青石の花飾り
霧雨が降る中、山中を黙々と歩き続ける2人だが、アレスがふと立ち止まり顔を上げた。
「…なんか、焦げ臭いな」
すん、と鼻を鳴らしたアレスは辺りをじっくりと見回す。まるで犬のようだなとティリアはその様子を見る。
「何かいます?」
「あぁ…遠いが。それに戦闘音もする」
ちらりと彼を見上げれば、既に腰に差している剣に手を乗せいつでも抜刀できる状態になっている。
「行きますか?」
「あぁ」
言葉を返すと同時にアレスは微かに聞こえる音を頼りに走り出す。一息遅れてティリアもその背中を追った。
「くっそ、山賊かよ!」
剣を振るい、山賊共を退けるのは山を越えた先にあるドラニクス国の騎士、レックス。そして取り囲む山賊を的確に弓矢で射抜くのは弓兵のウィリット。
ドラニクス国までの護衛として雇われた彼等は、レックスの背後にある馬車に避難させている。馬車といっても、山賊たちの手によって馬は殺され死骸が無残に雨に晒されている。
今は10人前後の山賊たちだが、すぐに応援が来て2人では護衛対象である彼等を守りきる事は出来ないだろう。
逃げるにも逃げるための足がない。どうしたものかと、戦闘で気が散る中考えるが良い案は出ない。
「居たぞ!」
「女は生かしておけ!後は殺せ!」
どどど、という20人以上は居るであろう乱暴な足音と怒声にレックスとウィリットは顔を強ばらせる。山賊の応援が来てしまった今、彼等に勝機はほぼ無い。だが、護衛として雇われている以上ここを放棄するわけにもいかず、2人はそれぞれ武器を握る力を強める。
木々の間から山賊達の姿が見えてくる。
「やるだけやるしかねぇな…」
「生き残ったら一杯やろうか」
「そういうの死亡フラグだからやめてくれ…」
おどけたように笑うウィリットに溜息をつき、覚悟を決める。柄を握り直しまるで熊のように走ってくる山賊共を見据える。
あと数歩でレックスと山賊の刃が交わる…その瞬間、
どぉんっ!!
何かが破裂するような音が足元からしたかと思えば、水の壁がレックス達を取り囲むように現れたのだ。噴水でできるような上から降り注ぐやさしい水ではなく、津波のように勢いのある怒涛の水量が下から上へと湧き上がっているのだ。
「…はああああ!?」
「え…えぇ!?なにこれ!?レックス、君また変な事したのかい!?」
「なんでも俺のせいにすんなつってんだろ!?何かしたとしてもこんなのどうやったらなるんだよ!?」
お互いに驚きの声を上げる2人。だがすぐに落ち着きを取り戻して周囲を見渡せば、どうやら水壁が山賊達と分断してくれているらしく奴等がこちらへ入ってくる気配がない。
かと言ってこのまま水壁の中に居るのは得策ではないだろう。いつまでこの壁が続くかも分からないし、誰が作ったものかもわからないのだ。むしろ先程よりも警戒して武器を構える。
弓に矢を構えていたウィリットがふと気付く、朝からずっと降っていた霧雨がいつの間にかやんでいるのだ。
「うーん、やっぱりこの雨の量だとこの位が限度ですかね」
突如自分以外誰も居ないはずの馬車の屋根に、いつの間にかまだ成人していない少女の姿が現れた事にウィリットは驚き、矢尻の先を少女―ティリアへと向ける。
「こんにちは、助太刀に参りました」
「…え?」
ひらりと手を振ったティリアにウィリットの口から気の抜けた声が出る。
「そろそろ壁の効果が切れますので戦闘準備お願いしますね」
「え、ちょ…」
どういう意味だ…と聞こうとした瞬間、下の方…レックスが居る所から声がした。
「おおぅ…いつの間にか移動したぞ…」
ティリアと同じようにレックスの近くに現れていたのはアレス。現れた本人がその場にいることに驚いている。
「短距離なら空間魔法でちょちょいのちょいですよ。…まぁ人数やらなんやら制限が付いちゃいますけど。あと私が疲れちゃいます」
アレスの疑問に答えたティリアは両腕を前に…水壁へと突き出す。
「いきますよー」
はい、という掛け声と共に水壁は滝のように下へと全て落下し、向こう側にいる目の前に広がっていた水壁に驚き戸惑っている山賊達の姿があらわになった。
「どこの誰だか知らないが、助っ人と考えていいんだな!?」
「あぁ!」
「そりゃ、ありがたいね」
「死ななきゃ傷は治しますので」
「頼もしいねぇ!」
突然現れた水壁が再び突然消え失せたことに驚き止まっている山賊達に武器を向け、立ち向かう。
「…もう山賊はいないようだ」
ウィリットが持ち前の視力を活かして辺りを見回し、安全を口にした。
「そりゃ良かった。…あいつらウジャウジャと湧きやがって疲れたっつーの」
ドス、と剣を地面に刺し、膝を折るレックス。
対してアレスは剣に付着した血を振り払い、鞘に収める。
「移動しないか。流石にここで休むのは気が引ける」
そう、彼等の眼下に広がるのは馬や山賊達の死体と血の海。戦闘に慣れているアレスやレックス達は平気だろうが、馬車に避難している商人達にとっては卒倒ものだろう。
「彼に賛成だ。という事で、馬鹿力のレックス、移動は頼んだよ」
「へいへい…」
地面に刺していた剣を鞘に収めたレックスは腕まくりをし、馬車をガシリと掴んだかと思えば馬車は人が数人乗っているとは思えないほど簡単に動き出した。
「すげぇ力だな…」
「彼は力だけが自慢なんだ。レックスそのまま真っ直ぐね」
開けた場所で火をたき、休むことにしたアレス達。
山賊は退けたとはいえども、他の山賊が居ないとも言えないし、他の野生動物やらが襲って来るかもしれないため、交代で周囲を見張る。
「礼を言う。俺はドラニクスの騎士 レックス・ロレンタ。こっちは同じ騎士のウィリット・テイター」
赤髪の剣士・レックスが黒髪の弓兵・ウィリットと共に頭を下げる。
「俺はアレス・アゾット。あっちがティリアだ。 なぁ、なんで襲われてたんだ?」
「山賊だよ。 最近よく出没しててな…。俺とウィリットはこの商団を山賊や魔物から守るために護衛してたんだが、意外にも数が多くて押されてたんだ」
「最初は良かったんだけど、逃げようにも馬がやられちゃってね。本当に助かったよ」
「商人達を走って逃がすワケにもいかねぇしな」
どうせすぐに追いつかれちまうだろうし、と呟くレックスの視線は少し離れた場所でティリアと談笑している商人達の姿。ふくよかな腹を持った者や棒きれのように細い手足の者といったように戦闘には向かず、早くも走れなさそうな者達ばかりだ。
「なるほどな」
「それにしても、ティリアちゃん凄いね。急に水の壁ができたと思ったらいつの間にか二人が傍に居るし。まだ子供なのにあれだけ凄い魔法を使えるなんて驚いたよ」
「あぁ…あれには俺も驚いた。お前らの姿が見えたと思ったらティリアが移動するとか言って、気がついたらお前の隣に居たんだもんな…。しかも目の前には水壁だし」
「お前も驚いてたのかよ!」
マジか!と笑うレックス。
「ところで、2人の目的地はどこだい?僕たちは彼等をドラニクスのトレンタまで護衛して、そのまま騎士団のある首都ギークまで行くんだけど。もし目的地が近いんだったら同行してもらえないかな。馬がなくなってしまったから移動も遅くなるし、君たちみたいに強い人間が居てくれたら心強い」
「俺等の目的地はブロクスト村だ」
「ならギークよりも先にあるから丁度いいな。もし急いでねぇんだったら一緒に来てくれや」
「ちょっと待ってくれ。一応ティリアにも確認を取ってくる」
よ、と立ち上がったアレスは商人達と居るティリアの元へ歩み寄る。
「ティリア、商隊はトレンタまで行ってあの2人はギークまで行くらしいんだ。途中まで同行しても平気か?」
「勿論。私も急ぐ道のりじゃないので、アレスさえよければ良いですよ」
「そうか。ありがとう」
ふと、ティリアの手元を見れば、掌サイズの花の形に象られた青い宝石が乗せられている。
「なんだそれ」
彼女の隣にしゃがみこみ、じっくりとそれを見るアレスに商人が兄ちゃん知らねぇのかい、と商人が声をかける。
「それは魔法の効果を増幅する宝石だよ。石の国ステレアの魔導師が天然石に魔法を込めたものさ。今回君たちに命を助けられたからね。何かあげれるものはないかと探してたのさ」
「そんなのがあるのか。…なんか、お前の目の色みたいだな」
「だろ?実はこれ髪飾りにもなるんだよ。花の形をしてるから魔法が使えない奴でもオシャレで付けられるんだ」
ふーん、と頷いたアレスは地面に広げられている品々を見る。猫の形をした黒い石や、銀の鳥の形をしたブローチなどどれもアクセサリーの形をしている。
「色々あるな…。何か気に入ったのはあるのか?」
「いえ、特には…。全部綺麗だな、としか…」
「そっか。なぁ、これいくらだ?」
アレスが指差したのはティリアの手に乗っている青い宝石。
「金はいらんよ。さっき言った通り、ワシらの命の恩人への贈り物さ。気に入ったのなら持ってっていいよ」
「じゃあ、遠慮なく。ちょっと貸してみろ」
ひょい、とティリアの手のひらからそれを取り、彼女の髪へと付ける。
「うん。似合ってる」
「…あ、りがとう…ございます」
「ヒュー、兄ちゃんやるねぇ!」
「若いカップルってのは微笑ましくていいねぇ!」
商人達は微笑みを浮かべ、はやしたてる。
ティリアも照れているのか少し俯く。すると彼女の髪に飾られた青い花が光の角度によってキラリと光った。
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