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おいしい料理のつくりかた  作者: 紅葉
おいしい料理のつくりかた本編
8/82

メニュー06 たのしい文化祭

 細木さんがこの日を楽しみにしていたのは、玉野くんの王子様を楽しみにしていたからだと思う。

 みんなあまりふざけ過ぎないでよぉぉ。

 後で私が細木さんに殺される……。



 


 突然のアクシデントにより、図らずもオオトリとなってしまった二年一組の『白雪姫』もクライマックス間近。


 舞台は無事に進み、毒の櫛、紐と失敗に終わった暗殺計画も、三度目の正直と言うべきか……毒りんごを齧り、白雪姫は死んだ。


 死んだ振りをしたまま、小人Aに抱え上げられ棺という設定の台の上に寝かされる。


 そこで初めて王子の登場なのだ。

 白雪姫は死んでいる。本当は仮死状態とはいえ、死んでいるようなものだ。


 ……細木さん、王子と台詞合わせなんてするところないじゃん。

 二人っきりで何やってたのよ、あんた達。


 お腹の上で手を組んで、死んだ振りをしつつ舞台の様子に耳をそばだてる。


「なんて美しい……この方を私に譲って頂けませんか」


 玉野くんの声が聴こえる。

 どんな顔でこんな台詞を言ってるんだろう。目を開けたい。開けてみたい。

 

 それにしても死体が欲しいって変な王子だな。なんで子どもの頃おかしいって思わなかったんだろう。


「ああ……こんな美しいのに死んでいるなんて」


 意外に玉野くん演技派だねぇ。意外な特技だなぁ……と感心していると、突然体育館中から「キース!」「キース!」と手拍子つきのキスコール。

 そういえば、このあとキスシーンがあるんだった!!

 脇の下から異常に汗が出ている気がする。


 いつ来るの!? もう来るの!!?

 本当にするのぉ~!!??


 覚悟を決めていたのに関わらず、玉野王子のキスは訪れなかった。


 っちぇ! やっぱりフリだけなんだ……。


 え? ちょっと待って私!!

 期待してたの? 違う、違う!! 期待なんて、期待なんてぇぇぇ!!


 うっすら目を開けると、間近に玉野くんのどアップが!!!!

 長いまつげが!!


「んにゃぁぁぁーーーー!!!!!」


 奇声を発して飛び起きると、私の上に覆い被さるように屈み込んでいた玉野くんの額と私の額がぶつかった!


「痛ってーーーーーーーーーー!!」

「痛ったぁ~~~~~~~~~~い!!」


 キスコールで盛り上がっていた観客は、一転笑いの渦に巻き込まれた。


「王子様のキスで白雪姫は息を吹き返し、二人は結婚式を挙げて幸せに暮らしましたとさ」


 強引なナレーションが入り、舞台中央で額を擦りあったまま、緞帳は閉じられたのだった。



 その後、玉野くんに頭突きしてしまったことを謝りたかったのに、彼は常に男子に囲まれていて、ついにそのチャンスは訪れなかった。


◆ ◆ ◆


 文化祭二日目。


 朝から大忙しで、料理倶楽部の屋台の準備をする。

 家庭科調理室から大量キャベツを搬入するのを任された私は、中庭に設置されたテントと、南校舎1階の家庭科調理室を何度も往復する。その度にすれ違う生徒に「あ、白雪姫の子……」と囁かれるのだ。こんな時にどう反応していいのか分からなくて、キャベツの袋を抱えて逃げるようにしてその場を離れた。


「やっぱり前半調理はシェフの方がいいんじゃないですか?」

「俺は構いませんけど……」

「ダメよ! タマちゃんは後半戦を頑張って貰わなくちゃ! 先ずは昨日の話題のカップルというわけで客引きヨロシク!!」


 テントに戻ると南部長と玉野くん、そして前半調理担当の男子が何やら相談していた。


「どうしたんですか?」

「あ!! 美晴ちゃ~ん!! 昨日の白雪姫可愛かったわよ~♪」


 南部長に拉致され、空き教室で客引き用の衣装とやらに着替えさせられた……。


「ナンデスカコレハ……」


 メイドさんのような長袖の黒いワンピース。ひざ丈のスカートはふんわり広がっていて、アンダースカートの白いレースが見えている。

 胸元には赤い大きなリボン。

 黒のニーハイにショートブーツ。

 フリルたっぷりの白が眩しいエプロンはウエストを強調するようにきゅっと締まっている……。


 え? この高校はコスプレ好きが集まってるんですか?


 白いヘッドドレスをツインテールに結ばれた頭に取り付けられた。


「うん、美晴ちゃん可愛い~♪」

「先輩……これ何処で……」

「ん? ネットで買ったのよ? 可愛くない?」

「いえ、可愛いですけど」


 正直恥ずかしい。


「そうそれ! その恥ずかしそうな表情がいいのよ!! や~ん、食べちゃいたいっ」


 はわわわっ!!

 南先輩にぎゅっと抱きつかれて、硬直する。

 危うく妖しい世界に引き摺りこまれるところでした。危ない危ない。

 

 その後、料理倶楽部のテントに戻ると皆に唖然とした表情で迎えられた。

 ま、当然だよね。恥ずかしくて消えてしまいたい……。


「タマちゃん、しっかり客寄せしてくるのよ! 美晴ちゃんをよろしくね~」


 南先輩にテントから押し出され、玉野くんをおずおずと見上げたけど……。

 不機嫌そうな表情のまま、目も合わせて貰えず……【料理倶楽部 お好み焼 2-A】と書いた呼び込みプラカードを掲げつつ、校内を無言で巡回した。


 気まずい、非常に気まずい。

 先ずは昨日の頭突きを謝らなきゃね……。


「玉野くん、昨日はごめんね……」

「……昨日、なんだっけ? なんか謝る様なことあった?」

「頭突き……白雪姫のラスト」

「ああ、あれは気にすんな。それより……」


 それより?

 

 すれ違う生徒たちが、「昨日の頭突き姫と王子じゃん」と囁いている声が聞こえた。

笑われている気がして、皆の視線を感じて恥ずかしい。

 

 気がつけば裏庭に来ていた。

 ここは屋台も出ていないし、人気が少なくて客引きするには向かないのに。


 くるりと向かい合わせになった玉野くんが持っていたプラカードを校舎の壁に立てかけた。

 無意識に距離を開けようと後退ると、とん、と背中が校舎の外壁にぶつかった。

 

 おもむろに玉野くんが手をクロスにして、着ていたセーターの裾を掴み、脱ぎはじめた……!!


 %#□●×~~!!


 ひゃあ~!!

 告白もキスもまだなのに、まだなのにぃ~!!

 なに? なにをする気~!!?




 いきなり目の前で脱ぎ始めたと思って真っ赤になり、顔を手で覆い隠す。

 指の間からは、乱暴にセーターを脱ぐ玉野くんがしっかり見えていたけど。


 玉野くんはそのセーターを、ズボっと私に被せて着せた。


「こんなモン大人しく着せられてるなよ」


 ようやく目線が合った彼は不機嫌な顔。でも少し頬が赤い……?


 もそもそっとセーターに袖を通す。

 

 ……玉野くんの匂いがする。

 なんだか無性に甘酸っぱい気持ちが湧いてきて、小鳥が胸を突いているみたいにムズ痒い。


「……美晴、行くぞ」

「え? う、うん」


 今、『美晴』って呼んだ?


 どうしよう。さっきからドキドキが止まらない。心臓の音が……聞こえちゃう。


 プラカードを手にした玉野くんは、強引に私の手を取って文化祭で賑わっている校舎の表へと出て行った――。



◆ ◆ ◆


 学校中をプラカードを持ってひとまわり。まるで一緒に文化祭を回っているみたいだと気付いたら、もうダメだった。

 まるでデートみたい。

 繋がれたままの手が汗ばんで、熱くて……息が苦しい。



「料理倶楽部のお好み焼き~!! 2-Aブースでじゃんじゃん焼いてます!! 食べに来てね~!!」

「美味しいですよ~」


 大きい声で宣伝する玉野くんの声に合わせて、精一杯声を張り上げる。


「……アップルシナモンのクレープうまそう」

「タマちゃん、食べて行きなよ!!」

「おう。後で行く。お好み焼きも食いに来いよ!!」


 色んな生徒から玉野くんに声がかかる。その相手の視線が無言で繋がれている手にまず降りていき、その腕を辿って男子もののセーターを羽織っているメイドコスプレの私に辿り着く。そして最後は決まってにんまりと含み笑いをされるのだ。


「タマちゃん、頑張ってね~! お好み焼き食べに行くね~」

「おう、さんきゅ」


 ……クレープ美味しそう。

 ……たこやきも食べたいなぁ。

 

「あっ、あれなんだろ?」


 キャンディみたいな色の飾りがついた可愛いアクセサリー。

 『手芸倶楽部』の出店かぁ~。いいなぁ、可愛いなぁ。


 玉野くんが知りあいに声を掛けられている横で、私はたくさん出ている屋台に目を奪われていた。

 だって、どれも楽しそう、美味しそうなんだもん。


「後で来ればいいだろ」


 玉野くんの声に振り向くと、ちょっと呆れたように笑う彼がいた。



◆ ◆ ◆


 テントに戻ると、料理倶楽部のブースは大変な事になっていた。

 お好み焼きは意外に焼き上がるまでに時間がかかる。ふわっとしたお好み焼きになるように、キャベツは細かく切られているし、生地には長芋がすりこまれており、キャベツのつなぎになる程度にしか入らない。

 ……つまり、すごくひっくり返しにくいのだ。


「シェフ~!!」


 戻ってきた玉野くんの姿を見つけて、午前中の当番だった1年生が泣きついてきた。


「おう、任せとけ」


 シャツの上にエプロンを着け、頭にタオルを巻いた玉野くんが、楽しそうに不敵にも見える笑顔を見せながら、コテを両手に持つと鉄板の前に立った。

 何処からか「よっ! 玉野シェフ」とか、「待ってました!」と囃す声があがる。


 片面が焼けたお好み焼きを返しながら、端へと寄せる。整然と並べられ隙間が出来た鉄板に、新しくお好み焼きの生地が落とされた。

 美しく同じ大きさの丸いお好み焼きが鉄板の上でジュウジュウと良い音をたてながら次々と焼き上げられていった。

 私も負けじとエプロンをつけ、焼き上がり、パックに入れられたお好み焼きにソースを塗り、マヨネーズをかけ、鰹節と青海苔を乗せていく。緑色の投票券が缶のなかに貯まっていく。


 串に刺さった唐揚げを持つ人が、テントの前を通っていく。二人に一人はそれを持っているといっても過言ではない。


「美味しそう」

「美味しそうよねぇ、あれが強敵剣道部の唐揚げチキンなのよ」


 南部長が同じ方向を見ながら言った。


「やっぱり高校生は唐揚げ好きよね」


 うんうん、とひとり頷いている。


「それならうちも唐揚げにすれば良かったのでは?」

「それがねぇ、同じ屋台は許可が出ないのよ。毎年剣道部が唐揚げなものだから、皆、遠慮しちゃって」

「なんで遠慮するんですか?」

「剣道部がグランプリを獲り始めたのは一昨年からなんだけどね。部長はうちの学校の理事長の孫で、副部長は地元商店会会長の孫で、鶏肉も扱うお肉屋さんを実家に持つお母さんと、老舗鶏肉料理【鳥善】の跡取り息子のお父さんがいるの……言ったら納得してくれる?」


 あ……はい。なんとなく凄そうなことは。


「もっともそれまでは唐揚げチキンをどこのクラブも競ってやりたがってたんだけどね。まあ、みんな素人なものだから、いくら人気のメニューとは言っても、そこそこの成績しか取れなかったわけ。それが今の部長、副部長が剣道部に入ってからは、味も数段上がってね。文句なしのグランプリ。そしたら皆、次の年もそれを食べたいと思うじゃない? そういう訳で、皆唐揚げだけは剣道部の専売特許でも仕方ないかと思ってるわけ」


 なるほど。


「もちろん私たち料理倶楽部は、伝統ある料理倶楽部の名に懸けて、真っ向勝負を挑むわよ」

「威勢のいいことですね。南のりこ料理倶楽部部長」


 張りのある男子の声に顔を向けると、そこには唐揚げ串の入ったオレンジのシマシマカップを両手に持った三年生のお兄さま達が。


「あら。剣道部副部長の金剛寺剣介くん、いらっしゃい。何の用?」

「つれないな。料理倶楽部のみなさんに唐揚げの差し入れですよ」

「ありがとう。食べたいと思っていたの」


 南部長がにっこり笑って答えると、『剣道』と白い行書で書かれた紺色のTシャツを着た三人の内の先頭のお兄さまの頬が心なしか赤く染まった……?


 おや?


「はい、美晴ちゃんも。ありがとう、金剛寺くんご馳走さま」


 南部長は私に唐揚げ串を一本握らせると、金剛寺先輩というらしい先頭のお兄さまに緑色の投票券を自分の制服のポケットから三枚渡した。


 金剛寺先輩は苦い顔になって、緑色の投票券をじっと睨む。


「南のりこ料理倶楽部部長、俺はこんなものを貰いたい訳じゃない。こんな数枚の投票券なんか貰わなくても、俺達剣道部のグランプリは決まったようなものだからな」

「いいの。私が唐揚げ串を食べたいと思ったから渡しているの。でなきゃ、フェアじゃないわ。『美味しいものを食べたいがためにお金を払う』それのどこがおかしいの?」


 「ね?」と笑いかけながら、大きな男子の手に緑色の投票券を握らせ、きゅっと南部長の白くて小さい手が金剛寺先輩の手を両手で包み込んだ。

 ぽーーーっと、SLみたいに蒸気を出すんじゃないかって思うほど真っ赤になった金剛寺先輩は、コホンとひとつ咳をして気を取り直すと、ふんっと鼻で笑った。


「ふん、どうしてもと言うならこれは貰っておいてやる。後で泣きべそ掻くなよ」

「部長の東大寺くんにもよろしく言っといてね」


 南部長は去っていく金剛寺先輩たちににこやかに手を振り見送った。


 ぱくり。


 串にかじりつくと、じゅわっと溢れる肉汁。

 揚げたてを持って来てくれたのであろう唐揚げは、鶏肉にしっかり下味が付いていて、外はカリッと、中はジューシー。

 未だかつて屋台の唐揚げでこれほどのものは食べたことがない。


「美晴、一口よこせ」

「え?」

「早く」


 しばらく存在を忘れていた玉野くんが、顔だけこっちに向けて口を開けている。


「早く!」

「は、はいっ」


 恐る恐るライオンに餌をやる気分で串を玉野くんの口元に近づける。


 はぐっと唐揚げにかじりついて串から引き抜くの玉野くんの行動にドキドキが、止まらない。


「ほらほら、見せ付けてないで。お客さん、お客さん」


 南部長の声でハッと我に返った。

 どうやら串を握ったまま、しばし固まっていたらしい。南部長も他の部員からも生暖い視線が送られている。


「すみません~」


 後半の来客が多くて、結局屋台は見て回れなかった。

 その後も南部長へ貢ぎ物に訪れる男子生徒は後を絶たず、そのみんなに南部長は変わらない慈愛を持った笑顔でお礼を言っていた。



 玉野くんは鮮やかにコテを操り、鉄板にきっちり等間隔に並べたお好み焼きを次々とひっくり返す。豚肉は脂を滲み出しながらじゅうじゅうと焼け、大量のキャベツを包んだ長いも入りの生地は表面はかりっと、中はふんわりとしている。

 難しいその生地をまるでお好み焼きが自分でひっくり返ってるんじゃないかって思うような凄技で返していた。

 玉野くんの調理の腕を知っている生徒は多く、玉野くんの店当番を狙って来ているとしか思えない盛況ぶりで、みんな休憩をとる暇さえない。


 忙しいけど楽しい。

 みんなで一つのことに力を注ぐのってすっごく楽しい!!

 みんなが美味しいって言ってくれるのが嬉しい。

 頭にタオルを巻いて、祭りの屋台のお兄さんみたいに真剣な顔をしながらお好み焼きをひっくり返し、お客さんとして来てくれた人達と冗談を言い、笑う玉野くんが一番楽しそうで、とても似合っていて、王子様の恰好をしている彼よりカッコイイと思ってしまった。


 たとえ、笑い合う相手が見たことのない三年生のお姉さまでも……気にしない、気にしない!!

 誰だろ……。

 

 そういえば、玉野くんのお兄さんはお好み焼きを食べにうちのテントに来なかったな。玉野くんの応援に来るのかと思ってたのに。


 やがて夕方となり、外部から来たお客さんが学校を去り、生徒と先生だけになった頃、チケットの集計が始まった。

 生徒会役員が詰めているテントに集まって、部長達が集計をするのを固唾を呑んで見守る。

 生徒会役員の中に玉野くんのお兄さんの姿があった。


 

「では、発表します。三位は吹奏楽部、496票。二位は剣道部、508票、一位は……」


 ゴクリ。

 生徒会会長はギャラリーにぐるりと視線を巡らし、もったいぶるように口を開いた。

 

「料理倶楽部、509票」

「「「やったーーーー!!!!」」」


 大歓声が湧きあがり、夢中で隣にいた人と抱き合って喜びを分かち合った。


 


 その隣の人はお好み焼きと、私を包んでいるセーターと同じ匂いがした……。


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