2.神様コノヤロウ
もう二度と目を開けることなんてないと思っていたのに、何故か私は目を覚ました。
視界いっぱいに優しさと愛しさを湛えた瞳が映って呼吸が止まる。
え、誰この人。
「おめでとうございます。可愛い女の子ですよ!」
瞳が離れていき、私を覗き込んでいたのが女性だとわかる。
女性は天使のような笑みを浮かべ、明るくハキハキした声で歌うように言った。
───待って、そんな台詞、どこかで聞いたことある。
どこって、そりゃ病院で。
いつって、友人の子供が産まれた時に。
つまりはこの状況、誰かが赤ちゃんを産んだことになるのだ。
───いやでも私死んだよね?死にましたよね?
私が産んだ訳ではない、絶対に。では、誰が?
困惑していると、女性が困った顔をした。そんな顔したいのはこっちだわコノヤロー。
「でも、なかなか泣きませんねぇ」
「ほら、泣いて」と身体を揺すられる。
何ソレ、私に言ってるの?っていうか私、抱えられてる?女性の腕に手足まですっぽりはまっていて…私、女性の腕にぴったりフィットする程小さかったっけ?
というか、首が揺れて気持ち悪い。視界が揺れて目が回る。
「もう止めてくれ!」
そう言うつもりだった。
しかし、その言葉の代わりに発せられた音に私は耳を疑った。
「オンぎゃあ!!」
───待て、私、今、なんて言った?
*****
結果から言おう。私は転生した。しかも前世の記憶を持ったまま。輪廻転生ってホントにあるんだね。
私、傍観日和は痴情のもつれで確かに死んだが、その後とある平凡な家族の愛娘"ヒヨリ・ハターミ"として転生した。
───正直に言おう。苗字ダッセェ!
前世まんまやんけ!もっと他になかったのか!?両親のせいではないとわかってはいるけれど!
──いや、違う。確かに苗字は大事だが、今すべき話はそれではない。
…で、ええと、何だっけ。私が死んだと思ったら転生した話だっけ?
そうそう、何度も言うが私は転生したのである。前世の記憶を持ったまま。
転生とは、一度死んで新しく産まれることである。要するに、赤ん坊からやり直すということだ。──くどいようだが、前世の記憶を持ったまま!
余談であるが、私は享年30歳だった。
………お分かりいただけただろうか?
つまり私は両親に怪しまれないよう、精神年齢30歳ながら無垢な赤ちゃんを演じなければならなかったのだ!
ああ、なんという苦行!なんという羞恥プレイ!
わかるか、この歳になって親におむつを取り替えられる辛さ!
前世の私と同じくらいの歳か年下であろう両親に赤ちゃん言葉で話しかけられる恥ずかしさを!
ああもう、穴があったら入るだけでは足りない。穴があったら埋まりたい!
しかし私は堪えた。歯──は無かったので、心の歯を食いしばって堪えた。
彼らは善意と愛情をもって私の世話をしてくれているのである。それを無下にはできない。
幸い両親は私の前世の両親と似ていた(こっちの世界の両親のが大分美形だったが)ので、彼らが親であると認識することはそう難しくなかった。
ちなみに私の顔は前世と全く変わっていなかった。そんなのって無いよ。ふざけんなよ神様。居るか知らんけど。
そんなこんなで私はすくすくと成長し、今では立派な五歳児だ。
弟も産まれた。きゃわゆい。もともと無かった語彙力が一瞬でマイナス値になる程度には可愛い。私の弟マジ天使。
まあまあ美形一家の中で唯一モブ顔な自分は肩身が狭い。人生ってままならねぇな。
話が変わるが、この国には貴族階級がある。我が家?もちろん平民ですけど何か。
そんでもって、この国では15歳から国立の学校に通う事になるらしい。貴族平民関係なく。ちなみに期間は三年だそうだ。
えーそれ絶対平民イジメあるパターンじゃないですかヤダー。とは言わないでおこう。言わないったら言わない。
そんな感じで両親から国の仕組みやら何やらを教わる中、私にはいくつか気になる事があった。
この国の名前、クリスタリア王国。
国立学校、聖クリストフォード学園。
隣国のマルディニウム王国。
マルディニウムの国立学校、聖マリアベール学園。
クリスタリアの王族、ブルストン家。
隣国の王族、カルヴァーニ家。
クリスタリアとマルディニウムは親交が深く、各国の王族は隣国の学校に通う事になっているという事実。
…なんだか、どれもこれもどこかで聞いたことがあるようなするのだ。
おそらく聞いたことがあるのは前世でだが……本当に、いったいどこで聞いたんだったか。
まあ、これだけ考えても思い出せないのだ。思い出せなかったところで日常生活に支障は来すまい。自然と思い出すまでそっとしておこう。
──とは言えやっぱり気になるので、開いた時間を見つけては母国の歴史書を読み漁る私なのであった。
ただし、歴史書と言っても子供用の歴史について書かれた絵本である。ただの五歳児が小難しい歴史書読んでたら怖いし引くわ。そもそも難しい文字は読めん。
「……………ふーむ、さっぱりわからん!」
10冊目となる歴史の絵本から目を放し、上体を反らして伸びをする。その勢いで本を放り投──げようとしたけど、バレたら母に叱られるので止めた。
「ねーね、おこった?ねーね、ぷんぷん?」
私の突然の奇行に驚いたらしい弟が心配そうに顔を覗き込んできた。ねーねとは勿論私のことである。
あーごめんねー、突然大きな声出したから驚いたねー、ねーね大丈夫だよー怒ってないよー、ちょっと悩んでただけだけどおとーとの顔見たらそれもどっかいっちゃったよー。
そう言って頭をわしゃわしゃと撫でればにへらと笑うのだからまったく私の弟はチョロげふんごふん可愛いぜ!
「ヒヨリー、ヒヨリー!」
母の呼ぶ声が聞こえる。そういえば今日は出かけると言ってたな。
急いで姿見で身だしなみをチェックする。問題がないことを確認して、弟の手を引き両親の元へ向かった。おっと、本を元の場所に仕舞っておくのも忘れてはいけない。
あー、弟の手がふにふにしてて幸せだわー。