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おいしい料理のつくりかた  作者: 紅葉
おいしい料理のつくりかた本編
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ねこまんま食堂のまかないメニュー その18

 ゴールデンウィークも真っ只中の五月五日のこどもの日。私と咲くんは、商店街のバレンタインイベントの優勝賞品である遊園地優待券を使って遊びに来ていた。


 11時と少しお昼ご飯には早い時間だけど、お昼のパレードも見たいし、お弁当が傷んでしまっても嫌なのでお弁当タイムにすることにした。

 ロッカーに預けておいたお弁当を取りだし、再入場スタンプを手の甲に押してもらってエントランスを出る。

 初夏の花に移りバラ園のような中庭のベンチに腰を下ろした。保冷剤が効いてまだひんやりとしている。良かった。

 スタンプは消えないのかなと心配なので手の甲は触らないように気を付けておしぼりで手を拭く。


「はいどうぞ」


 赤いマスキングテープが貼ってあるのが梅おかか。緑が小松菜と炒りじゃこで、青が焼きたらこです。


「サンキュ」


 咲くんが青のマスキングテープの貼ってあるおにぎりを手にした。お弁当箱の蓋におかずを取り分ける。



「はい、たくさん食べてね」

「サンキュ」


 幸せに浸りながら午前中に乗ったジェットコースターを思い出す。ゴールデンウィークということもあって、ジェットコースターは二時間待ちだった。カンカンカンとコースターが上がっていくあの緊張感、そして直後に襲われる浮遊感……ああ、怖かった。

 目を瞑っていると左右に身体を振られて、髪が逆立つ感触がして……そしてあっという間に終わった。

 落下中の様子が写真に撮られていたけど、俯いて髪が逆立っておでこ丸見えになっている写真なんて要らないよ。


「なんだ、美晴じゃん。元気? これイマカレ?」


 記憶から消去してしまいたいと思っていた声が私を現実に引き戻す。

 

「ヨシ……くん」

「お前また弁当作ってんの? 遊園地に手作り弁当なんてダッセー」


 性格の悪さが言葉にも表情にも表れているヨシくん。今改めて見ると、どうしてこんな人好きだったんだろう。ぎゅうっと力を込めて手を握って……ああ、もう余所に行ってくれないかな。せっかくのデートだったのに。今になってまでどうしてこんな事言われなきゃなんないんだろう。


「コイツの料理食ったら腹壊すよ彼氏さん。めちゃくちゃ料理下手だからさ! ほーんと、ムネだけが取り柄だよなお前って。転校するって知ってりゃ、とっととヤッとけば良かっ……ヒッ!」


 ヨシくんの短く息を吸ったような悲鳴に顔を上げると、ヨシくんは咲くんに胸倉を掴まれていた。咲くんのいつもの仏頂面がより悪な顔になっている。


「誰だよ、お前」

「こ、こんなところでこんな事して、いいのかよ!!」


 つま先立ちになったヨシくんが吠えるけど、咲くんはにっこりと笑った。


「言葉の暴力も同等だっつーの! 美晴を侮辱したら俺が許さねえ!!」


 咲くんが突き放すように胸倉を掴んだ手を離すと、ヨシくんはドシンと尻もちをついて地面に転がった。

 咲くんはあんぐりと開いたヨシくんの口に、稲荷寿司を突っ込んだ。しかもちょっと寿司飯を入れ過ぎて巨大になったやつをわざわざ選んで。


「美味いだろ、ちゃんと美晴は努力してんだよ。いつまでも昔のままだと思うなよ。美晴は俺の女だ。わかったらさっさと失せろ」


 這って逃げ出したヨシくんのお尻を蹴っ飛ばして、ズベシャとうつ伏せに倒れるヨシくん。

 警備員さんを呼ばれたらどうしようと思ってドキドキしたけど、咲くんは平気顔だ。


「咲くん……」

「大丈夫だ、美晴は俺が……守る」


 最後だけちょっと小声で聞き取りにくかったけど嬉しい。


「あーあ、美晴の稲荷寿司減っちまった。もったいねー」


 自分であげたくせに残念そうに言ってくれる咲くんの言葉が嬉しくて。


「また、何度でも作ってくる。今度は今日よりももっと……あの、見栄えも味も」


 咲くんは無言でにっこり笑ってくれた。




◇◇◇


 超大入りの園内でヨシくんに遭遇することはほぼないと思い、お昼ご飯を食べた後、園内に戻った。急流すべりにゴーカート、お化け屋敷を回って叫びすぎて喉が渇いたよ。

 スナックワゴンでジュースとキャラメルポップコーンを買う列に並んでいたときの事、後ろで聞きたくない声を耳が拾った。さりげなく咲くんが私を隠してくれる。

 咲くんの脇の間からこそっと後ろを窺うと、ヨシくんと他に3人の友達がいた。3人とも見知った顔だ。


「ヨシオ、何ケツ汚してんの~、カッコ悪ぃ~」

「コケたんだよ」


 ふてくされてヨシくんが答える。それを他の3人がゲラゲラと笑った。


「コケたって、だっせ~」

「なぁ、さっき昔のオンナ見たって走っていったじゃん、どうなった?」


 ドキドキとなりゆきを耳をダンボにしていた。


「……人違いだった」

「「「だっせ~!!」」」


 ゲラゲラと笑いながら、こちらには気も付かずに去ってく。ほぉ、と肩の力が抜けた。


 それからは彼らに会う事はなかった。もしかすると見られたりはしていたかもしれないけど、ヨシくんから近づいてくることはなかった。




◇◇◇



「美晴……そんなに土産買ったのかよ」


 両手いっぱいに提げたショッピングバッグのなかにはお菓子とかぬいぐるみとかステーショナリーとかがいっぱい入っている。


「う、うん。彩子ちゃんに涼夏ちゃんに、お父さん、お母さん、春子さんに、咲くんとこのおじさんに……」


 あと、新田さんにもあるけど咲くんの機嫌が悪くなりそうなので内緒だ。だってオーナーだけになんて渡せないし。消えものなら迷惑じゃないと思う。掻き入れ時にお休みもらったんだもん。


 咲くんの手が差し出される。


 ?


「荷物。寄越せよ」


 これはあれですか?

 両手に持ってたら手を繋げないから、1個持ってくれるという意味で間違ってないかな。


「よ、よろしくお願いします」

「ん」


 手渡した荷物を反対側に持ち替えて再び伸ばされる手を躊躇いなく握った。

 夕陽に照らされて頬の赤いのは……気付かれないと思う。


「今日はありがとう」

「こちらこそ。美晴、誕生日おめでとう」

「えへへ」


 その帰りの電車で私は咲くんに寄りかかって寝てしまっていた……らしい。


 



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