メニュー29 こんなもので愛が量れるか
「全員正解でーーす!」
司会のおじさんの高らかな声に観客がどよめいた。審査員席の後ろに目を遣るとアーケードに思ってもいないほどの人が集まっていた。いつのまに!
「これくらい当然だろ」
咲くんが不敵に笑うのを見て、このまま眩暈を起こしてしまうんじゃないかって思うくらいフワフワしてくる。ねぇ、もう手を離してもいいんじゃないかな。
「第二審査は、二人の思い出について答えて頂きます」
スケッチブックとマジックを手渡された。どうやら質問の答えをこれに書くらしい。提供はマツモト文具店なんてちゃっかり宣伝なんかもしたりしている。
「第一問はお二人の初デートの場所はどこですか? レッツマッチング!」
えええ! 初デートって、さっきのあれかなぁ?
公園で偶然会ったり、クリスマスの夜のあれとかはデートなのかな。
でもさデートってさ、先に約束とかしていてドキドキしながら服選んだりしてお出掛けすることだよね?今日は約束はしてないけど、咲くんがデートって言ってたからデートでいいんだよね……?ああ、でも雰囲気的にはクリスマスのもデートかなぁ。
悩みに悩みぬいてスケッチブックに遠慮がちに公園って書いたら咲くんと一緒だった。ほっ。
「第二問は初キッスの場所はどこですか? レッツマッチング!」
これまたうわわっ!
商店街の皆さんの前でそれを暴露しちゃう?
一問目よりさらに小さな字で公園って書いた。
またまた咲くんとマッチング。っていうか、私たち公園ばっかりじゃない!?
どうやら二人の答えが一緒なら得点になるらしい。咲くんの首に真っ赤な花のレイが正解の数だけかけられていく。
まるでハワイに来てるみたい。2月の空の下にはマッチングしてない。
「ここまでの成績は1位、咲・美晴チーム。2位、瞬・雪枝チーム、3位西、東チームです!」
京子先輩のチームは最下位。
サクラなら仕方がないよね、うん。
「第三審査は、共同作業で愛を確かめて頂きます」
さっさかと商店街のおっちゃん達によって、舞台の上に長テーブルが用意された。その上に大きい白い豆が10粒ほど入った皿と空の皿がそれぞれ一枚ずつ配られる。そしてストローが2本用意された。今回の豆は海苔昆布の海産物から、豆、切り干し大根、どんこなどの農産物まで乾物なら何でも揃う永岡乾物店の提供らしい。
「二人でストローの吸引力だけで白花豆を隣の皿に移動して貰います。必ず二人で一つの豆を吸って協力しながら移動させてくださいね」
ピッと笛が鳴って、いざとストローを咥えて気付いた。小皿に乗せられた豆をストローで吸い上げるなら、二人の顔がくっつきそうな程寄せなくてはならない。頬がくっつきそうなほど……!
しかもストローを咥えている顔って……恥ずかしい。
こんな競技でなんの愛を量れるわけ? って思う。
思うけど……。
大学生カップルと西先輩と京子先輩コンビが次々と豆を移動させているのを見て、私の中の負けず嫌いの気持ちに火がついた。
「咲くん、頑張ろう」
「おう」
片手でストローを支えて、片手は咲くんの背中に回す。咲くんも片手を肩に掛けてきた。お互い頬をくっつけたまま、まるで食品工場で働くロボットのように息を併せて豆を吸い上げ、移動させる。
これがなかなか難しくて夢中でやり遂げた。
気が声も付けば豆一個の差で私たちは一等賞だったらしく、表彰式で私達はなんとベストアベック賞に選ばれた。
賞金の金封と、副賞の遊園地のチケットの入った封筒を商工会会長のおじいさんより手渡された。いつのまにか商店街中の人が集まってるんじやないかって観衆に拍手を贈られ、おめでとうと言われ……。
「商店街公認カップルとして玉野、渡瀬チームをこれからも応援していきたいと思います。はい、最後に咲くんから美晴ちゃんにチュウしてもらおうかな」
えええーー!!
真っ赤になって怒った顔の咲くんが、私の手首を握って舞台から引き下ろした。そのまま逃げるように会場を後にする。観衆はモーゼが割った海のように私たちに拍手とともに道を開けてくれた。
顔見知りなのか司会のおっちゃんに「ともやん。やりすぎだよ~」との笑い声がかかっているのを耳が拾った。その声は前田のおっちゃんだ。
そっか、咲くんとのりこ先輩や京子先輩が幼馴染みのように、ここで生活している彼らには特別な繋がりがあるんだ。いいな、羨ましいな。まるで商店街ひとつが大きな家族みたいだなと、そこまで考えてこの前の咲くんの謎かけを思い出した。
つまり、この商店街でやることなすこと商店街の人たちには筒抜けってこと?
怖っ!!
ねこまんま食堂までの道すがらでも、道行く人に「おめでとう」と声を掛けられるので、その度に恥ずかしくて消えてしまいたくなる。公認って晒し者って意味なのね。
「いつ行く?」
嬉しそうに咲くんが、遊園地のチケットの入った袋を揺すった。
「春になったら、連れていって欲しいな」
「お弁当を持ってな」
途中こっそり覗いた賞金一万円は、日本銀行の発行するお札ではなく、ミツバ商店街で使える商品券一万円分だったので、五千円分ずつ分けっこした。遊園地のおこづかいになると思ったのに残念!
甘辛いタレで煮られたネギとあげと卵の丼。タレがごはんにまで滲みているけれど、べしゃべしゃしていない。
大きめの塗りのさじで口に運べば、卵はふわふわ、ネギはちょうどいい塩梅にくったりしていて、ご飯がほろりと口の中でほどけた。
紺色のエプロンを付けたのりこ先輩が、お茶の入った湯呑を私の前にひとつ置き、そしてもう一つを自分で持ったまま、向かいに座った。
「でね、美晴ちゃんにお願いがあるのよ」
真剣な顔で切り出したのりこ先輩の様子に、口に入っていたごはんをゴクリと飲み込んで居住まいを正した。
「4月から美晴ちゃんに【ねこまんま食堂】で私の代わりに働いてくれない?」
急にそんなことを言われても、私も【カフェ プリマヴェーラ】に働き始めたばかりだし……。
「私ね、地元を離れて短大に行くからここでバイトを続けられないのよ。どうかな、考えてみてくれない?」
のりこ先輩に頼りにされていることはもちろん嬉しい。だけど、始めたばかりの仕事を投げ出してこちらで働くというのは、なんだか違う気がした。
「せっかくなんですけど……」
「ええ~~! ダメ?」
「ほらな。美晴は【プリマヴェーラ】でバイトしてるんだから無理言うなよ」
エプロン姿の咲くんが助け舟を出してくれる。
本当は咲くんと一緒の職場なんて美味しい!!
美味しすぎるけど!!
春になったら玉野先輩も卒業してバイトを辞めるだろうし、シングルマザーの春子さんが困っちゃう。
やっぱり私には春子さんを見捨てるなんて出来ないよ。
あ、来年は私も受験が。
そこは春子さんと相談するしかないよね。
「ほら、のり姉、いつまでも休憩してないで運んでくれよ。3番と4番テーブル」
咲くんは塩唐揚げ定食のトレイを両手に持って、しかめっ面を作っていた。
のりこ先輩はフットワーク軽く腰を上げると、トレイを受け取った。
「美晴、どう?」
「うん、咲くん。美味しいよ」
「そっか」
少し恥ずかしそうに笑った咲くんは、再び厨房へと隠れてしまった。
◇◇◇
「ええ? 先輩、パリに留学しちゃうんですか?」
いきなり過ぎるよ!
てっきり国内のしかも電車でそこそこの距離の調理師専門学校に進むもんだと思ってた!
玉野先輩は、シルバーフレームの眼鏡をクイッと上げた。そんな仕草が嫌みなほど似合うなぁと冷静に観察してしまう。
「あっちに親父の知り合いがいるらしくて、どうせやるなら武者修行してこいって放り出されたんだよ」
そういいながらチーズケーキをプレートに移し替え、バニラアイスとミントの葉。そして木苺のソースを美しくデコレーションする玉野先輩から、ウキウキとしたオーラを感じる。
のりこ先輩との事はどうするのよ、と聞きたいけれど……また機嫌悪くなりそうだしなぁ。
「困っちゃうわよねぇ」
と、春子さんが朗らかに答えた。
「春からは美晴ちゃんも受験生だし、また新しいバイトの子を募集しなくっちゃ」
あんまり困っている風に見えない口調で、コーヒーをカップに注ぐと伝票と共に手渡された。
「美晴ちゃん、5番さんによろしくね」
「……はい」




