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おいしい料理のつくりかた  作者: 紅葉
おいしい料理のつくりかた本編
62/82

メニュー33 自信を持ちなさい!

「それで? 美晴はすごすごと咲の隣をその子に明け渡したわけね」


 翌日の昼休み、彩子ちゃんがお弁当を屋上で食べようと誘ってくれた。「昨日の部活見学会どうだった?」と水を向けられ、つい愚痴ってしまった。別に咲くんが悪いわけじゃない。あの子も咲くんに憧れて入学してきたのなら、ああなってしまうのも分からない訳ではない。一方的に嫉妬して不安がっているのは私だ。あまりにも自己嫌悪。だけど、誰かに聞いてもらいたいと思っていたんだろう。堰をきってそれは溢れ出した。

 話を全て聞いた後、彩子ちゃんはサンドイッチを口に運びながら、冷たい視線を私に送ってきた。ひんやりとした冷気さえ感じる。


「だって、部長と副部長が固まってるわけにはいかないでしょ。他にも体験に来ている一年生がいるんだし……」


 怒っている風の彩子ちゃんに視線を合わせられなくて両手で持っているお弁当に視線を落とした。

 はぁ……と、彩子ちゃんため息が聴こえた。目の前に白い指がにょっきり生えて、お弁当の中ののり巻きをひとつ摘まんで視界から消える。


「うまっ! なにこれ?」

「韓国風のり巻き……」


 と言っても牛肉の切り落としを炒めたものを焼き肉のたれで味付けして、白ゴマを混ぜたごはんにほうれん草とにんじんのナムルと一緒に巻いただけ。

 部活説明会の為にのり巻きをいっぱい練習したからなかなか上手にくるんと巻けている。コツは手前3センチにご飯を乗せないこと、薄くご飯を広げること。

 カットするたびに濡れた布巾で包丁を拭くこと。


「とにかく! 美晴がそんなことじゃ、いまにその一年生に咲奪われちゃうからね! もっと自信を持ちなさい! 咲と付き合っているのは誰!?」

「……私、です」

「そうでしょう? これ以上ぐちゃぐちゃ言うつもりならひっぱたいてやるんだから。大体、私は咲に振られた身なんですけど?」 


 ひゃーっと血が下がる。


「ごめーん、彩子ちゃ~ん!」


 つんと向こうを向いた彩子ちゃん。でも励ましてくれたのが分かって、嬉しくて、思わず抱きついた。


「うわっ! あーーもう。それだけ図太かったら大丈夫よ、美晴」


 驚いた彩子ちゃんにぎゅうっと抱きつく。嫌がる事もなく抱きつかれたままでいてくれた彩子ちゃんに感謝。

 そのとき昼休みの終わりを報せる予鈴が鳴った。

 



◇◇◇



「どうして私がこんなことしなきゃ、いけないんですかぁ?」


 ぶつぶつ文句を言っているのは梅本佳奈ちゃん。


 そんなにもやしのひげ取り嫌かなぁ。


「もやしのひげね、付いたままだと口当たり悪いから……」

「そんなこと知ってます! 渡瀬副部長にいちいちいわれたくな……きゃっ!」


 佳奈ちゃんの後頭部を2年生のお兄ちゃんが叩いた。


「何すんのよ!」

「美晴先輩に偉そうな口きくなよ、佳奈」

「お兄ちゃん、うるっさい」

「食材の下処理は一年の仕事だぞ。そうやって食材の扱い方や包丁の使い方覚えていくんだ」


 料理倶楽部にそんなヒエラルキーがあったなんて知らなかった。2年の後半から入った私は色々と特例扱いだったのね……。


「だって! 渡瀬副部長も下処理してるじゃない。お料理出来ないんでしょ、そんな人がどうして副部長なの?」

「それは……」


 梅本くんの言葉が詰まる。私も本当にそう思うもん。みんな心の中では私が副部長だなんて認められないに違いない。

 

「あのね、確かに私もお料理苦手なの。だから食材の扱い方から勉強させてもらってるんだ。一緒に頑張ろう?」


 佳奈ちゃんは、呆れたように息を吐いた。


「一緒にって。……私、教えて貰うなら玉野部長に教えて貰いたいです。それに私お料理出来ますから」

「佳奈! 卵焼き作るって言って、殻付きのままフライパンで炒めようとするお前がなんてこと」


 梅本くんが目を剥いて言い返すのがなんだか可笑しくて、つい笑ってしまった。不機嫌な表情の佳奈ちゃんが目に入る。


「ごめん、ごめん。副部長なのは去年の部長に任命されたからなんだけど、お料理本当に私も苦手で。でも基本を習えばそこそこ作れるようになったよ」


 佳奈ちゃんがもやしを一つかみ掴んだ。ブチブチとひげ根を取り始める。


「渡瀬副部長は玉野部長と同じクラスなんですよね」

「う、うん」


 佳奈ちゃんは内緒話をするみたいに顔を近付けると小声で言った。


「玉野部長って彼女いるんですか?」

「え……」

「どうなんですか?」


 佳奈ちゃんの視線が刺さる。


「いる……んじゃないかな……」


 ああ、私のバカ!

 ここで私ですって言わなきゃ!

 佳奈ちゃんは疑わしそうにじとっとこちらを見ている。


「ま……ね、玉野部長みたいな素敵な人なら、もう彼女いますよね~」

「う、うん」

「でも、負けないんだっ」


 ブチブチっと3本まとめてもやしのひげ根をむしりながら、佳奈ちゃんは不敵に笑った。


「私の方を振り向かせちゃうんだ。玉野部長の女の子の好みってどんななのかな~」

「さ、さあ……? もやしのひげ根取りご苦労様~」


 もやしのボウルを持って流し台に行こうと立ったその時。


「負けませんからね」


 佳奈ちゃんからの宣戦布告ってやつでしょうか。


 うわぁ、バレてた?


 受けて立たなきゃ女が廃る、よね。

 私だって咲くんが好き。誰にも譲る気はないもの。


「私だって、譲る気はないからね」


 佳奈ちゃんは胸の前で腕を組んだ。


「週末のピクニック、玉野部長にお弁当を作っていって、『美味しい』って言ってもらった方が勝ちですよ」

「いいよ」

「同じクラスだからって玉野部長にリサーチしちゃダメですからね!」

「うん」

「それから、この賭けのこと玉野部長に内緒ですよ」

「分かった」


 咲くんを賭けるなんてこと、バレたら怒られるだろうなぁ。


「私が勝ったら……」


 勝ったら?


「別れてください」


 それは……。


「それはできない。人の気持ちは……そんな単純じゃないもの。そんな勝負で別れられる程度の気持ちで付き合ってるんじゃないんだから」


「じゃあ、せめて……私が勝ったら、玉野部長に告白させて下さい」


 いいよ、なんて言いたくない。黙っていた私に佳奈ちゃんが言った。


「負けないんだから」

 




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