天兎、叫ぶ〜2
絶対絶命。頭の中は完全に真っ白、走馬灯なんてものが流れる余裕すらなかった。
しかし、その時背後から強烈な悪寒が走るのと同時。強烈な、雄叫び。いや、咆哮とも呼べるような音の塊が、俺と、おそらく目の前にいたワニのような生物にもぶつけられたのだ。
その結果、ワニ野郎も俺もフリーズ。痺れたかの様に全く動けなくなった。
そんな中、動けなくなり水に沈む素っ裸の俺を、先ほどのナイスボディな犬耳お姉さんが女性とは思えない力で水堀から街に架かる橋の上へと引き上げてくれたのだった。
感謝を言おうとしたがそんな間もなく
「バカかてめぇは!」
怒られた。
「力も無いくせに自ら水堀に落ちるなんて自殺志願者か?」
「いや、水堀にまさかあんなのがいるなんて思わなくて…」
初対面の女性に素っ裸で食らう説教。しかしまじまじと見るとやはり美人なお姉さんである。ざっくばらんに切られてはいるが綺麗な赤のショートカットに犬耳がちょこんとでている。更にはモデルの様な高身長、少し言葉使いは荒いが顔立ちも実に端正だ。
しかしさ、水堀落ちただけでここまで怒られると思うか?普通。
俺だってあんな化け物いるの知ってたらわざわざ飛び込まないけどさぁ。
「はぁ、しかしリガーの事も知らないって冗談だろ?どこの田舎から来たんだよ?」
しかし、そんな事を言ってくる。どうやらこの世界では水堀にあんなワニみたいなのがいるってのが当たり前らしい言い方であった。
その後、俺はしばらく怒られ続けていたのだが、門番らしい男の1人が「おいおいリズ、そこそこ良い年齢の男の子をいつまでも裸のままにしとくのは可哀想だろ。」と言う一言に救われ、説教はそこで中断。
救って貰ったお礼を言った後、彼の名を聞いた。すると彼は「ザック・ローデンだ。中々男前な名前だろう?」と実にいかつい笑顔で答えてくれた。
うん、遠くから見た時は気がつかなかったがザックはいかつい。まるで本職の方ようだった。
額と頬に大きい傷が1つずつあり、彫りの深い顔と真っ白な白髪がその2つの傷をより荘厳なものに見せる。
そしてリズと呼ばれたお姉さんの説教から解放された俺はザックの家に上げてもらえる事になり、彼の息子の服を一式貸してもらうことが出来たのだ。
そして今、俺は服を買うために街を散策中だ。
外から見た時はさぞ栄えていそうな雰囲気があったが街の中は意外にも殺風景に感じられる。
水堀沿いには民家や商店など多数の建物が建っており外から見るとビッシリと建物が建っているイメージだったのだがそれは水堀に沿った外縁のみ、中に入ると街の中心はドーンと畑になっていた。
これもまたこの世界では普通の街並みなのだろうか。
しかし、デビュー初日から散々なスタートにはなってしまった。
まぁ、それでも悪い事ばかりではない。さっきのでかいワニといい、そのワニを声だけでフリーズさせてしまうようなリズと言う名の犬耳姉ちゃんといい、この世界にとても興味が出てきたのも事実だ。
年甲斐もなく拳を握り締め少し身震いしてしまう。
さぁ、これから俺の本当の、本当の異世界生活が今度こそ始まるのだ!