表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おいしい料理のつくりかた  作者: 紅葉
おいしい料理のつくりかた本編
61/82

ねこまんま食堂のまかないメニュー その17

『ごめんなさいって言われると意地悪したくなっちゃう』咲のことを妄想してみてください。 http://shindanmaker.com/450823

【咲side】


「ごめんね」


「もういいよ」


「ごめんってば」


「もういいって」


「……知らなかったの」


「…言ってなかったし」


「言ってくれたら良かったのに」


「聞かれなかったから」


 さっきからこのやり取りを何十回繰り返しているだろう。美晴は泣きそうな顔をしながら、小走りに付いてきていた。

 そういう俺は、「今日俺の誕生日だったことを美晴が知らなかったこと」について、別にどうとも思っていない。知らないことは知りようがないのだから。

 あまりにも何度も美晴が謝るものだから、むくむくと意地悪したい気分になってきて、ついつい置いていかない程度の速さで前を歩いてしまう。

 本当に置いていくわけがないのに、美晴は泣きそうな顔で置いていかれまいと、ちょこちょこ早足で付いてくる。

 ヤバイ、めちゃ可愛い、と美晴に見えないよう前を向いてにやついてしまう。


「咲くん待って」


 心細そうな声で呼ぶのを聞いて、さすがにやり過ぎたかなと足を止めると、脇から腕が差し込まれて後ろから抱きつかれた。背中に柔らかい美晴の身体を感じる。

 ぎゅうっと腕に力を入れてしがみつかれ、背中に顔が押し付けられている。ジャンバーに押し潰された声が背中から聞こえた。


「咲くん……あのね。私、さっき教室で咲くんのお誕生日のこと聞いて……咲くんのお誕生日、私だけが知らなかったのが嫌だったの。彼女なのに、何してるんだろって。ねぇ、一緒にお祝いしたいよ……。なんでも言って。私にあげられるものだったら……咲くんにあげたい……」


 後ろ向きたい。

 案外強い力でしがみつかれていて後ろを向けないばかりか、身体をねじっても真後ろにいる美晴が見えない。

 マジ泣きしてるのか、時々グスンとすすり上げる音が交じる。


 通学路でこんなことやってるもんだから、後ろからきた奴らの好奇の目を集めちゃってるんですけど、美晴さん?

 っていうか馬鹿なのは俺の方だよな。好きな子をわざと泣かせるとか俺は小学生男子か。


「本当になんでも?」


「……ん」


 顔を上げたらしい美晴の腕が一本脇から抜けていったので、後ろを向いた。美晴はぐしぐしと目を擦っている。


 あーあ、真っ赤だ。


 こういうのをウサギの目っていうのかな。でも幼稚園で飼っていたのは茶色い眼だったけど。

 目を擦る手をやんわり握って止めると、真っ赤に充血した濡れた瞳がまっすぐに俺を見た。

 どろどろとした欲が渦巻く心の中を見透かされているようで落ち着かなくなる。


 今さらとはいえ、とりあえず通学路に立ち止まっているのはよくない。かといって、こんな状態の美晴をうちまで連れていけない。商店街は危険だ。顔見知りが多すぎる。常連のおっちゃん、いつも買い物に来るばあちゃん、商店街に軒を連ねる店のおっちゃん、おばちゃん、誰に見られても噂は電光石火で伝わるだろう。それは回覧板よりも早く、花粉を付けて回る蜂のように噂をくっつけたおばちゃんたちによってアーケードの隅から隅まで届けられる。

 美晴が俺に内緒でバイトしていたときも、店に来る常連のおっちゃんたちが「咲坊の彼女、最近春ちゃんの店で働いてるのかい? ねこまんまで雇ってあげりゃ良かったのに」「花嫁修業になるのにねぇ」「こっちにゃのりちゃんがいるからだろ」「のりちゃんも別嬪さんに育ったね」「咲坊の彼女もなかなかの別嬪さんだったよ、孫が楽しみだね、大将」って風に筒抜けだったのだ。この上おっちゃんたちに人気があるらしい美晴を目を腫らしたまま連れ歩けば、どんな噂を広められるかわからない。


 とはいえいいアイデアも浮かばない。


 手を繋いで微妙に人の多そうなところを避けて歩く。ひたすら歩く。


 どこにいけばいいんだーー!!


「咲くん?」


「ん?」


「咲くんが今欲しいものってなに?」


 美晴。

 じゃなくて! 違わないけど違う!!

 美晴と二人きりの時間?

 いや、それも欲しいけど、なんていうか。


「アクセとか使う?」


「いや、料理すっから」


「そうだよね……」


「反対に聞くけど美晴なら何欲しい?」


「私?」


 何を考えたのか、美晴が顔を真っ赤にしてぶんぶん鼻の前で手を振り回す。どうした美晴。小虫でも飛んでたか?


「……そういや、俺も美晴の誕生日知らなかった。いつ?」


「そうだっけ?」


「そうだよ」


「五月のいつか」


「は? いつ?」


「だから、五月のいつか」


「いつか?」


「そう、子どもの日なの」


「へえ」


「私が生まれた日ね、空が雲ひとつなく真っ青に晴れていたんだって。それで薫風のカオリにするか、美しく晴れたミハルにするか悩んだんだって」


「んじゃ、遊園地行くの五月五日にするか」


「え……。嬉しいけど、人きっと多いよ」


「連休だもんな。でも美晴の誕生日に一緒に遊びに行けたらなって。嫌なら別の日にする?」


 美晴がぶんぶん首を横に振る。そして全開の笑顔で笑顔になった。


「嬉しい……! お弁当いっぱい作るね」


「おう。楽しみにしてる」


「咲くん、おにぎりの具は何が好き?」


 途端にハッとした美晴が腕にぶら下がる。


「じゃなくて! 咲くんは何が欲しいの? 私ばっかり嬉しいのダメだよ」


「美晴とデートの約束もらったから」


 真っ赤になった美晴が吠える。


「それは私も嬉しいからだめ! 私が咲くんに何かあげたいの!」


 そうだなぁ……。


 じゃあ、美晴からキスしてって言ったらしてくれるんだろうか。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ