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おいしい料理のつくりかた  作者: 紅葉
おいしい料理のつくりかた本編
65/82

メニュー34 負けませんから

 決戦の土曜日。


 今日は料理倶楽部の新入生歓迎会で近場の森林公園へピクニックに行くことになっている。

 天気は晴れ。さぞや花粉もたくさん飛んでいることだろう。

 私は早起きをして4人分のお弁当を作り始めた。もちろん両親は今日も仕事だったりする。

 本当は咲くんを賭けての勝負なんかしたくない。だけど、咲くんへの気持ちだけでこの高校を受験した佳奈ちゃんの恐るべき執着と恋する気持ちには、敬意を表して真剣に向き合い、戦うべきだろうと思う。咲くんの彼女として。


「んんっと……お酢で手を湿らせて……」


 オーブントースターで焼いた塩鮭を粗くほぐして骨をとる。そしてそれをお酢で湿らせた手に乗せた熱々ご飯の真ん中に入れて握る。


「ふわふわっと力を抜いて……美味しくなーれ、美味しくなーれ。あれ、俵型にならないな」


 アツアツのご飯は手の平に乗せているのも辛い。時間がかかればかかるほど、手のつけ酢が蒸発してご飯粒がまとまらず指に、手の平にくっつく。


「ん~と、中身は昆布と鮭でいいかな」


 この昆布の佃煮は、「出汁をとったあとの昆布ってもったいないね」と咲くんに言ったときに教えてもらったレシピ。醤油と砂糖、みりんとお酒という基本的な調味料だけで味をつけた昆布の佃煮は市販品ほどこってり甘くはないけれど、それでもなかなか美味しい。干しシイタケの軸を刻んで入れたり、仕上げにゴマを入れたりとアレンジして楽しんでいる。

 作ってみれば手順も材料もシンプルなのに、今まで作ろうという頭がなかった。じっくり煮詰めながら味を含めるから時間がかかるのは確かなんだけど。

 なんとかいびつながらも握れたおにぎりを海苔で巻く。おにぎりは合計6個。私が2個で咲くんは4個の計算だ。咲くんはさすが男の子って感じで、痩せてるのにたくさん食べるんだよね。腰なんか私より細いくせに……。


 両親の分はお弁当箱に平詰めするから握らない。中央に昆布の佃煮と塩鮭を乗せる。


 卵を割って、みりん、お砂糖とちょこっとのお塩で味付けして溶きほぐす。コツは白身を切るようにだったかな、と思いだしながら菜箸をタテヨコに動かす。

 小鍋で沸かしていたお湯に細長く切った人参を入れる。時間差でアスパラガスも。

 少し硬いぐらいでお湯から上げて、同じお湯でブロッコリーを色良く茹でた。ブロッコリーをギュッと絞って、削り節と少量のおダシで割った醤油で味付けする。削り節は水分を吸うからお浸しなどを入れたい時に良いんだって咲くんが言っていた。


 四角い卵焼き専用フライパンを熱してから、火を弱くする。なたね油を入れてキッチンペーパーでフライパン全体に塗り広げた。そこへ溶きほぐした卵液を3分の1ながす。

 じゅわじゅわ~と焼けてきた薄焼き卵を表面が半熟の内にくるくると巻く。咲くんは菜箸で上手くやっていたけど、私はフライ返しで。

 巻けたら奥に移動させて、また卵液を半分入れる。今度は巻いた卵の下にも卵液が流れるように持ち上げてフライパンを傾ける……。

 この工程をあともう一回すれば、甘い卵焼きの完成だ。

 甘い卵焼きはダシ巻きに比べて巻きやすいけど、焦げやすいから火加減に注意な、と咲くんに言われていたのを思い出す。

 少し茶色くはなったけど、まずまずの出来だと思う。切って端っこを食べてみた。


「うん、甘くて美味しい」


 思わずにんまり笑顔になってしまう。


 次に茹でておいたにんじんとアスパラガスを薄切りの牛肉で巻く。巻き終わりを下にしてフライパンで焼き、照り焼きソースで味付けする。お砂糖とお醤油とみりんとお酒。それにちょこっとの一味と片栗粉を入れた調味液をドパッとフライパンに入れて煮詰める。照り照りになった表面と香ばしい匂いがごちそうだね。

 牛肉の野菜巻きを二つに切ると断面がきれいだ。


 これらをお弁当箱に詰める。うん、ご飯の白、海苔の黒、卵焼きの黄色に牛肉巻きの茶色とオレンジ、黄緑色。そしてブロッコリーの鮮やかな緑。

 目にも綺麗な彩りは食欲を刺激する。仕上げに隙間に金時豆の甘煮を小さいアルミカップに入れて詰めた。……これは市販品なんだけどね。


 咲くん喜んでくれるかな。


「美晴ー、もう8時ってテレビ言ってるけど、まだ行かなくていいの?」

「えっ? あ、行かなきゃ!」


 トーストとコーヒー、目玉焼きに余ったブロッコリーのお浸しで朝食をとっていた母が、テレビに視線は固定で言った。天国に一番近い島で観光地や食事をリポートしている番組が映っていた。画面の左上のデジタル時計は7時55分から56分に切り替わるところだった。8時30分に駅前集合なのに、20分は歩かなきゃいけないのに! 副部長だから点呼しなきゃなのにぃ~!!

 咲くんのお弁当を忘れない様に水平になるようにリュックサックに入れると、玄関へ走った。


「お母さんとお父さんのお弁当は台所に置いてるから!」

「ありがとう、美晴。いってらっしゃ~い」


 靴紐を結びながらリビングに向かって叫ぶと、お母さんが玄関まで出てきてくれた。


「行ってきます!」


 韋駄天になったかのように私は走った。



◇◇◇



「渡瀬副部長、副部長のくせに遅~い」


 集合場所に着くまで走りに走ってきたから、集合時間の15分前に着いたにも関わらず、先についていた佳奈ちゃんには「遅い」と言われてしまった。


「う、うん、ごめんね」


 他に来ているのは、佳奈ちゃんのお兄ちゃんでもある梅本くんと、一年生は揃ってる。気合い入ってるね。それと二年生は2人、三年生1人。


「遅くなった、わりぃ」


 片手を上げて合流してきた咲くんに、佳奈ちゃんが猫撫で声で擦り寄る……。


「ぜ~んぜん、遅くないですよぉ。まだ集合時間の10分前です。余裕で間に合ってます♥ 玉野先輩、今日はぁ……」


 にじりよる佳奈ちゃんに咲くんは、「悪りぃ」の一言で横を擦りぬけて、こちらに歩いてきた。

 佳奈ちゃんの視線が突き刺さる。


「美晴おはよ」

「おはよう、咲くん」

「点呼はまだ?」

「うん、まだ全然集まってないから」


 咲くんの眼差しが優しい。


「いい天気になって良かったな」

「うん」


 白い雲がぽかんと浮かんだ、青空。駅前の花壇に植えられているマリーゴールドもサルビアも生き生きとしていて、その間を黄色い蝶が飛んでいる。

 ぽかぽかと温かい日差しが気持ちいい。


 そうこうしている間に他の部員たちも集まってきて点呼を済ませ、森林公園へと歩き始めた。


「玉野先輩と何を見つめ合ってたんですかぁ?」


 ニヤニヤ笑いを隠しもせずに、そう問うてきたのは二年生女子部員の佳織ちゃん。

 追い出し会の時に私にメイド服を着せることを異常に張り切っていた女の子だ。そのお祭り好きな明るい性格はたぶん、のりこ先輩と気が合うことだろう。自然と友達が周りに集まるみたいで、校内で見かけてもいつも友達に囲まれてる。


「いい天気だね、とか……」

「もーう、美晴先輩ったら。それ、おじいちゃんとおばあちゃんの会話ですよぅ。『今日も可愛いね』とか言われてるかと思ってました」


 あはは。期待に応えられなくてごめんね。

 佳織ちゃんは急に声を潜めた。


「美晴先輩頑張ってくださいね。負けるとは思ってませんけど、私達美晴先輩の味方ですから」


 両手で握り拳を作った佳織ちゃんが私にエールを送ってくれる。ちょっと苦笑して、小さく頷いた。


「佳奈ちゃんもいい子だよ。先に咲くんに出会っていたのが私だったってだけで……」


 正確に出会っているだけなら佳奈ちゃんの方が先といえば、そうだけど。文化祭の喧騒のなかでは、佳奈ちゃんは咲くんを覚えていても、多分咲くんは覚えてないんだろうなーと思う。そんな事に優越感を抱いてちゃいけないんだけどっ。


「もう、美晴先輩のお人好しっ! でもそんなところが歳上なのに可愛いんですけどね」

 

 佳織ちゃんがバシンと私の二の腕を叩いた。どうも今日はみんなテンション高いね。

 他でもいくつかのグループを作って、賑やかにおしゃべりしながらゆっくりと森林公園に向かう坂道を歩いた。

 ぽかぽかと気持ちよかった日射しは、今では額にうっすら汗ばむほどだ。



 着いた森林公園は、とてつもなく大きい。斜面を利用したアスレチック広場があるかと思えば、小さい小川が流れていてその上に物見櫓が立っていたり。広い芝生の広場では、遅咲きの桜がまだ残っていて名残の花見をしている人も大勢いて、フリスビーを飛ばしたり、キャッチボールをしたりとめいめい楽しんでいる。

 ペット連れ込み禁止でなければ、マロンが喜ぶこと間違いなしなんだけどね。


 ログハウスの売店や清潔な水洗トイレも完備されていて、小さい子ども連れにも人気の公園なのだろう。幼児を連れた家族がたくさんいる。


 そんな芝生公園の一角にレジャーシートを敷いてリュックサックを置くと、遊びに行くことになった。

 男子たちが咲くんを取り囲んで、アスレチック広場へと駆けていく。高校生男子が小学生や幼児と交じってアスレチックを楽しむ姿が遠目に見えた。

 女子たちは花が咲き乱れる遊歩道の方へと消えていく。

 私はリュックから文庫本を取り出し、読みかけのページを探る。ふと影に気付いて眼を上げると佳奈ちゃんが立っていた。


「……玉野先輩に勝負の事、」

「もちろん内緒にしてるよ」

「それならいいんです。負けませんからっ」


 くるりと身体の向きを変えると、遊歩道の手前で待っている友達の所へと走り去った。



 





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