メニュー04 舐めちゃ、イヤッ。
手が、手首が……痛い。
文化祭の前日、学校はさながら戦場のようだった。
通常授業は行われず、午前はクラスの出し物のリハーサル。
午後はクラブの屋台の準備である。
キャベツは新鮮な方がいい。
それはもちろんだけど、明日は学習発表の名目でクラスの出し物があるので、前々日の今日に出来るだけの準備をするらしい。
もちろん前日しかできないものは、明日の放課後に準備するんだけど、今日はキャベツの千切りをして、新品のビニール袋に入れ家庭科調理室の冷蔵庫に入れるのと、お皿や看板などの準備の最終点検。
男子の幾人かはテント張りの手伝いに駆り出されている。
私と玉野くんはキャベツ千切り係として調理室に籠り、ひたすら包丁を動かしていた。
お好み焼きの生地は小麦粉と長芋をすりおろしたものを、だし汁と卵で溶く。お好み焼き粉は使わないらしい。
具材はシンプルにキャベツと豚肉、揚げ玉(天かす)、トッピングはソース、マヨネーズ、鰹節、青のり。
ソースは甘口、辛口どろソースの二種類を用意した。
隣ではザクザクと目にも留まらぬ凄い速さで、玉野くんがキャベツを刻んでいる。彼の前には千切りされたキャベツがビニール袋に入れられて山を作っている。
「玉野くんは劇、大丈夫?」
他のみなさんは楽しくお喋りしながら屋台に取り付ける看板などを作っているのに、我々キャベツ千切り係は黙々とキャベツを千切りしている。
私も楽しくお喋りしたいなぁ……と玉野くんに話しかけてみた。
玉野くんはその手を止めず、こちらも向かない。
「渡瀬……今日中に終わらなきゃ、学校で徹夜だからな。ああ、ほら。お好み焼きの時は生地と混ぜやすいように千切りした後、長さを短く切っておけよ」
「うん」
学校での泊まり込みは許可されてないので、本当はそんなことにはならないんだけど、頑張らないとキャベツの千切りが終わらないというのはその通りなんだろう。
楽しいおしゃべりは諦めて、仕方なく包丁を持った手を動かす。
うん、ずいぶん巧くなったもんだと自分でも思う。
玉野くんは今回ふわふわの千切りにはしないらしく、割と細めの千切りをした後、長さが短くなるように包丁を入れている。それをがさ~っとビニール袋に入れると、次のキャベツへと手を伸ばした。
それにしても……と、ここ数日のクラスでの出来事を思い浮かべる。
玉野くんの相手役である白雪姫に決まった、クラス一の美人、細木彩子さん。
出るとこは出て、締まるところは締まったボディーライン。羨ましいか……というと別にそうでもないんだけど。
なんだか一気に彼女気取りで、いっつもクラスでは玉野くんにベタベタ、ベタベタ……。
いや、別に? 私がどうこういう立場ではないんですけどね。
気にしてはいないんだけどね。
誰と誰が付き合おうが……関係ないし。
今日も『セリフ合わせしましょ♪』とか言って昼休みに教室を出て行ってたし。
それで、人気の少ない中庭に二人っきりでいたって気にしないし……。
折角上手く出来た玉子焼き、食べて貰おうと思ってたのに。
この間の衣装合わせなんか……。
『いや~ん、咲、似合う~』とかちやほや、ベタベタ腕組んでみたりとか。
いや、関係ないんだけど、玉野くんの視線が盛り上がった細木さんの胸元に注がれていたとしても、私が怒るとかおかしいでしょ。
咲とか呼び捨てってどうなの? とかちょっとだけ思ったりもするけど、羨ましくなんかないんだから……。
私も咲って呼んでみたいとか思ってないし。
……白雪姫のラストのキスシーン。
今日のリハーサルじゃ寸止め……っていうか、先生の前でそれはまずいでしょってことで、5センチは離れていたけど……。
本番じゃお祭り気分でどうなるか分からない。
クラスのみんなもふざけてノリノリだし。
っていうか、それ! ノリでやっていいの?
玉野くんも! 細木さんも!!
それは……。
それは…………!
「それはイカーン!!」
「は? 何ブツブツ言ってんの? それより渡瀬これナニ?」
そう言って玉野くんが、私のまな板からつまみあげたのはきしめん……ではなく、幅1センチはあろうかというキャベツ。
「ご、ごめん」
「上の空で切ってると、また指を切るぞ」
「ぎゃっ、それは嫌だっ」
しょんぼりと下を向いてしまう。
その後は、ひたすら千切りに集中した。
◆ ◆ ◆
じゅわ~という音と、いい匂いが漂ってくる。
自分のノルマ(といっても圧倒的に玉野くんの方が多かったんだけど)を終えて、何やら調理を始めた玉野くん。いくら料理オンチだといっても、何をしているかぐらいは分かる。
お好み焼きを作っているのだ。
手際良く生地を作ったところに、キャベツ、揚げ玉を入れてひと混ぜ。
油を引いたフライパンにそれを流して、上に豚バラ肉を一枚乗せて焼いている。
ひっくり返してもぎゅうぎゅうとは押さえない。
表面色よく焼けたところで皿に出し、ソースとマヨネーズ、かつお節と青海苔を散らした。
ソースの甘酸っぱい香りが食欲をそそる。
家庭科調理室にいた部員が匂いにつられて集まってきた。
「本当は本番と一緒の鉄板で試し焼きしたいところなんだけど」
「焼けるまでの時間はどのくらい?」
「結構時間かかるんですよ、一度にどのくらい焼けるかですね。買いに来てくれても提供できなきゃ、券と交換できない」
部長と玉野くんが真剣な顔で打ち合わせしている横で、試作のお好み焼きを格子状に等分に切り分けた。
一番大きい真ん中も~らい♪
一口大のお好み焼きをハフハフしながら頬張る。
キャベツが甘くて、豚肉がカリカリしていて、ソースとマヨネーズの混じった味がもっと食べたいと胃を刺激する。
ああ……美味しい!!
「……渡瀬、ソース付いてる」
こちらを見た玉野くんは、手を伸ばすと指で私の唇を拭っていった。そして、その指を自分の口に持っていって…………ぺろり。
……その指を……舐めるぅーーー!!!?
カアッっと赤面し、視界がぐるぐると回る。
ちょぉっと、待って!!
今の、かかかかか……間接キスなんじゃ……??
玉野くんはというと、にっと笑顔を向けた後、なんでもなかったように南部長に向き直り、打ち合わせに戻ってしまった。
何なの? 何なの? 何なのよぅ~!!!
バクバクしている心臓を抱え、周りを見ると、ニヤニヤしている部員が半分、憐れみの視線を向ける部員が半分……。
え? なに?
意識しちゃってるの私だけ……なの?