、精神が40代なので騒ぐ気も起きない。
まぁ、私の呼び出し事情は置いといて、もう一人紹介しよう。
ヴァニラ・アイス。桃色の髪にベビーブルーの瞳を持つ、特別美人という訳ではないけど素朴な可愛らしさを持つ平民の女の子。
美味しそうな名前だなとか思ったそこの君、安心してくれ私も思った。
なぜ彼女を紹介したのかという説明は、今からするのでまぁ聞きたまえ。
彼女は主人公なのである。この“ラブ・オブ・フェイト”という物語の。
ずっと、ずっと疑問だった。前世から聞き覚えのある学園の名前や国、王族の名前。行ったことはないのに見たことはある風景。前世でどうして、どうやって情報入手したのか、その手段。
彼女と彼らの顔を見て、ようやく全部繋がった。
この世界は、私が前世でやった事のある乙女ゲームとそっくりである。
それが、この聖クリストフォード学園に入学してわかったことだ。
その乙女ゲームの名前は“ラブ・オブ・フェイト〜恋は戦争〜”。名前に捻りがないうえに舞台設定が無茶苦茶だがストーリーは普通に面白いと評判だった全年齢対象の恋愛シミュレーションゲームだ。
ゲームの大まかなあらすじを説明──したいところなのだが、残念ながら内容を全く覚えていない。
このゲームをやったのは私が前世で12歳、中学1年生だった時のことだ。その頃は私の厄介な体質はまだ易しいもので、割と平和な日々を過ごしていた。
しかし、時を経るにつれ体質は悪化。ピークは高校2年時で、その頃にはやっぱり恋愛&人間嫌いになり、所持していた恋愛物のマンガ、小説、ゲームの類を全て売り払って二度とプレイすることはなかった。
とまぁ、こんな感じでしかも思い返すこともしなかったためにすっかり記憶は薄れ、今現在ゲームの内容を思い出すことができない。
かろうじてわかるのはキャラの名前と、私がモブだということだけだ。だって名前はおろか、ストーリーにもスチルにエキストラとして出ていた記憶も無い。
さて、この世界が乙女ゲームと似ていると判明したところで、私にはやりたいことができた。
それは、人間観察である。観察対象はもちろん主人公のヴァニラちゃんだ。
だって気になるじゃないか、ストーリー。気になったら調べずにはいられない性質なのだ。
私の知ってる話通りにはならないのかも知れないが、彼女が誰とくっつくのかを見届けたい。
そんなことを思う入学2日目の昼。私の隣で優雅に食事を摂っているのは隣国の王子様。
───待て、どうしてそうなった。