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nightlover-Circus (2)

「赤髪の女が良かった」

 レイモンドが扉を閉めてすぐ、クリストロが呟く。アルヴィは、理由は俺が聞きたいと心底思った。

「陛下」

 本日何度目かの失言にレイモンドの声も呆れというか、怒りを孕んだものになってきたが、国王は悪びれる様子もなく話を続ける。

「まどろっこしいのは嫌いだから率直に言うが、貴様の役割は潜入だ」

「はぁ……」

 あまりに率直過ぎて何とも言えない声が漏れる。

「何だ貴様、さっきから気の抜ける声ばかり出して」

 全くその通り、気を張ったことなんて一度もない。しかし流石のアルヴィも困惑を露わにする。

「あの、何でまた……」

「レイモンド」

 アルヴィが椅子に足を組んで座るクリストロを見上げると、彼は至って真面目な表情で、しかしちらりとレイモンドに視線を向けた。説明が面倒だったようだ。

「ご存じでしょうが、クリストロ様が王位について十五年目です。 他国との関係が落ち着き始めた今、厄介なのは国内の反乱。 実際に、最近貴族なんかが行方不明になったという事件もありました。 だからといって組織全てを弾圧する訳にもいきませんので、不透明な組織の調査をと」

「それで、なんで俺なんすか?」

 レイモンドの抑揚のない説明に、やや喰い気味で言葉を返す。そろそろ本気で帰りたい。国王を前に、そんな表情である。

「レストに聞いたのだ。新人で、適任はいないかと。 まぁ理由を聞いたところで貴様に拒否権は無い」

(あの鬼教官覚えてろ)

 今までもそう思ったことはあったが、今度ばかりは育成学校の教官であったレスト・カティルに殺意すら沸いた。つまるところ表情に感情が表れにくくて、顔の知れていない新人が必要だということか。

(危ない場に単独で行かせても良い奴、ってことか)

 捨て駒ならばお誂え向き。そう言われた気がした。だからといって悲しくなったりもしないのだが。もともと拒否権なんてものもない。余計な思考を閉ざして業務事項を話半分で聞いた。





「ったく、ついてない」

 辺りはすっかりと暗闇に包まれている。王宮を出て宿を探したが、あまり話を聞いていなかったせいで完璧に迷ってしまったのだ。

 チラリと、ポケットの中の電子端末を覗き見る。これも今日配布されたもので、同期と国王の従者、レイモンドの連絡先が登録されている。これで潜入任務の報告をしろと言われていた。連絡には困らない。しかし、既に仲間たちと休んでいるであろうロードに連絡するのも気が引けるし、他の同期はもってのほか。だからといって周囲の人に尋ねる気にもなれない。その内見つかるだろうと高をくくり、忙しなく働く奴隷達や、怪しい商人を後目に、まるで鬱憤を晴らすかのように突き進んでいると、どんどん人気がなくなっていた。振り返ると、幾分かは小さくなって見える王宮に向かってため息。

(無意識に離れてんのかね)

 本能が逃げてしまえと叫んでいるようだ。

 国王なんてクソ食らえ。性病にかかってしまえと心の中で悪態を付く。しかしそんなことを考えたところで虚しくなるだけ。

(あーあ)

 再び嘆息。

(このままどっか行こうかな)

 そんな勇気があるわけでもない。しかし今ばかりは、何もかもどうでもよくて、明るい未来なんて見えそうもない。だからと言って、帰る場所なんてものは、もうとっくに無くしていた。

 アルヴィは歩いていた草むらに腰を下ろし、そのまま寝転がる。空には星が無数に見えた。あんなに小さく見えるのに自分よりずっと大きくて、光っていて。あっちから見ると自分なんて矮小な存在は見えないんだろうなぁと、そんなことを考えた。


「――良い月夜だなァ」


 声。


 低い男の声。


 アルヴィは勢いよく起き上がる。

 見知らぬ男が隣に座っていた。ほっときっぱなしの髭のせいで老けて見えるが、恐らくアルヴィとあまり変わりないであろう若い男。適当に掻き上げられた茶髪に、海賊のような黒い眼帯を付けている。顔立ちは端正と言っても良いのだろうが、荒々しいというか、乱雑そうというか、良く言えばワイルド、悪く言えば男臭い。

 しかし、そんなことよりも、

(気配がしなかった)

 あの王国軍育成学校の卒業生だ。武芸はみっちりと叩き込まれている。というか、あの教官の授業だけは、流石のアルヴィでも上手く逃げることが出来なかった。

 そろりと剣の柄に手をかける。しかし男はどかりと胡坐をかいて座ったまま、夜空を見上げていた。

「そう警戒するなよ兄ちゃん、軍人のお兄ちゃん。 取って食おうってんじゃねェ。 ただ」


 刹那。鋭い殺気。


 男と目が合う。肉食獣のように暗闇に輝く、金色の瞳。


 キィン、と、金属音が響く。


 男の短剣と、アルヴィのサーベルが交差していた。


「分け前、くれよ」


 ライオンのように長細い瞳孔。その言葉を合図に、彼の仲間と思わしき影にいつの間にか囲まれていた。


(くそ、付いてなさすぎだろ)

 あの教官、何度も対峙させられた彼は、計り知れない腕を持っていたが、それとはまた違う。交わった剣からひしひしと殺気が伝わる。

(重い……っ! 何だこの馬鹿力っ)

 柄を握る手に力が入り、額に汗が伝った。しかし男は涼しい顔で不敵な笑みを浮かべている。やむをえず、アルヴィは後方に退く。

「残念だな兄ちゃん。 ま、この世ってのはなァ」


 ――残酷なんだ。


 男が言うと、隠れていた仲間の男たちが一斉に襲い掛かる。


 一人、二人……全部で五人。


(めんどくせぇっ!)

 捌き切れるか、隙を見て逃げるか、どちらにせよ八方ふさがり、四面楚歌。まるで自分の人生のようだなんて考えが付いてしまったあたり、こんな状況にも無頓着すぎるだろうか。

 深呼吸。

 つい先程は散々呪った教官の言葉を思い出す。


 ――『いいか』

 ――『武術ってのは、弱い者が強い者に勝つ為のものだ』

 ――『ある国の武術には、小さなガキが大の大人を投げ飛ばせるような技がある』

 ――『要は、センスなんだ。 相手の力を見極め、利用しろ』


「ぅらァ!」

 子分らしい男の雄叫び。気圧されるようなことは無いが、正面だけじゃない、背後からも敵が迫る。

(――はいはい、「力を利用」ね)

 アルヴィは正面のスキンヘッドの男の、斧のような無骨な武器での攻撃を受ける――と見せかけて、するりと躱した。

「あ……ッ!?」

 勢い余ったスキンヘッドの男は他の仲間に突っ込んでいく。そのまま二人の子分を巻き込んで、雪崩込むように倒れてしまった。

「へェ、なよっちく見えたが、思ったよりやるなァ兄ちゃん」

 ボスらしい眼帯の男は感服したというように目を丸くしてアルヴィを見る。その後、「俺がやる」というように、子分達に向かって軽く頷き合図を送った。

「殺しちまうのは惜しいかもなァ。 そうだ、俺様の仲間にならねェか?」

 アルヴィは言葉を返さない。国王の言葉が過ったのだ。


 ――『貴様の役割は潜入』


 この男たちがどの位の規模の賊なのかは知らないが、国王に従順な組織ではないことは分かる。それならば話に乗っていっそのこと――


「……けッ、食えねェ兄ちゃんだ」

 しかし沈黙に痺れを切らしたのか、勝気な笑みを浮かべていた男は、はぁー、と大袈裟な溜息。そして首を軽く回してから短剣を構えてしまった。

「さァて、じゃ、」

 始めよう。

 そう、眼帯の男が足を踏み込んだ時、


 ――パァン!


 銃声。

 近いが、弾丸の行方が分からない。


「ぐ、あああァ!」

 しかしすぐに眼帯の子分の内の、スキンヘッドの男が叫ぶ。

 それからこの場に似つかわしくない静寂が訪れた。全員が銃声の聞こえた方を向く。

 そこには、それこそ、この場に似つかわしくない少女が立っていた。


「おや、当たっちゃった」


 そして似つかわしくない、明るい調子の声。白く柔らかそうな頬に不釣り合いな黒い十字模様に、長く艶やかな黒髪の少女は、不敵に微笑む。

「ごめん、今痛くなくしてあげる」

 美しい笑み、しかし、少女が構えた鉄の塊のように酷く冷淡に見える笑み。先程受けた殺気とは別の悪寒に、アルヴィはぞくりと身を強張らせる。男も――

(……)

 ちらりとアルヴィが男を見ると、何故か頬を赤らめている。何だ、その反応は。

 アルヴィの呆れた視線に気づき、男はハッと我に返る。

「ち、ちちちちち違ェ! これは別に、」

 男が大袈裟に手を広げて声を荒げると、


 ――パァン!


 と、このタイミングで発砲音。


(あれ――?)

 今後は弾丸の行方がすぐに分かった。

 腹部に衝撃を受けたからだ。


 どろり、と、脇腹に添えられたアルヴィの手に生暖かいものが付着する。


「あ」

 笑顔のままだが、少女の額に汗が浮かんだ。

「間違っちゃった」

 そんな少女の言葉を最後に、意識を手放しながらアルヴィは思った。そうだ、今日は厄日なんだ、と。


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