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nightlover-Circus (3)

 ――ごとん、と、タイヤが石ころの上に乗り上げては、それを踏み越えていく。


 ――薄暗い車内で揺られながら周りに目を凝らすと、自分と同じ年頃の子供が沢山いた。


 ――みんな、死体となんら変わらない目をしている。


 ――濁った瞳。


 ――それだけじゃない、腕や足が無い子供もいた。


 ――この中では、自分はマシな方だ。だから自分がこの理不尽な人生に悪態を付く資格なんて無い。


 ――それでも、この境遇で「精一杯」なんて、考えられなかった。


 ――暗い。深海のように感じた。


 ――自分はこの海に沈んでいくしかできないのだろう。


 ――一人で此処から泳いでいくことなんて、絶対にできないのだろう。


 ――車内に光が差す、年配の女性の顔が覗いた。


 ――俺はその女性が、どうにも嫌いだった。




◇◇◇◇◇




「……お、目が覚めたか」


 ベッドの上、真っ先に視界に写ったのは眼鏡をした中年の男だった。次に気付いたのは何故か、上半身裸だということ。

 全く覚えがない。

 どうして見知らぬおじさんとベッドの上にいるのだろうか。

「そりゃ、混乱するよな。 でも……その、最後まではいってねぇから……」

 最後?

 何の最後?

 確かに男は中年と言っても三十代程で、伸ばしっぱなしの黒髪のせいで野暮ったいが美形と言って間違いないだろう。

 心当たりも記憶も無いのだが、これはやはり、童貞を捨てる前に違うものを――

「うちの団長が、すまん。 痕は残らねぇはずだから――」

「え?」

「ん?」

 きょとんと眼を丸くすると、男も不思議そうに目を丸くする。

 暫しの沈黙の内、やっと気絶する前の記憶が戻った。そうだ、何故か少女に撃たれたことを思い出す。男の口ぶりから、「団長」とはあの少女のことだろうか。となると「最後までいってない」というのは、弾丸が貫通していなかったという意味だろう。安堵すると同時に、紛らわしい言い回しをするな、とアルヴィは心の中で悪態を付いた。

 改めて周りを見回す。

 青いカーテンで区切られている為、ベッド横の小さな窓しか手掛かりがないが、時折身に覚えのある揺れ方をする。間取りを見ても、キャンピングカーに間違いないだろう。

 しかし、何故自分は車で運ばれているのだろうか。アルヴィは素直に尋ねる。

「此処、どこですか?」

「ごめんね」

 聞こえてきたのは目の前の男による返答では無く謝罪で、同時にベッドの下からひょこりと声の主が顔を出した。

 長い黒髪に深いブルーの垂れ目。白い頬と対照的に、墨を塗ったような真っ黒な十字模様。まさしく、アルヴィを撃った少女だった。

「あっ、おま……ッ」

 起き上がろうとすると、ズキリと腹部が痛み顔を歪める。男に宥められて渋々ながら、再び寝転がった。

 少女は気にせず言葉を続ける。

「あの眼帯が大きい声出すからさぁ、つい。 お仕置きしといたから、許して?」

 「つい」で撃たれたら堪ったものではないし、少女の口調はやけにはきはきしていて、悪びれる様子もない。それに「お仕置き」とはどういうことだろうか。

「仕事上、病院にも君の職場にも行けないし、明日はクレスティアで公演あるし。

 だからって意識戻らないのに投げておいたらそれこそ今度こそ何があるか分かんないし。 ま、安心して。 うちのフィレナントは名医だよ。 ……免許無いけど」

「闇医者かよ!?」

 叫ぶと腹部が痛い。

 色々と突っ込みたいことはあったが、そこは突っ込まざるを得なかった。そろりと撃たれた腹部を撫でると、そこには綺麗に包帯が巻かれていた。少女の言葉は嘘ではないのだろう。

 アルヴィが男を見ると、誤魔化す様にへらりと笑顔を向けられた。医師免許はどうやったって誤魔化せないだろう。

「……待て、クレスティアで公演って言ったか?」

「うん、あと半日かかるよ」

 そこで、もう一つ聞き逃せない単語を思い出し、口に出す。クレスティアはフォズライト王国の隣の、君主制国家である。フォズライト王国とは友好関係だが、王都から車で二日かかる筈だ。しかし少女は半日と言った。小さな窓から見える空は、アルヴィが気を失った時と同じく真っ黒。どんなにスピードを出してもそんなに早くは無理だと思うのだが。

「……お前さん、一日中寝てたんだよ」

「一日中!?」

 不思議そうに眉間にしわを寄せるアルヴィに、フィレナントが補足する。アルヴィは再び身を乗り出すが、やはり腹部が痛い。我慢してゆっくりと上体だけ起こした。

 つまり、仕事を言い渡された次の日に失踪という形になってしまった。今夜は軍の本部で歓迎会が開かれるはずだったが、それに行かずに済んだのはアルヴィにとっては有り難さもあった。それよりも、国王の従者であるレイモンドから詳しくは連絡すると言われていたのだ。どこかに行きたいとは願ったが、現実こうなると様々な問題が頭を過った。電子端末に連絡が来ているだろうかと、急いで携帯を取り出す。


 着信の文字。

 しかし予想に反し、それは二通のメールだけだった。

(そうか)

 入った力が抜けていく。

(元々俺は捨て駒だった)

 安堵のような、落胆のような妙な感情を覚えながら、メールを開く。一通はレイモンドから、もう一通はロードだった。迷わずレイモンドからのメールを開く。

 『潜入先について後述します』というタイトルの後、組織の名前と拠点が書かれたメール。あとは動きがあったら連絡しろとの、淡白なものだけだった。それで給料をくれるのならば、案外楽な仕事なのかもしれない。

「仕事、大丈夫か?」

 アルヴィの一連の挙動で察したフィレナントが心配そうに問いかける。当事者の少女とは違い、責任を感じているらしい。

「大丈夫、みたいです」

 そう言うと、フィレナントはほっとしたように「そうか」と言った。

 アルヴィはここでやっと、冷静になって思考する。

 一日も移動していたとなると、ここはもうスラム街辺りになってしまっているだろうか。ならば引き返すどころか、一人で降りるのすら厄介だ。また王都での二の舞になってしまいかねない。

(めんどくせぇ)

 アルヴィのそんな嘆息を受け、少女が口を開く。

「ごめんって。 でもセルヴァス相手じゃ君、僕がたまたま通らないと死んでたよ?」

 自分が撃ってしまったことへの溜息だと思ったのか、しかし相変わらず悪びれもせずに少女が言った。その様子はどうにも腑に落ちないが、少女が来ないと危なかったことは分かっている。鍛えられたとはいえ、アルヴィは新卒なのだ。それよりも、聞き慣れない単語のせいで少女の話が分からない。沈黙に、少女が訝しげに首を傾げた。

「もしかしてセルヴァス、知らないのかい? 少数種族の一つだよ。 パワーがある代わりに希少でね。 今は殆どが奴隷として力仕事させられているか、僕たちみたいに『裏』の世界にいるか、かな」

 希少種族について。習ったような気もするが、よく覚えていない。確かにあの眼帯男の力は並外れていたし、それでもまだ涼しい顔をしていたということはまだまだ本気を出していなかったのだろう。男の、獣のような眼。それが特徴なのだろうか。

「無知な軍人さん」

 アルヴィが口を閉じていると、少女が呆れたように失笑する。学生時代から怠慢であったことを見透かされたような気がして、アルヴィはグッと唇を結んだ。

「それより、今降りてここから戻るんだったらクレスティアから鉄道乗った方が速いと思うんだ。 せめてそこまで送らせてくれないか?」

 不穏な空気を気にしてか、フィレナントが言う。

 王都から此処まで離れてしまうと、道行く人だけでなくタクシーの運転手までもが危険人物だ。確かに今降りて引き返すより、あと半日かけてクレスティアまで行けば、鉄道なら五時間ほどで王都まで戻れるだろう。彼女にこれ以上厄介になるのも癪に障るが、背に腹は代えられない。

「そう、ですね。 じゃあ、そうさせてもらいます」

 アルヴィが言うと、フィレナントがベッドから降りて少女の横に立って、

「それじゃ、まだ痛むだろうし、ゆっくり休んでくれ」

 そう言うと、二人は寝室と居間に当たるスペースを区切っているらしいカーテンを開け、少女と共に去る。

アルヴィは一人になった。

 再び寝転がる。

(メール、しなきゃ)

 良く眠ったせいか、こんな状況なのに、いつもよりずっと頭がすっきりしていた。しかし何処となく頭の中に霧がかかったかのような感覚がある。

 あの夢のせいだろうか。


 ――ごとん、と車内が揺れる。

 

 電子端末を開き、レイモンドに向けた文章を作製する。『迷子になってたら盗賊に襲われ、助けてくれた少女にまちがって撃たれた』。改めて文章にすると酷く間抜けだったから、「迷子」と「少女」という部分は消去。

 文字を打ち込む最中、黒髪の少女の言葉を思い出した。

確かに「表」と言った。物事全ては表裏一体。「表」があるのならば「裏」があるのは当然である。つまりこの集落……先程「講演」と言っていたから、劇団か大道芸人あたりなのだろうか。そして彼ら――良く見えないが、車を運転している人物を含めて三人以上は、表の仕事だけでなく裏の仕事に携わっている筈である。

 そもそも普段のアルヴィならば面倒ごとには触れぬが一番と、先程の一言なんて聞かなかった振りをするのだろうが、ことを説明するには必須事項となってしまうだろう。

 迷いながらも、怪しい一段と行動を共にしている為戻るのは明日の昼頃になってしまうと、レイモンドにメールを送った。

(そういえば、)

 ロードからもメールが来ていた。気乗りしないが、確認する。

 予想通りの文章に、返信することなくそれを閉じた。彼女は、アルヴィにとって真っ直ぐで、真っ当すぎるのだ。

 自分が真っ当でないと言われている気になる。

 自分が劣っていると自覚させられる。

 だから、アルヴィは彼女が苦手だった。


 ――ピピピ


 と携帯が鳴る。レイモンドからだった。

(返信早すぎだろ)

 国王の従者というのは意外と暇なのだろうかと瞳を細めながらメールを開く。

 嫌な予感が的中した。


 ――裏に通じているならば、今共にしている組織に潜入し、随時情報を報告してください。――






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