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おいしい料理のつくりかた  作者: 紅葉
おいしい料理のつくりかた本編
49/82

メニュー28 ベストアベックコンテスト

アベック……意味が分からない人は文中から察してください。

 ほとんど日の落ちた川沿いの堤防を、私達は【ねこまんま食堂】に向かって歩いていた。


 ぐぅ、と乙女らしからぬ音がして、咲くんがケーキのお礼にご馳走してくれると言ってくれたから。


 アツアツ、サクサクの天ぷらが乗ったうどんもいいな。

 ふわふわとろとろ卵の木の葉丼も美味しいんだよね。


 手を繋ぎながら、そんな事を考えて商店街へと戻ってきた私達の前に、アーケードの奥から息を切らせながら走ってくるどこかのおじさんがいた。

 あれは――。


「魚辰のおっちゃん、どうしたんですか?」


 おじさんは向こうから手を大きく振りながら走ってくるので、私達の後ろに誰かいるのかと振り返ってみた。

 夕方のアーケードは確かに人は多いけれど、おじさんに手を振り返している様子の人はいない。


 おじさんは私達の前まで来ると、足を止めて苦しそうに肩で息をしながら呼吸を整えてから、胸の前で「いただきます」のように手を合わせて言った。


「咲くん! 良かった~」

「どうしたんですか?」


 何が「良かった」のか話が見えない。私も咲くんも「良かった」ばかり繰り返しているおじさんを呆気にとられて見ていた。


「咲くん、後生だからおっちゃんの頼み聞いて」

「とりあえず何があったか聞かせて貰えますか?」

「今日ね、商店街で『ベストアベックコンテスト』やってんだけど、予定していた出場者にキャンセルが出てねぇ、だから――」

「お断りします」

「――っちょ! 頼むよ、咲くん。もともと3組しか出場希望者が集まらなかったのに、1組欠場じゃ、コンテストにならないよ」

「商店街の客寄せイベントでやってるのは聞いてましたけど、公衆の面前で恥ずかしいです。そんなこと美晴にやらせられません」


 きっぱりと断った咲くんの二の腕をガシッと捕まえたおじさんは、咲くんを少し離れたところまで連れて行って内緒話を始めた。


「咲くんが年少さんだった時、店先でお漏らししたことあったよね~。あの時、おっちゃん店先に水撒くフリして片付けてやったよね。しかもパンツまで貸してあげてさぁ。1年生の時はアーケードの地面いっぱいにチョークで落書きをしてオヤジさんにこっぴどく怒られたこともあったよね。あのとき消すの手伝ってあげた親切なおっちゃんがいたよね~? それに――」


 聞こえないフリが辛い……。

 咲くん、結構やんちゃだったんだ。

 サッカーボールが誰それの店先に突っ込んだだの、ハンターごっこをしていて植木鉢を割っただの、咲くんの黒歴史が出るわ、出るわ。

 

 咲くんの顔が真っ赤になって、肩が小刻みに震えている。

 おじさんのまだまだ続く暴露話を打ち消すように咲くんが叫んだ。


「分かりましたよ!! でも、美晴が出ても良いって言ったらですよ。無理強いしないでくださいよ」

「分かってるって」


 機嫌のよい表情のおじさんが、くるりと私に向き直った。


「美晴ちゃん」

「……はい」

「ベストアベックコンテスト、咲くんと一緒に出てくれるよね?」

「え……っと」

「ベストカップル賞に選ばれたら賞金1万円に副賞で遊園地のペアチケットが貰えるよ。咲くんとデートできるよ」

「おっちゃん! あざとい!」


 なおも魚辰のおじさんは営業スマイルを崩さずに迫ってくる。


「おっちゃんのお願いを聞いてくれたら、今度からお買い物に来てくれた時におまけ付けてあげたくなっちゃうかも知れないなぁ」

「汚ねぇ!」

「咲くん、説得出来たらって言ったの咲くんだろ。余計な口出ししないでくれるかな」

「えっと、困ってらっしゃるんですよね」

「そう! もうおじさん困っちゃって。美晴ちゃんは優しいなぁ~」

「魚辰のおっちゃん、美晴の肩組むな!」

「咲くんがいいなら……いいですよ」


 私の肩に乗せられたおじさんの引き剥がしていた咲くんが、驚愕の表情で目を見開いた。反対におじさんは歓喜の表情を浮かべ、私達の腕を逃げられないように一本ずつ掴むとアーケードを催し会場まで引っ張っていった。




 

 かくして、アーケードの一角に設えられた舞台の上に私達は乗せられた。


 他の出場者はというと、京子先輩と西先輩のカップルと、もう1組は大学生風のカップルだった。男の人の方は見たことがある。確か【桔梗庵】で着物の女性と一緒に働いていた店員さんじゃないかな。


 審査員といって舞台に向かい合わせに座っているのは、商工会のおじさんたち。その後ろを通行人がチラチラと見ながら通り過ぎていく。


 実行会長らしいおじさんが、マイクを叩いてボンボンという音が響いた。


「えー、本日はお寒い中、ミツバ商工会主催の催しにお越し下さりありがとうございました。本日はバレンタインデーと言う事で、ミツバ商店街公認のベストアベックを決めるというですね。あー、催し物をやっていきたいと思う訳でございまして、このように沢山の出場者のみなさんに集まって頂きました」


 3組ですけどね。


「ベストアベックに選ばれたアベックにはですね、賞金と副賞を用意してますので、みなさん頑張ってください。他のアベックさんにもですね、参加賞をささやかではありますが、用意してますので。えー、お買い物中の皆さまもですね、是非足を止めて応援していって貰いたいと思います。では、次に商工会会長の松坂宗篤より開会のあいさつを頂きます」


 まだ挨拶終わらないんだ。

 次に審査員長席に座っていた白髪をオールバックに流している厳めしい顔のお爺さんが立ち上がり、マイクを握った。

 顔も顎がしっかりした四角い顔で、身体も骨太な感じにしっかりしている。だけど、太っているってわけではないそのお爺さんは、利休鼠色の着物がよく似合っていた。

 商工会長さんてことは、金剛寺先輩と隼人くんのお爺ちゃんってことか。

 そう言われてみれば、金剛寺先輩に似ているかも。


 長々とした挨拶の端々に出てくる「アベック」って言葉はなんだろう。聞き慣れない言葉に、何が始まるのか皆目見当付かないでいた。


「――会長、ありがとうございました。ではさっそく、第一審査と参りましょう」


 大柄なおじさん達の手によって、舞台に大きな壁が運びこまれた。壁はどうやらべニア板で出来ているらしく、小さな穴が3つボコボコボコッとあいている。ところどころ同色のガムテープで塞がれている穴があるのを見る限り、もっとたくさんの出場希望者の数を見込んでいたんだろうなぁ。


 進行係のおじさんに言われ、私と京子先輩と桔梗庵の男の人の連れの女性が壁の裏に回る。舞台から顔が見えないから緊張しなくていいかも。


 穴から右手を出す様に言われて、素直にそうした。


 小声で隣にいる京子先輩に声を掛けてみようと思った。


『京子先輩……西先輩と付き合ってたんですか?』


 すると、京子先輩はフルフルと首を横に振り、困ったように笑って小声で返した。


『頼まれて断れなくて……』


 とすると、もしかしたらあちらの大学生風の女性と男性のカップルもやらせなのかも。


 おじさんたち、本当に困ってたんだ。


「準備が出来たようですね。これから順番に穴から出している手と握手をして貰い、自分の彼女の手を当てて貰いましょう。恋人の手を間違えることは無いと思いますがチェックさせて頂きます。クジで引いた順番にどうぞ」


 出している右手に手が触れる。

 最初の手は、乾いていて冷たい。男性の手にしては指が細く手の平が柔らかい気がした。きゅっとにぎると直ぐに離れていった。

 次の手は、温かくてしっとりしている。大きい手は、私の手をすっぽりと覆い、そして離れていった。

 最後の手も温かい。皮が厚いのかな。握った感じが少し硬くて、でも指は長くて、しなやかで、なぜだか胸の奥がきゅうんとする。他の手よりも少し長く握っている気がした。


「では彼女と思われる手をもう一度握って貰いましょう」


 私の手をもう一度握った手は、最後に握手した手で。

 咲くんじゃなかったらどうしようって、ドキドキした。


「では、彼女の顔を見てみましょう」


 べニア板の上半分は取り外しが出来る仕様だったらしく、取り払われる。

 目の前には、やっぱり咲くんがいて、私の手を間違いなく握ってくれていた。






 

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