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おいしい料理のつくりかた  作者: 紅葉
おいしい料理のつくりかた本編
47/82

メニュー27 気持ちを込めて 2

 やっぱりやってしまった。

 止めておけば良かったかもしれないと、オーブンレンジの扉を開けて後悔した。


 でも、半分、いや、90%玉野先輩に作ってもらったようなケーキを、自分が作ったみたいな顔して咲くんに渡したくないって気持ちの方が大きかったから。

 背水の陣を敷くつもりで、夕食後に家族で食べちゃったから、お兄さんと作ったケーキはもうない。フワフワしていて、缶詰のフルーツとホイップクリームを載せただけなのに、すっごく美味しかった。

 口の中で溶けるように、空気を含んだスポンジケーキがふわっと消えた。



 だけど……同じように作ったはずなのに、こんなに失敗するなんて、思いもしなかった。

 なんで、どうして?

 分量は一緒でしょ? 電動ミキサーは無いけど、筋肉痛になるくらい攪拌頑張ったのに。


 出来あがったカップケーキは、膨らみすぎて不格好にでろんとカップからはみ出していた。

 でももう作り直す材料がないよ……。


 がっくりと手を突いた2月の深夜の床は、現実と同じく冷たかった。






 

 朝、登校してみると、教室内は男子も女子もフワフワ、ソワソワしていた。


 バレンタインデーだもんね。


 私もどのタイミングで咲くんに渡そうか、はたしてこれを渡していいのか、ってドキドキするもん。

 ああ、くま出来ちゃってないかなぁ。  


「おはよー、美晴。はい、友チョコだよ」

「私からも」


 彩子ちゃんと涼夏ちゃんが、可愛いラッピングの小さな袋を手渡してくれた。


「ありがとう。私からも」


 通学鞄からピンクの小袋の口をミニ薔薇の飾りのついたワイヤーで留めたチョコを二つ取り出す。中には、デパートで買ったバラ売りのチョコが入っているのだ。てんとう虫とコインとキノコの形に銀紙に包まれているそのチョコは、味見をさせて貰ったらすっごく美味しかったので即決してしまった。知らなかったけど、外国の有名なチョコメーカーなんだって。


「彩子ちゃ~~ん、チョコちょうだい!」


 背中をドンと押されてタタラを踏む。


「ちょっとケンタ!」

「ゴメン渡瀬」

「ううん、大丈夫」


 答えながらも鞄の中のアレを見る。

 よかった、潰れていなかった。


「ったく、しようがないわね。義理よ、義理、義理!」


 彩子ちゃんが仕方なさそうに顔を顰めて、チョコの入ってる箱をケンタくんに渡していた。

 でも、友チョコでもなさそうなパッケージなんだよね。用意していたんだね、きっと。


 他にも倶楽部で一緒の子とか、クラスで良く喋ってる子なんかにも中間休みや昼休みに友チョコや義理チョコを配り、いよいよ鞄の中は例のものが1袋になってしまった。


 今日に限って咲くんは、男子友達と楽しげに話していて一人になる気配がなくて、いつどんなタイミングで咲くんに渡していいのか分からなくなってしまう。いや、別に声を掛ければいいんだけど、今日のこの日に男子に声を掛けて呼び出すって、いかにもでしょう?

 付き合ってるんだから遠慮しなくてもいいんだろうけど、なんていうか、恥ずかしくて声がかけづらい。


 何とも思っていない男の子になら「ちょっと、ちょっと」って声掛けられるのにね。


 

 3年生の先輩の教室に友チョコを持って行った時には、のりこ先輩の変な噂が耳に入った。

 でものりこ先輩は気にしてないみたい。京子先輩はちょっとピリピリしてるみたいだったけどね。

 早くこんな噂消えちゃえばいいのに。

 受験で神経質になってるからって、こんな形で攻撃するなんて卑怯だ。

 それに! のりこ先輩は玉野先輩が好きなんだから!!

 それにね! 実は玉野先輩ものりこ先輩の事が好きなんだから!!


 幼馴染で初恋なんて、素敵、素敵!!

 いや、はっきり聞いた訳じゃないんだけどさ。


 昨夜、機嫌良さそうな玉野先輩に勇気を出して聞いてみた。


『玉野先輩って、好きな人いるんですか?』って。

 

  玉野先輩は最初、質問の意味が分からないようで、怪訝な顔をした。


 そして『キミは咲の事が好きなんだろう?』とトンチンカンな返事が返ってきたけど。

 それで『私の事じゃなくてですね、玉野先輩に聞いてるんです』と返したら、赤い顔をして『どうしてそんな事をキミに言わなくちゃいけないんだ』と玉野先輩の声の温度が下がった。

『……例えば、身近に好きな人がいるとか?』と追い打ちをかけたら、ますます赤くなって、ちょっと悪ふざけをし過ぎた。うん、今でも反省してます。調子に乗り過ぎたな、って。


『……春子さんは?』

『バカか、キミは。春子さんは結婚しているだろ』

『え? でも、シングル……』マザーなんじゃ……。

『彼女の旦那さんはカメラマンで、世界を飛び回っている。帰ってくるのは一年に一度だけだそうだが』

『そうだったんですか。じゃあ、のりこ先輩……』


 思い切って踏み込んだら、これまでで一番赤い顔をして、怒った顔でケーキの入った箱とコートを強引に持たされて、店から放り出されてしまった。


『他人の事より自分の事を心配したらどうだ? ……後片付けはしておいてやる。不器用モノのキミには到底任せられないからな。人のプライバシーに土足で入る暇があったら、料理の練習でもしろ。明日の健闘を祈る。じゃあな!!』


 バタン、カランカララン。と鼻先でドアが閉まった。



 ハァ……。大失敗です。

 ちょっとは仲良くなれたかと思ったら、また大暴落。

 自業自得なんだけど。

 

 




 下校でざわつく校内で、動悸だけが速まっていく。

 咲くんに今日中に渡したい渡さなければと焦る。


「美晴? 帰れる?」


 急に声を掛けられビクンと飛び上がってしまった。


「うん、帰れる」


 そうだ、いつも一緒に帰ってるじゃない。

 その時に渡せばいいのよ。


 

「美晴、今日はバイトは?」

「今日は休みなの。桃ちゃんのお遊戯会でお店が臨時休業だから……」


 そう、と咲くんが頷く。


「元気ないな」

「うん、ちょっと。昨日またお兄さん怒らせちゃって」

「兄貴を?」


 ここまで話したからには、話さなくちゃ納まらないだろう。

 かくかくしかじかと話せば、咲くんにもコツンと小突かれた。


「それは美晴が悪い」

「うん、ごめんなさい」

「謝る相手が違うだろ」

「うん。……今度会った時に謝ってみる」


 胸の中に秘めている想い。誰にでもあるよね。キラキラして宝石みたいに大切にしている部分に土足で踏み込んで、最低だ私。

 

 元気付けるように咲くんの手の平が、くしゃりと頭を撫でていった。


「ところでさ……」

「あ! 私! 咲くんに渡したいもの、あるんだけど……」

「うん」


 改めてその酷さに鞄から出すのを少しためらいながら、ゆっくりとそれを取り出した。


「あのね、ちょっと失敗しちゃったんだけどね。だから、なかなか渡せなくて。でもやっぱり作り直す! 作り直させて!! 咲くん、今日お店の手伝い無いなら家に上がって行ってよ」


 驚きに見開かれた咲くんと、その反応に驚いた私の視線が絡まる。


「今はうちに誰もいないし、遠慮しなくていいから」


 そう続けると、またまた頭を抱えてしまった咲くん。どうしたの?


「余計上がれないから、それ」


 苦笑いしながら咲くんは私の手からカップケーキの入った袋を攫っていった。


「失敗してようが、まずかろうが、美晴が俺のために作ってくれたものだから、これでいい。ありがと」

「うん……」

「あのさ……ちょっと散歩しようか」


 はにかんだ表情で咲くんが恥ずかしそうに言うから、私も顔が真っ赤になってしまった。

 

 咲くんの指が私の手を捕まえる。


 そうして、繋いだ手を組み替えて指と指の間に咲くんの指が絡まる。


 これって、これって、恋人繋ぎだよね。

 うわぁ、照れちゃう。


 どうしよう。

 ヨシくんと付き合っていたときってこんなにドキドキしたっけ。

 恋人繋ぎってしたっけ?

 キス……結局しなかったな。

 ってことは、ファーストキスは咲くんなんだよね。

 えへへ。


 ぽやんと過去を思い出していたら、急に息苦しくなった。咲くんが私の鼻を摘まんでいる。


「いはい、いはいれす、はふふん(痛い、痛いです、咲くん)」

「美晴、何を考えていた?」


 ぎゃあ! ま~た、笑顔で黒いオーラが出てるよ。


 そのまま言ったら絶対咲くん怒るもん。言えるわけないよ。


「なんれもないれす」


 ようやく放してもらった鼻をさすりつつ、笑う。

 

「こーら。笑って誤魔化さない」




 自宅のマンションは通り過ぎ、今は花も葉もない桜並木の堤防を川沿いに歩く。

 早春とはいえ、2月の日暮れは早く犬の散歩をしている人も、ランニングをしている人も見当たらない。

 びゅうっと川風が吹きつけて、ふわりとスカートがひるがえった。


 コンクリートの階段を降りて、斜面を下ると空を映して鼠色の川が悠々と流れている。

 いつも誰が座るんだろうと見下ろしていた、堤防下の遊歩道にところどころあるベンチのひとつに並んで腰を下ろした。


「これ食っていい?」

「うん」


 咲くんがゆっくりとラッピングバッグを開く。中からはいびつな形のカップケーキが出てきた。

 魔法や奇跡が起きて綺麗な形になったりはしていない。


「いただきます」

「……どうぞ」


 やや緊張しながら咲くんの動きを見守ってしまう。


 紙を剥がすと豪快に咲くんの口の中に消えていった。


 ん? と考えた後、咲くんの表情が柔らかくなる。


「なんだこれ。美味い」


 クスクス笑いながら「食べてみ?」と差し出された。ちょっと躊躇って、かじりつく。


 甘い……。


「ドコが失敗だって?」

「……見た目が良くないの」

「すっげ! ジャムとカスタードクリーム入ってるじゃん」


 え!?


 慌てて覗きこめば、それは生焼けの生地で……。


「ゴメン」


 咲くんの指が俯いた顎にかかって、ちょっと上向きにされた瞬間に、ちゅ。

 ぼわんと熱くなった頬を両手で包みこみながら咲くんを窺うと、彼もも真っ赤な顔で川面を見つめている。


「俺はお菓子作りの事はよく分からないけど、美晴が俺のことを思って作ってくれたケーキ、美味かったよ」

「嘘」

「俺がショートケーキ好きだって言ってたの覚えていてくれたんだろ」


 無言でコクンと頷く。

 でも、生イチゴも入って無くて、生クリームも入ってないけどね。

 だって、スポンジケーキにイチゴジャム入ってるだけだもん。


「美晴が俺の為に頑張って作ってくれたのが嬉しい」


 ……。


「俺の事を考えながら作ってくれたのが嬉しい」


 重ねられた優しい言葉に視界が滲む。

 こんなつもりじゃなかったのになぁ。

 私、失敗ばかりだよ……。


 咲くんの優しい声にポロン、ポロンと涙が溢れて、紺のスカートに群青色の染みが出来た。


「確かにこれに生クリーム絞ってくれたら、完璧ショートケーキの味になるよな」

「ヒド……」


 楽しそうに感想を漏らすから、涙に濡れたままの顔で咲くんを睨んだ。顔をあげた先にあった咲くんの表情は声と一緒で優しくて、そして困ったように微笑んでいた。


 手渡されたハンカチで目許を押さえる。くちゃってしていて男の子の匂いがする。


 私が落ち着いてきたのを見て、咲くんがもう一個のカップケーキにも手を伸ばす。


「咲くん、生焼け食べちゃダメだよ。生の小麦粉はお腹壊すってば」


 あわわっ。

 咲くんが最後まで食べようとしてくれるのを必死で止めようとしたけれど、すでにお腹の中に収まってしまったようだ。


「ごちそうさま」

「もお」


 嬉しそうな咲くんの笑顔に、恥ずかしさと喜びと、そしてちょっとした敗北感を感じて頬を膨らませれば、その膨らんだ頬を突かれた。



 お腹痛くなっても知らないんだから。

 カップケーキ、絶対リベンジしてやる。

 

 

 

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