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番外編 節分の日 【かなわんわぁ。コラボ】

節分の日ということで、番外編をひとつ更新します。

警察官になった晃大と、拙作『かなわんわぁ。』の東條警部補、安西刑事のコラボです。

「コウター!」


「はい!」


 電話を手にした係長が保留ボタンを押し込みながら、叫んだ。

 僕は書類を作っていた手を止めて、係長のデスクに飛んで行った。


「昼から空いてるか?」


 もちろん仕事の予定だ。仕事はあるものの、急ぎというわけでもない。僕は頷いた。

 係長はその答えに満足そうに頷き、受話器を取り上げて電話の向こうの人と二三やりとりをすると、電話を切った。


「先月被害届の出ていたアレ、あの詐欺の手配してた事件」


「ああ、コンビニのATMのカメラから顔を割り出した」


「それそれ。昨日、大阪で出頭してきたらしくてな」


「大阪まで逃げていたんですか」


「それで、あちらさんがこれからこっちに移送してきてくれるから、松岡と一緒に対応してくれるか」


「ああ、はい。了解です」


 大阪からこちらまでの移動距離を頭で計算し、残りの仕事を片付ける。地域課での勤務を経て、この春、刑事課に配属された。

 まだまだ怒られることも多いけど、少しずつ事件も任されるようになった。

 やがて時間になり、先輩刑事の松岡さんとともに容疑者を出迎えに行った。

 大阪府警から来た刑事さんは、背の高い、男からみても格好いい男の人と女性警察官の二人組だった。腰縄を受け取り、留置場へ送る。

 諸々の手続きを終えて、ふぅと息を付いたときには、自分がこの職務に緊張していたことを感じ取った。


 大阪府警からきた男性警察官は、僕と同じく刑事二課の警部補だった。名前は東條雅彦さん。いい男は名前までイケメンなんだなと妙に納得する。

 そして、その東條さんと一緒に来た女性警察官は、安西祥子さんというらしい。さっきからコテコテの関西弁で東條さんのことを「係長、係長」と呼んでは、まるでテレビに出てくる漫才師か芸人さんのような会話を続けていた。関西の人はみんな芸人さんみたいなのだろうか。

 反対に東條さんの言葉には違和感を感じなかった。


 「はあ、一仕事終えたらお腹空きましたねぇ。係長、なにか食べて行きましょか」


 安西さんがお腹のあたりを撫でる。ググゥと腹の虫の鳴き声まで聞こえてきそうだ。

 東條さんは腕時計に目をやって、安西さんに笑顔を見せる。


「そうだね、ちょっと昼時を過ぎたところか。何か食べてから帰ろうか」


「今日は節分やし、やっぱ恵方巻ですかね。自宅にいたときは母が作ってくれてたんですが、ここ数年はコンビニものばっかりで。いや、それも美味しいんですけど、あの厚焼き玉子とほうれん草とカニかまの咬みきれへん感じの恵方巻が懐かしいっちゅうか。かんぴょうとほうれん草がズルンって出てくるんですよね。ズルンって」


「恵方巻?」


「あれ? 係長ご存知ないんですか? 食べたことなくても見たことくらいはあるでしょ? 恵方巻。この時期になったらコンビニとかスーパーとかで山盛りてんこ盛りで売り出してるでしょ? 豪華な海鮮ものとかはよから予約まで取ってたり。あれも美味しいんですけど、烏賊がズルンって出てくるんですよね。ズルンって」


 安西さんは、握りこぶしを口の前に持っていって、ひっぱるようなジェスチャーをして、必死に恵方巻とやらを東條警部補に説明をする。ちょっと美人なのになんとなく残念な感じのする女性だ。


「つまり、安西の説明から想像するに太巻き寿司のことかな」


「そうですよ。まるかぶりするんです。恵方を向いて太巻きをまるかぶりして、食べきるまでしゃべったらダメなんです」


「へえ、切らずに頬張っちゃうの」


 東條警部補がにやりと微笑んだ。同じ男なだけに、東條さんが何を想像したのか色々わかってしまって、僕はちょっと焦る。これってセクハラにならないのかな。


「そう! これがむっちゃ美味しいんですよ! ねぇ、ご存知ですよね?」


「いや……僕も知らないですね」


 僕が遠慮がちに答えると、安西さんは大仰に驚いてみせた。


「え、ほんま? この辺でも食べへんの? もう、食べへんの東京だけかと思った。えー、グローバルスタンダードやと思たのに。いっぺん想像したらもう恵方巻の口になっちゃいましたよ。係長、何とかしてください」


 上司に対してこんな発言をする安西さんに東條さんが怒りださないか僕の方がドキドキしてきた。

 けれど、東條警部補は涼しい顔……じゃないな、ちょっとだけ甘い顔をして安西さんに微笑んだ。


「君もお昼に出られる? 良かったら一緒に。それで、良かったらこの辺の美味しいお店教えてもらえると嬉しいんだけど」


「あ、はい」


 この辺では食べる習慣のない恵方巻とやらを作ってもらえそうで、美味しい店といえばひとつしか知らない。

 同級生がやってる定食屋、ねこまんま食堂だ。

 そこなら昔のよしみでメニューにないものもお願いできるだろう。


 僕は容疑者引き渡し関連の書類を片付け、所属の係長に声をかけてから、東條さんと安西さんをねこまんま食堂へと案内した。





 初任課卒業からしばらく駅前交番に就いていた懐かしい商店街を歩いてしばらく、藍色に白く店名を抜き染めしたねこまんま食堂に着いた。


「ああ、いいね。旨い定食屋の雰囲気だね」


「そうでしょ。僕の同級生が継いだ店なんですけど、贔屓目なしに旨いんですよ」


「そりゃ楽しみだね」


 からりと引き戸を開けて店内に入ると、ふんわりいいダシの香りに迎えられた。


「あ、晃大いらっしゃい」


 バンダナを頭に巻いたこの店の店長、玉野咲くんが分かりにくい笑顔で微笑む。

 それに続いて、花のような笑顔の美晴ちゃんが熱いほうじ茶と熱いおしぼりを配ってくれた。


「いらっしゃいませ。晃大くん久しぶりだね。刑事さんに異動になってから顔見せないから心配してたんだよ。ちゃんと食べられてる?」


「うん、大丈夫。いまちょっと忙しくて。また落ち着いたら来るから。それで、今日は大阪の人を案内してきたんだ。旨い店を紹介してくれって言われたら、ここしか思い付かなくて」


「褒めても唐揚げくらいしかオマケできねーぞ」


 咲くんがとびっきりに照れた。相変わらず表情は分かりにくいけどね。


「それでね、こちらの女性の方が恵方巻っていうのを食べたいっておっしゃるんだけど、咲くん分かるかな」


「ああ、分かるよ。材料もあるし出来る」


「え、ほんま? 嬉しい! あ、係長、メニューこちらですって。どれも美味しそうですね。半分こしましょうね」


「恵方巻、切ったらダメなんだろう? どうやって半分こするつもりだ?」


「あ、ほんまや。どうしよ」


「何がおすすめかな」


「どれも旨いんですけど、日替わりのワンコインランチがリーズナブルかつボリュームたっぷりでおすすめです」


「今日のランチはさばの味噌煮ですよ」


「あ、僕それにします」


「ええ~、一緒にまるかぶりしましょうよ。福をゲットですよ?」


「俺が付き合ってあげるから好きなの食べさせてあげなさい」


「はあい」


 カウンターに座った僕たちからは、咲くんの手元が少し見える。


 寿司飯を大きな焼きのりの上に広げ、かんぴょう、卵焼き、甘辛く煮てあるらしい椎茸など七種類の具材を丁寧かつ素早く巻く。

 もうひとつはサラダ菜を乗せた寿司飯の上に卵焼き、ヒレカツ、カニかま、きゅうり、ツナなどを巻いていた。


「はい、お待たせ」


 僕の前には、照りてりのさばの味噌煮定食。骨まで柔らかそうに煮られた鯖が早く白飯と掻き込みたくなる魅力を放っている。


 それから東條さんと安西さんの前には二種の太巻き。それに鰯の塩焼きと小松菜の小鉢、すまし汁が付いていた。


「どちらの味も楽しんでもらえるようにハーフサイズにさせて頂きました」


「ありがとうございます!」


「今年の恵方は北北西ですよ。こちらです」


 咲くんが安西さんに店の奥、招き猫の置物がある方角を示した。


「ありがとうございます! このへんの人、恵方巻知らんて聞いてたので、こんなちゃんとした節分料理用意してもらえて嬉しいです」


 安西さんと東條さんは、さっそく両手で太巻きを持つと、あぐあぐと無言で食べ始めた。


「咲くんよく知ってたね」


「ああ、京都に修業に行ってたからな」


「ああ、なるほど」


 さて僕も、と飯茶碗を持ち上げ、鯖をほぐす。

 やっぱり旨い。

 だけど、ちょっとだけ恵方巻ってやつを試してみても良かったかなと後悔した。


 食べ終わって、焼き鰯の頭を持って帰りたいと言い出した安西さんには驚いた。どうやらその焼き鰯の頭と柊の枝で厄除けの飾りを作るのだそうだ。



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