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nightlover-Circus (1)

 

「Ladies and gentlemen!」


 色とりどりのテント内は満員御礼。人々が期待に胸を躍らせる中、良く通る軽快な声が会場内に響く。


「ようこそnightlover-Circusへ! 今夜ばかりは浮世を忘れて非凡で素敵なひと時を」


 真っ赤なビロードのカーテンの前に、煌びやかな衣装に身を包んだ道化師が現れる。長く艶やかな黒髪を翻して歌うように言うと、同時にゆっくりと幕が上がっていく。開始を告げる道化師に、観客たちは大きな拍手を送った。


 道化師が瞳を細めて笑むと、その白い頬に目立つ十字模様が微かに歪んだ。




 ◇◇◇◇◇◇




 フォズライト王国、王都エンぺストに到着する頃には、すっかりと日が暮れてしまっていた。長い間軍用車の中で揺られ、少年とも青年とも言い難い年頃に見える男の目元には、いつもより一層深い隈が浮かぶ。


「そんな顔してもまだ宿に戻れないぞ、アルヴィ」


 見かねたと言わんばかりの呆れ顔で、男と同じような年頃に見える赤髪の少女が、気だるげな猫背の男、アルヴァス・アルデバランに声をかける。アルヴィは彼女の凛々しくもあどけなさの残る端正な顔を一瞥した後、分厚い生地につつまれた豊かな胸元を見る。左胸にはこの国を象徴するエンブレムが掲げられていて、自分もそれと同じものを着ていることに違和感すら覚えた。

 いつまでも返事をしないアルヴィに痺れを切らしたようにじっと睨む少女に気付き、「分かってるよ」とため息を漏らす。



 軍用車からは、少女を含めた五人が次々と降り、アルヴィは最後に重い腰を上げる。降りてすぐ、到底視界に収まりきらないどころか、敷地内を移動するのに車が必要なほどに巨大な王宮を目前に現れ、逃亡したい気持に駆られた。

(あの鬼教官、何考えてんだよ)

 心の中で悪態を付く。アルヴィは何故、自分がこの場にいるのか皆目見当が付いていないのだ。ここにいる、アルヴィを除いた五人は、先程の赤髪の少女、ロードを含めて育成学校の成績優秀者である。成績優秀どころか決して真面目とは言い難い、寧ろ怠け者であると公私共に認めるような性格のアルヴィがここにいるのを周囲が快く思う訳もなく、居心地の悪い視線を常に感じるような気がしてならない。

「行くぞ、しゃんとしろ」

 ロードに、とん、と軽く肩が叩かれる。アルヴィに非難の目を向けない同期は彼女の他に、実技点は他者を圧倒して首席であるが、筆記テストのせいでこの場に姿がない、幼馴染のアサギくらいのものである。しかしアルヴィはそんな二人を含めて現在の自分の立場を「面倒だ」と一蹴するかのように再び深く嘆息した。



 新フォズライト王国軍の到着を確認すると、門に従者が見えた。

「此方へ」

 やや無愛想な従者に連れられ、城へと入っていく。予想通り城内は途轍もなく広大で、煌びやかな調度品や絵画が通路を飾る。いくら数多くの訓練をこなしてきた彼等ーー正確にはアルヴィを抜かした彼等は、緊張で表情が強張っていて、時折ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。

(あー、帰りたい)

 いつもに増して背を丸め、だらだらと列の最後尾を歩きながら考えることはそんなことばかり。くぁ、と欠伸をすると、アルヴィの前を歩いていたロードに肘で小突かれた。


「あら、レイモンド」


  不意に、背後からか細い声が聞こえて振り返る。そこには十代半ばに見える少女が立っていた。如何にも深窓のご令嬢といった雰囲気の、髪も、肌も、雪のように真っ白な少女。

「リリア様、また勝手に出歩かれて」

 レイモンドと呼ばれた無愛想な従者がその少女を見てそう呼んだ。リリア・フォン・フォズライト。他でも無い、少女は国王の娘……つまりはお姫様である。リリアはレイモンドの言葉を受けて一瞬ムッと膨れっ面を見せたが「あぁいけない」とでもいうように文句を口に出すため開きかけた薔薇色の唇を閉じ、緩やかなウェーブのかかった髪をふわふわと揺らして歩み寄る。

「初めまして、リリアです。ようこそおいでくださいました。 レイモンドに聞いて、どうしても一目会ってみたくて」

 鈴の鳴るような声でゆっくりと、しかし何処となく興奮気味にそう言いながらスカートの裾を持って一礼する。聞いていた、とは恐らく今日の謁見のことだろう。

 国王は頂点に立って尚、軍隊の統制や管理を欠かさないらしい。武力の掌握の為か、或いは単なる道楽か。国民達は好き勝手に解釈してそんな風に囁く。

 決心を固める前の思わぬ会合に新フォズライト軍第十五期生の面々はそれぞれ呆気にとられていたり、リリアの純真無垢な笑顔に頬を染める者もいた。

「定刻を過ぎていますので失礼します。 リリア様も早く自室にお戻りください」

 レイモンドが相変わらず淡々とした口調で言うなり少女に背を向けて歩き出す。混乱する面々はリリアに軽く頭を下げてからレイモンドの後に続くが、ふとアルヴィが振り向くと笑顔のリリアが手を振っていて、毒気が向かれるような居心地の悪い感覚がした。




「到着しました」

 リリアと別れてすぐの場所、謁見の間だと思われる部屋の前でレイモンドが立ち止まり、いよいよ国王と対面だという緊張感を無視して間髪入れず扉をノックする。


「入れ」


 案外柔和そうな声がそれだけ告げると、重厚な扉が開かれた。室内は廊下同様広く、煌びやかなエンブレムを掲げた旗の前の高級そうな椅子に座る国王の姿が現れた。噂に違わず、若い美男である。

 全員が合わせたように室内で跪き、アルヴィも少し遅れて動きを合わせる。レイモンドは皇帝の椅子の後ろに立った。ただの使用人ではなく、国王の右腕なのだろうか。

「ほぉ」

 国王、クリストロ・ディ・フォズライトは、サファイア・ブルーの瞳でじっと五名を見回した後、唐突に立ち上がり、重たそうな毛皮のコートを引きずって歩み寄る。そして、六人のうち唯一女性であるロードの前で足を止めると、跪くロードの顎を持ち、彼の金髪が彼女の頬を掠める程に顔を接近させる。

「眉目秀麗、文武両道とは素晴らしい。 どうだ、私の側近……いや、側室にならないか」

 ただただされるがままになっていたロードがぴしりと固まっている。彼女以外も目が点になっている中、レイモンドが沈黙を破った。

「陛下、その方はグローディア中将のお嬢さんですよ」

「げっ!」

 国王が間抜けな声を上げて跳び退く。

「陛下」

 レイモンドの牽制に、ハッとした様子で周囲を見てからこほんと咳払い。

「さて、本題に移ろう」

 そして何事も無かったかのようにそう言った。




 今日の謁見は十五期生のリーダーを決めるもので、国王直々に役職とそれを象徴する腕章が手渡され、ロードは全体の副リーダーに任命されていた。

「――最後は、アルデバラン」

「はい」

 うとうとしていたところで名を呼ばれ、反射的に反応する。

「貴様には私の直属で働いてもらう。 この後も少し残れ」

「え」

 思いがけない言葉に、思わず声を上げてしまう。他のメンバーも怪訝な視線をアルヴィに向けた。

「以上。 ご苦労だった」

 しかし国王はそれを気にする様子もなく告げると、レイモンドにアイコンタクト。それを受けてレイモンドは出口へと向かい、扉を開く。国王に意見する者がいる訳もなく、部屋にはアルヴィだけが残った。



◇◇◇◇◇



「あいつが直属?」

 城を出てから沈黙を破ったのは、十五期生のリーダーに任命されたゼヒュード・マルクス。

「きっと雑用ですよ」


「おい」


 嘲るように諜報部のリーダーに任命された最年少の少年ロシュ・ネルアが続くと、ロードが普段より幾分低い声を発する。二人はその声色を聞くと何も言えなくなり、ゼヒュードは小さく「あいつばっかり」と誰にともなく呟いた。


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