特別メニュー 手を繋ぐということ
あなたは『映画館の中では映画に集中して手は繋がないけど映画館以外のデートコースはずっと手を繋ぐ』咲のことを妄想してみてください。
手を繋ぐということ。
それにはいくつかの意味があると思う。
まず子どもに対しては、はぐれないようにするためと、車の前へ飛び出さないように安全のため。他には親子のふれあいだったり親子の愛を確かめるためだったり。
お年寄りに対しては、バランスを崩して転倒しないためと支えのため? これにも親子のふれあいがあるのかもしれない。子どもの頃と逆転した役目。それも親子愛。
そして、恋人どうしでは……。
「ねえねえ、美晴ちゃん。手の繋ぎ方心理テストって知ってる?」
「手の繋ぎ方心理テスト?」
「そうそう」
休み時間、次のテストの教科書を確認していたらクラスメイトに唐突に話しかけられて、つい聞き返した。
「彼氏と手を繋ぐときに普通に繋いでいたらキスまででしばらく進展なし。恋人繋ぎをしたらキス以上のタイミングを狙われている合図なんだって!」
「へ……へえ。じゃあ、手を繋いでないカレカノは?」
「そんなの当然キス未満か、別れる前でしょ!」
当然なのか、そうなのか。
なにが根拠なのか分からない。そもそも心理テストってこんなだっけ?
「それでね、手を組んだ時に左の親指が上になったらスケベで、右の親指が上だとオクテなんだって!」
「そ、そうなんだ」
チャイムが鳴って友達が自分の席に慌てて戻っていく。私はこっそりと机の下で手を組んでみた。
左が上……。
気持ちを切り替えて前期試験最後のテストに臨んだ。
そしてホームルームが終わり。
「なぁ、美晴。今日バイトある?」
「あ……ううん。今日まではお休み」
「なら映画見に行かねぇ?」
「映画?」
咲くんか映画に誘うなんて珍しいね。
「うん、いいよ」
何を観るのか聞かずに、ただ放課後一緒にいられるのが嬉しくて返事した。
「美晴危ない。ボーッとしてんなよ」
咲くんの手が私の手のひらを掴んで引き寄せた。
直後、脇を過積載気味の自転車が通り過ぎていく。
「う、うん。ごめん、ありがと」
「ん……」
自転車は無事走り去っていったのに、手は繋がれたまま外されることはなかった。「危なっかしいから」その一言であらゆる抵抗の声を撃沈された私は、進行方向を見据える咲くんにグイグイ引っ張られながら駅に向かって道を進んだ。
駅に着いた。電車通学でない私たちは、当然定期を持ってるわけはなく……あの、手を離してくれないとお財布が出せないんだけど。
まごまごしていたら、咲くんが片手で通学かばんの中をゴソゴソして映画館のある隣町の駅までの切符を二枚買ってくれた。一枚を手渡されたので、素直に受け取る。
「ありがと。お金返すから……」
「後でいい。電車来るから行くぞ」
ぐいっと引っ張られ、不自然な体勢で改札を通る。
うう、左手で右の改札機に切符を通すのやりにくい。
手を繋いだままホームで待つ。指を玩ぶように組み替えたり、指で手の甲を撫でたりされる度にゾクゾクと背中に電気が走る。
指が絡まるコイビト繋ぎに繋ぎ替えられて……ね、狙われている……?
電車はもうすぐ到着するらしい。スピーカーからアナウンスが流れ、電光掲示板がチカチカしだした
ゴウッと風を纏わせホームに滑り込んできた電車。
ふらふらと近寄る幼児。
「たっくん危ないからママと手を繋ぎましょうね」
「はーい。……あのおねーさんも、あぶない?」
「んー? 仲良しでもおてて繋ぐのよ~」
お母さんと目が合う。微笑ましそうに笑みを送られて顔から火が出そう……。
結局手を繋いだまま電車に乗る。ドアを背中に預けて手すりの脇に咲くんが立つ。囲いこまれているようなシチュエーションに周りの視線が気になる。
隣町について、またまた不自然なかっこうで改札機を通り、駅前の繁華街に出た。
やっぱり手を繋いだまま、映画館まで歩く。映画のスケジュール表を見て、咲くんが私を振り向く。
「なぁ美晴、ラーメンとハンバーガーどっちがいい?」
「へ?」
「夕飯だよ、先にチケット買ってから食いに行こうぜ」
そう言いながら小さなエレベーターに乗って五階まで上がった。
「咲くんはなにが観たいの?」
「美晴は?」
うう~ん、とチケットカウンター前の電光掲示板を睨む。スタジオガブリのアニメも観たいし、デスニーの新作も捨てがたい。人気お笑い芸人が吹き替えをしている洋画も実はチェックしていた作品で、悩みに悩んでしまう。学生証を見せれば1000円になる日ということもあって、大学生や高校生がフロアに溢れるほどいる。
友達同士もいるけど、男女カップルも多く、この中にいると次第に手を繋いでいることが当たり前のような錯覚を覚えてきた。
結局、二人の意見が合い洋画を選ぶ。
そうこうしている間に順番が回ってきたので、観たい映画の名前と時間を伝えてチケットを購入。
ああ、貸しが増えていく。
ちゃんと後から返すからね。この手がほどけたら必ず。
手を繋いだままハンバーガーショップに。メガチーズバーガーを片手で頬張る豪快な咲くん。
「ん?」
咲くんが口の端についたケチャップを舐める。その仕草が可愛いような、えっちぃような。ああ、左が上の私……。
ポテトを摘まんでパクリとかじる。
表面がカリカリして中はホクホク。
「咲くんこんなの食べなさそうだから、ちょっと驚いた」
「そうか? わりと食うけど?」
私の前にあるのはバニラシェークとナゲット、フライドポテト。それにカップ入りのサラダ。
シェークが固くて普通の吸引力じゃ吸い出せないなんて知らなかった。
「何やってんだよ」
口をすぼめて顔中に力を入れて吸っていたら、咲くんが顔を見て笑う。
「そんなに出てこない? ちょっと貸してみ?」
手渡したシェークのストローを咲くんがくわえる。
あっ……!
それ、間接キスだよ。もう。
「うま」
破顔する咲くんが楽しそうで……。だからまあいいっか。
「そろそろ行くか」
スマホの液晶で時間を確かめた咲くんが、空のトレイを手に立ち上がる。それに引っ張られるように私も椅子から立ち上がる。
こんなにも手を繋ぎ続けることが出来るなんて、ちょっとスゴい。もしかしたら咲くんはギネス記録を狙っている?
恥ずかしかったのはもうどこかに行って、どこまで記録を伸ばせるのか、そう思うと楽しくなってきた。
なのに。
なのに。
映画が始まり、ストーリーが盛り上がってきた途端、ギネス記録への挑戦は夢に終わった。
とりあえずまずは、ずっと気になっていた手のひらの汗をハンカチで拭う。それにしても映画に負けた気がして、なんだか悔しい……。
映画は前評判通り面白かったんだけど、ついつい咲くんの横顔ばかりが気になってろくに観れなかったし。
映画の世界に入り込んでいる咲くんの様子が面白くなくて。
だから、だから。
復讐してやる~。
「わわっ! 美晴!」
「なに?」
「もうちょい離れて」
「嫌~だよ」
帰り道、ぎゅうっと腕にしがみついてやった。
ふふん、真っ赤な顔になって困ればいいのだよ。
あれ?
咲のこと妄想するはずなのに、いつのまにか美晴のことを妄想してました。失敗、失敗。てへ♪




