ねこまんま食堂のまかないメニュー その20
そしてしばらく時が経った。
咲くんは京都での修行を終え、その脚で私を迎えに来てくれた。ピンクダイヤモンドの石が可愛い婚約指輪を携えて。
そして日を合わせて私の両親に結婚の挨拶をしてくれた。「娘さんをボクにください」というアレ。
そして両親揃っての食事会が開かれることになった。咲くんのお兄さんは帰ってこないのかなと気にしていたある日。
そう、私もカフェでの仕事を辞めて、咲くんと一緒にねこまんま食堂で働き始めていたある日のこと。
ねこまんま食堂の紺の暖簾が揺れて来客を知った。
ガラス扉がガラガラと引かれて「いらっしゃいませ」と声をかけたところで余りの驚きに硬直した。
そこには男振りの上がった遼さん、つまり咲くんの兄さんとのりこ先輩の姿があったから。しかも、しかも!! のりこ先輩のお腹!! ぽっこりと服が持ち上がって……、え? 何カ月……っていうか、え? 妊娠ですよね??
のりこ先輩は高校を卒業後、短期大学に進学した後、旅行会社に就職したらしいというところまでは、商店街の情報網で聞いていた。だけど、東京で一人暮らししているって聞いていたし、あんまり帰省してないみたいだったから会うのは本当に久しぶりなのです。
「父さん、僕たち結婚するから」
ええ、もう。私と咲ちゃんも、おじさんもおばさんも、常連のおっちゃん、おばちゃんたちも度肝を抜かれて「えええ~~~!!!」の大合唱でした。
「ええ~!? ちょ、ちょっと待って!! のりこ先輩、いつ……??」
動揺は隠せませんし、お腹の膨らみも気になる。
「うん、遼ちゃん追っかけてパリまで行っちゃった」
てへっと笑うのりこ先輩。その悪びれない笑顔といい、のりこ先輩が大胆な行動派だということは知っていましたが、これはちょっと、いやかなり驚きです……。
「安定期に入るまで飛行機乗れなかったから、お祝い遅くなってごめんね。美晴ちゃん婚約おめでとう」
「え、あ、ありがとうございます」
というか、のりこ先輩も「おめでとうございます」だよね??
話に聞けば、両親への挨拶もこれかららしい。商店街の話題はこの二人に持って行かれちゃったなぁと苦笑する。
夕方、南豆腐店はいつもより早々にお店を閉めたらしい。おじさんの怒号が聞こえたとか救急車が停まったとか話題には事欠かなかった。
そういう訳で、吉日を選んで執り行われた三葉稲荷神社での結婚式は、前代未聞!!
兄弟いっぺんに2組の挙式が執り行われた。お兄さんが本当のお義兄さんに、のりこ先輩がお義姉さんになったのだ。商店街のみんながお祝いしてくれて、ねこまんま食堂は貸し切り満員御礼で酒宴が開かれた。
故郷を離れた高校の同級生たちも顔を見せてくれたりして……本当にいい結婚式と披露宴でした。
ちなみに私達の新居は、商店街に近い場所にアパートを借りることになった。お店の二階にはお義父さんとお義母さんが二人暮しになってしまったけど……まあ、なにかと手狭なので……つまり、新婚だしということで気をつかってくれたんだろうと思うの。あー、恥ずかしいっ!
毎朝二人でねこまんま食堂に出勤して、一緒に働いて二人で新居に帰る幸せ。本当に幸せなんです。
そして、お兄さんとのりこ義姉さんは、商店街に空きのあった店舗でパティスリーを開いた。
南豆腐店の美味しい豆腐を使ったプリンやケーキが人気で、この間は雑誌の取材があったとか。【パティスリーブラン】もあるから、特長のある商品を、ってことで夫婦で考えたらしい。
彩子ちゃんと健大くんは、これまた結婚して西脇理髪店を継いだ後、改装して美容室を開いた。やっぱりというかなんというか、健大くんはすっかり彩子ちゃんの尻に敷かれているみたいで仲良し夫婦さんなのだ。
私達も……負けてないけどね。
そして、涼夏ちゃんはタレントさんになった。大学進学を期に上京してスカウトされたんだそう。
今度、町歩き企画の番組でこの商店街に来るみたい。なんだかドキドキします。サイン忘れずに貰わなきゃね。
秋生くんは、地元のウグイス信用金庫に勤めている。ワンコインランチを食べに時々来てくれる。咲ちゃんの考えたワンコインランチは、ボリュームがありつつ、メタボ対策に野菜も摂れてカロリーを抑えてあり、サラリーマンやOLさんに人気なのです。OLさん向けには、ご飯を減らしてデザート付きのレディースプレートが人気なんですよ。これは私もちょこっとアイデアを出したりしたんです。
で、秋生くんは最近、同じ信金の制服を着た女性とよくランチに来るんだよね。これはもしかするとそういうことなのかな……なんて憶測したりしています。
晃大くんはなんと、駅前のお巡りさんになっています。あれからニョキニョキ身長が伸びて179センチになったらしいんだけど、結局涼夏ちゃんは晃大くんも秋生くんも選ばなかった。
晃大くんはいつもランチタイムを随分過ぎた時間にお昼ご飯を食べに来てくれる。町の平和の為に頑張ってくれてありがとうの気持ちをこめて、ランチタイムは過ぎているけどワンコインランチをお出しするのです。そんなとき、涼夏ちゃんの町歩き企画の話が出て……晃大くんは、ふと高校生の頃の顔に戻った。「もっと早く告白していたら、って今なら思うんですけどね。やっぱりいつまでも涼ちゃんは僕にとって高嶺の花なんだな」なんて溢すものだから、そのまま何も言えなくなっちゃった。
身長に対してコンプレックスを抱く気持ちは分かるつもりだけど、やっぱり男の子は女の子より色々あるんだろうね。
◇◇◇
開店準備に暖簾を掛けに出る。
5月の連休は本当に晴れが多い。
「ああ、今日も良い天気」
「美晴どうした? 暖簾を出しに行ってなかなか戻って来ないから」
背中でガラリとガラスの扉が開いて咲ちゃんが心配そうに美晴をみつめた。いきなり外に出たものだから少し眩しそうに目を細めている。
「うふふ。心配しすぎよ、咲ちゃん……私、幸せだなって思って」
「美晴……」
「ほら、咲ちゃん、仕込みしなきゃ♪」
「そうだな。でも頑張り過ぎるなよ。美晴のお腹の中には……」
「大丈夫だってば。それより、お義父さんにはまだ内緒よ」
咲ちゃんの背中を押して店内に入る。
「どうして」
「だって……安定期に入ってから報告したいもの」
幸いつわりは軽いみたいで仕事を続けられている。
新しい家族が増える幸せ。
家族でおいしい食卓を囲む幸せ。
そしてお客さんたちの「美味しい」の顔が見られる幸せ。
贅沢だって言われるかもしれないけど……どれもいつまでも大事にしたいな。
長い間、お付き合いくださいましてありがとうございました!




