ねこまんま食堂のまかないメニュー その19
私は高校を卒業した後、カフェの専門学校へ志望通り入学した。調理と経営を学ぶ傍ら春子さんのお店で働かせてもらい、そして卒業したあとも正社員としてカフェの店員をしているのです。
調理師専門学校を卒業して修行に出ている咲くんがこの街に帰ってくるまで。
二十歳の成人式で久しぶりに会った咲くんは、すっかり大人っぽくなっていてドキドキした。
振袖にふわふわの襟巻をつけて市の成人式に出席した私。
飲酒や喫煙(吸わないけどね)は法的に認められるけれど、責任もまた一人前の大人として扱われる。納税とか選挙権とかね。
大人になった自分がなんだか誇らしくて、大人として扱ってもらえるのが嬉しくて市長さんや市会議員さんのお祝いの言葉にも真剣に耳を傾けた。
カフェの専門学校に行きたいと親と先生に言ったら、主に先生には反対された。「渡瀬なら国立狙えるだろ」って。でも、国立大学に何をしに行けばいいの?
学校に箔を付けるために私達は受験するんじゃない。自分の成りたいものになるために進学するんだから。
「じゃあ、何がやりたいんだ」と聞かれた。
だから私は「将来カフェを経営したい」と答えた。
この学校には自営業の子息息女が多数机を並べている。その中には親の店を手伝い、将来は後を継ぐために専門学校へ進学する生徒が多い。確固たる夢があるならと先生は納得してくれた。
「美晴!」
「咲ちゃん!」
調理師専門学校を卒業したあと、お父さんの伝手で京都に修行に出された咲くんが、黒い細身のスーツを着てそこにいた。サラサラだった髪は短く刈り込まれている。
「綺麗だな」
「えっ……あ、ありがと」
行きはタクシーで来たのだけれど、送ってくれるというので咲くんの運転する車に乗せてもらった。
商店街からちょっと離れた駐車場に車は停まった。
店に寄って行ってと咲くんに誘われ、それなら着物姿でおじさんたちに挨拶していこうと咲くんについてきたからだ。
ねこまんま食堂の暖簾の下で咲くんが止まる。
「美晴、必ず迎えに行くから待っててくれるか?」
そう言ってスーツのポケットから小さなジュエリーボックスを取り出した。
ピンク色のスワロフスキーが一粒キラキラ光る指輪が入っていて、化粧が崩れるから泣きたくなんかなかったのにフワフワの襟巻の毛に水滴がいくつも落ちた。
言葉がとっさに出なくて、口紅を引いた唇を引き結んだ不細工な顔で、何度も何度も頷いた。
「良かった……」
ジュエリーボックスから指輪を取り出した咲くんは、私の左手の薬指にそれを嵌めて……その上から指にキスを落とした。
ひぎゃあああああ!!
恥ずかしくって、きっと顔は真っ赤に違いない。
咲くんも照れて真っ赤な顔をしている。
なにもこんな往来で、ぷ、プロポーズなんて!! って思ったけど、ここはねこまんま食堂の暖簾の下。
将来咲くんが継ぐお店の暖簾の下での、誓いの言葉だったんだと思い至れば嬉しくて涙腺が決壊した。
そして話を事前に聞いていたおじさんとおばさんに、そういう意味での挨拶をすることになり……。それならカフェを辞めてねこまんま食堂で働いた方がいいのじゃないかと思って言ってみたんだけど、咲くんもおじさんも「慌てなくていい」と言ってくれた。むしろ咲くんはねこまんま食堂で働くのでさえ自分を待ってて欲しいみたいだったので、お言葉に甘えてカフェでの仕事を継続した。
胸許でキラキラ揺れるスワロフスキーを見ては幸せな気持ちになる。
あの日の約束の日はもうすぐ。
咲くん、給料三ヶ月分貯めてもまだダイヤモンドは買えませんでした。
ピンクのスワロフスキーの指輪は、婚約のまだ予約みたいな感じで誓いだけたててます。
数年後、きちんと婚約指輪を携えて迎えに行くから……と。




