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おいしい料理のつくりかた  作者: 紅葉
おいしい料理のつくりかた本編
67/82

メニュー36 おいしい料理のつくりかた

「笑いに来たんですか」


 膝に顔を埋めたまま、濡れた声で佳奈ちゃんが言った。


「そんなこと……」


 ない、のに。


「美味しいって言って貰えて、いい気になってってバカにしに来たんですよね! 玉野先輩と渡瀬先輩が付き合ってることぐらい、本当は知ってました。だけど、だけど……! そんなにすぐには……諦め……られないっ」


 佳奈ちゃんは強いなあ。一途な想いでここまできたんだもんね。

 咄嗟に梅本くんを差し置いて追いかけてきた自分に後悔した。場違いだったのかもしれない。私が来たんじゃ、佳奈ちゃんを余計傷つけてしまう。


「梅本、ごめんな」


 咲くんの声が背後から近づいて、私の横に並ぶ。


 その声に佳奈ちゃんが顔を上げかけて……より強く顔を膝に押し付けた。


「……玉野先輩、渡瀬先輩のこと、好きなんですか」

「うん」

「……お料理、上手じゃなくても?」

「そんなの、関係ないんだよ」

「……」

「料理なんてさ、難しいことじゃないんだ。誰にでも出来るんだよ。自分の料理で笑顔になって欲しいって気持ちがあればおいしい料理がつくれるって、俺はそう思うんだ」


 佳奈ちゃんがそっと顔を膝から上げた。


「梅本の弁当もさ、美味かったよ。俺のためにって、自分のできる範囲で頑張って作ってくれたのが分かった。ちゃんと伝わってたよ」


 優しい咲くんの声が沁みる。


「梅本の気持ち、受け取ってやれなくてごめんな」


 うううっ……と佳奈ちゃんの啜り泣く声が再び聞こえる。

 なんで私、ここにいるんだろう。

 いまさらだけど。

 なんだかここにいるのがとても場違いな気がして、そっと一歩後退しかけた。

 なのに、思わず逃げ出そうとした私の手を咲くんが捕まえた。

 


 暫くして落ち着いてきた佳奈ちゃん。

 きっと目は真っ赤なんだろうなぁ。ハンカチを私が渡すのって、敵に塩を送るみたいで、佳奈ちゃんみたいな性格の子は喜ばないだろうなぁ。いやね、私も相当負けず嫌いだからなんとなく分かるのです。


「……バカップル。見せつけてるんですか」


 顔を上げた佳奈ちゃんが睨んでいる。ああう、手を繋いだままで女の子振るとか、どんだけジゴロなの咲くん。


「どうせ、渡瀬先輩のお弁当の方が、美味しかったって言うんでしょ。……もう、いいです。玉野先輩なんて渡瀬先輩にあげます。私は、私のごはんをおいしいって言ってくれる人を必ず見つけるから」


 真っ赤に腫らした目の佳奈ちゃんが、ごしごしと涙を袖で拭いた。


「だから、玉野先輩も責任とって、ちゃんと私に特訓してくださいよ。私は玉野先輩よりもっとかっこよくて、優しくて、私だけを好きって言ってくれる人を捕まえるんだら」


 咲くんが「任せとけ」と言って、手を繋いでないほうの手で佳奈ちゃんの頭をぽんぽんと撫でた。


 彼女として、咲くんの優しさが誇らしくも、ちょっとだけ佳奈ちゃんに嫉妬した。




◇◇◇


「美晴の弁当も美味かったよ」


 先に皆のところに戻った佳奈ちゃんの後から、二人で戻ると咲くんは私の作ってきたお弁当も綺麗に食べてくれた。


「どうせ、『も』なんでしょ」


 少し頬を膨らませてみせると、咲くんは険しい表情をみせる。やば、怒らせてちゃったかな、と心配していたら、今度は嬉しそうな顔で笑う。


「美晴のが一番だって。俺が教えたまんま、忠実にやってんだな」

「う……だって、それしか知らないし、それに、それに、咲くんのレシピ美味しいんだもん」

「でも」


 でも?

 小首を傾げて次の言葉を待つ。


「美晴の弁当は砂糖醤油味ばっか」


 ふふっと意地悪く咲くんが笑う。


「やっぱり美晴も特訓だな」

「よろしくお願いします」


 咲くんと秘密の特訓とか……赤くなってる場合じゃないよ。ばか、私。

 佳奈ちゃんと一緒に決まってるけれどそれでもいいの。 

 食べてくれる人を笑顔にするご飯を作りたい。「好き」の気持ちも大切だけど「美味しい」って笑ってもらいたいから。好きな人の手作りだからって、どんな味でも美味しいって感じるわけじゃないと思う。

 美味しいものを好きな人と一緒に食べること、それがいちばんのご馳走だと思うから。


 ぺこりと頭を下げると、咲くんが嬉しそうに笑った。





◇◇◇


 その後、お昼休みや放課後の校内や町内で佳奈ちゃんが男の子と歩いているのを何度か目撃した。


「私、彼氏出来たんです」

「そ、そう」


 早いね、モテモテなんだね佳奈ちゃん。

 ごぼうをささがきに削りながら、佳奈ちゃんが私に言った。ただし、視線は手元に固定だ。調理中は危ないからね。私もぎこちなく返事を返す。


「彼はお料理は全くできないんですけど、私がお弁当を彼の分まで作って行ったら、美味しいって言ってくれて……」


 佳奈ちゃんは口許を弛めながら嬉しそう。

 ささがきにしたごぼうは水にさらして灰汁を抜く。でも抜き過ぎると風味が逃げちゃうんだよね。


「ケチャップ味ばっかりとか、砂糖醤油味ばっかりとか文句言わないし」


 ああ、アレを根に持っていたんだね。

 でも、咲くんは優しいんだよ。けっして批判してるわけじゃなくて、アドバイスしてくれてるだけだから。そう思えるのは惚れた欲目じゃなくてね、心の持ち方ひとつだと思うんだ。

 でも、佳奈ちゃんはそれを本気で言ってるわけじゃなくて、いつものツン発言なんだと分かってるけどね。


 水を切ったごぼうは、半分は牛肉と炒め、炊き込みご飯に。半分はキンピラになる予定。


「お料理の上手い男の子が彼氏だと苦労しますよ、美晴先輩」


 佳奈ちゃんに美晴先輩と親しく呼んでもらえるようになったのがなんだか嬉しい。

 苦労か……う~ん、それがねぇ。大人と子どもくらい歴然とした腕前の差があるとかえって喧嘩にならないっていうか、今後苦労するのかな。


「美晴ー!」

「……美晴先輩? シェフが呼んでますよ」

「う、うん。言ってくるね」


 今日も料理倶楽部は咲くんを中心に旬の素材でおいしい料理のつくりかたを練習中です!






本編はこれで完結となりますが、後日談のような番外編と閑話をいくつか投稿の予定です。もうしばらくお付き合いくださいませ。

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