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おいしい料理のつくりかた  作者: 紅葉
【番外・新田寿編】
79/82

ねこまんま食堂のまかないメニュー おかわり8杯め

 寿は会場内を歩き回り、副部長を探した。

 仮装をしているせいか、普段同じ制服を着ている集団から個人を探すよりもさらに難しい。


 ようやく副部長を見つけた。副部長の小池は緑色のシフォンのマントに金髪のかつらを被っていた。青いタイトな裾のドレスは、体育館の光を反射してキラキラ光っている。


 寿は家庭科調理室の冷蔵庫にプリンが入っていることを小池に告げた。


 副部長は驚いた顔を見せたが、じゃんけんには早々に負けていたせいか、嬉しそうな顔を見せた。


「リンクの片付けと次のセッティングに時間がかかるから、ダンスパーティーまでに待ち時間が一時間くらいあるみたいだよ。その間に部員を召集してみんなで食べて」


「分かりました。あの、シェフ、よく似合ってます」


 副部長は頬を染めて言う。

 彼女のドレスが何の仮装かなのか寿にはよく分からなかったが、タイトなドレスは身体の線を強調していて目のやり場に困ってしまう。


「ありがとう。小池さんもそのドレス、とってもよく似合ってるね」


 副部長はますます真っ赤になって、俯いてしまった。

 そして意を決したように顔を上げる。


「あの、シェフ、この後のお相手、もう決まってるんですか?」


 寿の脳裏に柚子の姿が浮かぶ。


「あー、うん。ごめん、約束しちゃった」


 花が萎れるように小池は俯いてしまう。寿はうまく言葉を選べなかったことに気付いてオロオロした。

 俯いたまま、小池はぷっ、と吹き出た。

 顔を上げたときには、笑い顔になっていたことに寿はほっとした。


「もー、冗談ですよ? 幸せなお相手にはちょっと嫉妬しちゃいますけど、料理倶楽部での【女房役】は誰にも譲りませんよ?」


「うん、小池さんは最高の【女房役】だよ」


 ひらひらと白い手袋をはめた手を振り、寿が離れていく。


 小池は肩を上下してため息をついた。


「もう、うちの部長は天然ジゴロで困っちゃう」


 小池の呟きは、ダンスパーティーへの期待に盛り上がる喧騒に掻き消えた。



ーーーー

ーーー


 寿は再び自転車に跨がっていた。


 副部長の次に菫色の財布をいつも持っていた柚子の友人、里紗を探し、柚子の住所を聞き出した。


 里紗は関本と同じような好奇の目を向けたが、ダンスの相手がいないという里紗に、関本があぶれていることを伝えると、簡単に寿にそれを教えてくれた。


 

 自転車で五分ほどの住宅地の中の一戸建ての家が柚子の家だった。表札に神ノ木とあるのを確認して、息を調え、インターフォンを押した。

 インターフォンに付いているカメラで柚子に見られているかもしれないと思うと、少し緊張する。


 やや間があって、インターフォンから「はい」と返事があった。


『……新田くん?』


 やはりカメラでこちらが見えているらしい。名乗る前に戸惑った柚子の声が聞こえた。


「迎えにきたよ」


『え……』


「ダンス、誘ってくれたでしょ」


『でも、私、そんな気分になれない』


 そうだろうな、と寿も思う。

 自分はとても強引で、人の都合を考えてなくて、空気も読めていない行動をしている自覚はあった。


「酷いな。柚子ちゃんがエスケープしたら、俺、一人になっちゃうんだけど」


 拗ねたように言うと、向こうで戸惑っている雰囲気がした。


「みんなカップルになってるのに、俺だけ一人だよ。さみしいよ」


『でも、もう着替えちゃったし』


「いいじゃない。もう仮装じゃんけんは終わったんだから、ワンピースとかでも大丈夫だよ」


『あ……』


 今、プリンのことを思い出したように、柚子が息を詰めた。


「出て来て一緒にダンパ行ってくれたら、俺のプレミアムプリン交換券あげるけど?」


『……』


 考えてる、考えてる、と、寿は柚子の様子を想像して、胸がくすぐったく感じた。


『……お姉ちゃん、あんななのに、私、行ってもいいのかな』


「連絡あった?」


『うん、お母さんから。……お姉ちゃんも赤ちゃんも大丈夫だって』


「お母さん、君のことはなんて?」


『別に。学校に戻っても家にいてもどっちでもいいって言ってくれたけど』


「それならいいじゃない。行こうよ。里紗ちゃんも心配してたよ」


 友人の名前を勝手に出すのは卑怯かな、と思いつつ寿は誘い文句を繰り返す。

 自分でもどうしてこんなに必死なのか、よく分からなかった。


 インターフォンから声が聞こえないな、と不安に思っていると、玄関の扉がゆっくり開いた。


 ワンピース姿の柚子が隙間から覗いている。

 寿を見て、ポツリと呟いた。


「まだその格好なんだ」


 門扉のない戸建てなので、寿はそのまま玄関に近付いた。


「お迎えに参りましたよ」


 左手を胸に当て、少し腰を屈めながら、右手を誘うように差し出した。


 柚子が真っ赤に染まる。


「早く、めちゃくちゃ恥ずかしいから」


 寿がそう白状すると、柚子は笑って、寿の右手に手を重ねた。

 寿はしっかりその手を握る。


「行こうか、舞踏会へ」




ーーーー

ーーー



 週末が明けた月曜日。


 柚子は二つのプレミアムプリンを前に上機嫌だった。


 あの後、王子様コスプレの寿に手を引かれ、学校に戻ると、ダンスパーティーはもう終わりかけていた。

 ぎくしゃくとしながら端の方で手を繋ぎ、見よう見まねでダンスのポジションに組んだ二人は、勘を掴むころには曲が終わっていた。


 そして、仮装特別賞の発表が行われた。


 生徒会長の口から発表された受賞者は、ジャック・スパロウの仮装をした柚子の名前だった。




ーーーー

ーーー



「で、コイツ、結局二つとも独り占めか」


 呆れた声を出すのは関本。


 食堂のテーブルには寿と関本、里紗と幸せそうにプリンを頬張る柚子。



「柚子らしいというか、なんというか」


 里紗も苦笑している。彼女の飲んでいるイチゴ牛乳の隣にはお馴染みの菫色の財布。


「おい、それ、寿のプリンだぞ」


 関本が渋面を作って柚子に抗議した。


「だって、新田くんがくれるって言ったんだもん」


 プリン容器を抱えながら、ちらりと横に座る寿を盗み見た。

 寿と目が合う。


「えっと、一口だけなら、あげてもいいよ」


 そう言いながら、さっきまで使っていたスプーンでひとさじプリンを掬うと、震える手で寿の方へ差し出した。


 プリンが零れ落ちそうに震えている。


 里紗が「この恋愛初心者天然小悪魔娘」と悪態をつく。


 寿は柚子の震える手首を掴み、スプーンへと口を寄せた。





fin. 

16時に美晴視点の後日談、「おかわり、その後」を更新します。

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