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おいしい料理のつくりかた  作者: 紅葉
【番外・新田寿編】
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ねこまんま食堂のまかないメニュー おかわり5杯め

 創立記念プリンはよほど運が良くない限り、たぶん口に入らない。


 そう考えた寿は、創立祭前日の部活が終わったあと、一人家庭科調理室に残って作業をしていた。

 

 寿の衣装を用意してくれた女の子たちへの感謝も込めつつ、どうせなら残念会と称して料理倶楽部のみんなでプリンを食べようと思いついた。


「関本の家のプリンほどじゃないけど、みんなで食べると美味いもんな」


 プリン液を漉しながら、寿は楽しそうに笑みを浮かべていた。


 関本が創立記念プリンに興味がないのは、関本の家の洋菓子店、パティスリーブランがそれを学校に納めるからだ。

 五年に一度しか作られない秘蔵のレシピで、普段店で売っているプリンよりも材料も味もプレミアムなものらしい。

 レシピの権利を高校の理事長が買っていて勝手に店頭用に使えないのだとか、理事長と関本の親父さんが親友なんだとか、色々噂されているが、五年に一度、たまたまその年に居合わせた在校生しか食べられないというのは本当だ。

 関本は何も言わないが、おそらく関本はその試作品を食べているのだろう。

 


 女の子たちに衣装は明日になるまで内緒だと言われた。含みのある笑顔を返されてしまったので、内心ちょっと心配ではあるものの、もう覚悟を決めるしかないと腹をくくった。


 お湯を張った天板にプリン液を流し込んだカップを並べ、オーブンに入れた。


 小鍋やボウル、泡だて器などを手早く片付け、寿は湯を沸かし、紅茶を入れてひと息いれることにした。


 歴代の部長がつけているノートをパラパラとめくり、「今年の文化祭は何しようか」と考える。


 その時、キュウっとゴムが滑るわずかな音がして、寿はハッと調理実習室のスライドドアを見た。ドアはわずかに開いていて、そこに人が挟まっている。


「あー、そんなところに挟まって、どうしたの? えっと……」


 天敵の名前は憶えている。けれど、親しげに名前を呼んでいいものか寿は少し迷った。


「……ゆず、こ、さん?」


 迷いが少し混じった疑問形で問う。

 名前を呼ばれた柚子はピクッと肩を震わせた。

 柚子はラクロス部のユニフォーム姿のままだった。

 赤い半袖ポロシャツに白いミニスカート。

 黒髪はきゅっと耳の上でお団子に結ばれている。

 寿がドアに近づくと、彼女からは少しだけ汗の匂いと洗剤の花の香りがした。



 柚子はまるでそこに立つ力をもらうように、ギュッとあの白い封筒を後ろ手で握っていた。

 男子にまっすぐな好意を向けられたことがなかった柚子は、すっかりのぼせ上がっていた。

 寿は柚子が自分に用があって来たのだろうと、柚子の言葉を待っている。そう思うと、柚子の心臓はバクバクと音を立てていた。


 実際、寿は柚子がなぜラクロス部のコートから遠い南校舎まで来たのか分からず、じっと柚子が行動を起こすのを待っていた。

 少なくとも柚子は今、クロスを持っていない。クロスで殴られる危険性だけはないとみえて、寿はじっと柚子の様子を窺っていた。


「あ、あのさ」


「うん」


「踊ってあげてもいいよ」


「へ?」


「女の子に何度も言わせない!」


「え、はい。ごめんなさい」


 急に真っ赤になってキレ始めた柚子に、思わず寿は謝る。


「え、でも、なに?」


 おっとりと聞き返す寿を前に、柚子は真っ赤になって怒鳴るようにまくしたてた。


「手紙、くれたじゃん。嬉しかったし、なんで私なのか、分かんないけど、付き合ってあげてもいいかなって思って! 別に私はあんたなんか好きじゃないけどっ、どうしてもっていうなら考えてあげなくもないっていうか。ダンスくらいは付き合ってあげようかなって思ってるわけ!」


「はぁ……」


 期待していた反応とまるで違う寿の様子に、柚子は目が潤み始めた。



「分かった!?」


 柚子が叫んだと同時に、ぐうぅと大きなお腹の鳴る音がした。


 柚子はますます真っ赤になり、寿はどう反応してよいか分からず黙り込んだ。


 ここまで来るとさすがに寿にも、あの手紙がどういうわけか柚子に渡ったのだということを理解した。

 めまいがするようなショックとともに、嫌われているとばかり思っていた柚子が勇気を振り絞ってダンスのお誘いらしいことをしにここに来たらしいことに気付いた。

 誤解とはいえ、柚子に恥をかかせてはいけないと考える。

 

 

 ピーとオーブンが仕事を終えた音が無人の調理室に響いた。


「あ、プリン食べていく?」


「……」


 柚子は無言で寿を睨んでいる。

 寿は背中に汗を掻きつつ、平静を装う。


「あ、返事、あー、はい。明日のダンスだよね。うん、お願いします……?」


 関本と踊ることに比べたら性別オンナなだけましだと失礼なことを考えるくらい、寿もかなり混乱をきたしていた。


「……」


「……ええと、ダメ?」


 柚子はグッと下唇を噛んだかと思うと、きびすを返して走り去った。




「わー……さすが、俊足」


 寿の小さな呟きを聞いていたのは、オーブンから出してもらうのを待っている小さなプリンたちだけだった。


 


 

 



 

 

※クロス……ラクロスで使う球を運ぶ網のついた棒。

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