強かな美しさ
朝食を食べ終えた二人は食堂を出て、カウンターで受付をしているおかみに声をかけた。おかみは二人の姿を見て微笑んだ。
「もう行くのかい。この宿の居心地はどうだった?」
「とても快適でしたよ。 お世話になりました」
「こっちこそ利用してくれてありがとね」
そこで女将は隣にいたアレスに視線を移した。
「アンタ、こんないい子 ちゃんと守ってやんなきゃダメよ。特に最近は物騒なんだから」
「何かあったのか?」
「えぇ、えぇ。最近、暗殺者っていうのが色んな国の偉い人たちを殺して回っているらしいのよ。 流石に旅人なんかには手を出さないだろうけど、見たところお嬢さんの方は喋り方や仕草も綺麗だから貴族だと思われてもおかしくないからね。暗殺者じゃなくとも金や若い女目当てに襲う輩もいるから、そういったのには気をつけるんだよ」
「そうか。 忠告ありがとう、気をつけておくよ」
女将の忠告を記憶にいれ、外に出た。辺りは商店が店を開き始め、出勤に歩を進める者達で賑わい始めている。
「それにしても暗殺者ねぇ…そんなのも居るんだな」
「… 暗殺者と悪魔、どちらが強いのでしょうね」
「生命力の強さだったら悪魔だろうな。純粋な力も悪魔。 けど、奇襲や襲撃に向いてる暗殺者とだったら…どうなんだろうな」
なんでそんな事を聞くのだろう、と隣のティリアを見るが身長差のせいで表情はほとんど見えない。
「まぁ、暗殺者云々はおいといて…。村を出ましょうか」
「…そうだな」
村を出ると所々岩肌の見える山へと続くあぜ道をひたすら歩く。会話は殆ど無いが、嫌な沈黙ではなく居心地の良い沈黙。
先導するように少しだけ前を歩く黒髪を見ていると、視線に気付いたのか蒼い目がこちらを見た。
「髪に何かついてます?」
右手で後頭部を探るように触るティリアに思わず笑ってしまう。
「いや、何も。小さいなーと思ってな」
「失礼な。私は平均的な身長ですよ。 アレスが大きいだけです」
何気無い会話。ティリアと出会う前には考えられなかった普通の日常のような会話に気が緩む。
だが、いつまでも気を緩めてはいられない事は分かっている。いつ、また悪魔連中が襲ってくるかも不明な今は気を張っておかなければ。
俺だけならばいいが、今はティリアが居る。彼女は守らなければいけない。
いくら事情を教えていないとはいえ、彼女を悪魔連中の餌食にする訳にはいかない。
歩き始めて数時間、辺りは大分暗くなってきている。俺達はこれ以上進むことを諦め、大きめの木の下で野宿の準備をする。
「次の宿が見つかるまでは野宿ですね」
「仕方がないだろうな。こればっかりは」
「ですね。 はい、アレスのシーツです」
いつものようにマントの裏から出したブラウンのシーツが放り投げられ、キャッチする。すると、音はしないが微かな気配を辺りから感じ取る。
「何かいる」
「野生動物なら食料になりますね」
しれっと言うティリアに思わず気が抜ける。コイツの思考の殆どは食物かよ。
「動物だったら獲って来いってか」
周囲の草木が揺れ、ちらりと視線を向けたティリアは微笑む。
「食べれる動物でしたら」
残念ながら食べれる動物ではない。俺を付け狙う悪魔連中だ。
「むしろ食われる側だな」
「こちらが食料になる気は毛頭ありませんよ」
ふふん、と胸を張ったティリアはマントの中から小瓶…聖水を出した。
「…そういや相場は分からねぇけど、聖水って結構値が張るもんじゃないのか?そんなのをホイホイ使っても平気か?」
「大丈夫ですよ。これは買ったものではなく、作ったものですから」
作った。その言葉に思わず間抜けな声が出る。
「高レベルの水魔法を使える私だからできるのですよ」
「…お前って、たまに自分が強いみたいな発言するけど…大丈夫なのか?」
沢山収納できるマントや知識量は度肝を抜かれるが、目の前にいるのは14歳の女の子だ。人間相手ならば俺がなんとかできるが、悪魔相手だと俺でさえ苦戦する程だ。
前回はティリアの聖水に驚いて逃げたからいいものの、今回も同じように行くとは限らない。
「しっつれいな。私これでも国一番の魔道士なんですからね!」
「…嘘ついてないよな?」
「嘘つくわけないでしょうが!もう!なら私一人でやります!それで私の実力を証明してみせますから!」
よほど自分の魔法に自信があるのか、音がした方にズンズンと進んでいくティリアに思わず慌てる。寸での所で彼女の腕を掴んで止める。
「無茶だろ!」
「無茶なんかじゃありませんよ。無茶かどうかは、私の実力を見てから言ってください」
胸を張るでもなく、自慢気に言うでもなく、冷静なティリアの言葉。堂々としていて、年下の女の子に思わず見惚れてしまう。
俺の手を振り払い、蓋を開けた聖水の中身を草むらへと投げつけた。草むらに放たれた聖水は目標に当たったのか、何かを溶かすような音と共に水蒸気を発し始める。
ティリアは口角を上げて笑った。そしてマントの中から柄部分に深海を思わせるような蒼い意思がはめ込まれたナイフを出して構える。
一人でやると言っていたが、何かあってからでは遅い、と俺も剣に手を滑らせる。
水蒸気の中から現れたのは、若干右肩部分の皮膚が溶かされた悪魔と無傷の悪魔。突然の聖水攻撃に、既に戦闘態勢の悪魔2匹に舌打ちが出る。
「なんだ。右肩にしかかかりませんでしたか」
残念、と言うティリアに悪魔達は吠え、飛びかかる。
まずい。素早く剣を抜いて悪魔へと向ける…だが、その前にティリアが動いていた。
「うるさいですよ。 」
ポツリと何かを呟いた瞬間、ティリアの足元を囲むように蒼く光る文字が現れた。
「貫け」
地面から染み出た水が氷柱のように鋭く形を成したかと思えば、悪魔達へと飛び、その体を貫いた。
体を貫かれた激痛に悲鳴を上げる悪魔達。
だが、慈悲もなくティリアは次の攻撃態勢を整えていた。
再び地面から染み出た水が人間一人は包み込める程の大きさとなった。
「水の檻」
水は悪魔の片方へ飛んでいき、その体を捕えた。
生命力の強い悪魔といえど水中での呼吸はできない。悪魔は呼吸のできない苦しみにもがいている。
「さて…まだやります?」
残っているもう一匹に向ける言葉はひどく静かで、威圧感を放っている。幼さの残るいつものティリアとは雰囲気がまるで違う。
一体、ティリアは何者なのだろうか。