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おいしい料理のつくりかた  作者: 紅葉
おいしい料理のつくりかた本編
46/82

メニュー26 気持ちを込めて

「制服、可愛いね」

「そう、かな。ありがと」

 

 軽めのジャブが出された。

 滅多に言わないストレートな咲くんの褒め言葉……恐ろしすぎる。

 思わずカウンターの奥へと一歩引っ込んでしまった。

 ここなら関係者以外お断り! 私のサンクチュアリ!

 鬼ごっこで言えば、バリア場!!

 ちなみにこの制服、機能的でシンプルイズベストで可愛いとは……ちょっと違うと私は思う。


「ここで兄貴と仲良くバイトしてたんだ?」


 カウンターに肘をついた不気味な笑顔の咲くんによる尋問は続く。


「あ……バイト探してたら紹介してくれて」


 私のバカ! 嘘の上塗りしてるじゃん。


 ちょっ! 玉野先輩もドアの隙間から顔を出して、シーってなんですか!

 シィーって!!

 

「俺より兄貴を頼ったんだ?」

「あ、いや。そういうわけじゃないんだけど……ええとね。黙ってた事、怒ってる?」


 俯いたまま、視線だけで咲くんを見る。すると不自然なニコニコ顔は消えていて、いつもの不機嫌そうな顔に戻っていた。何故だかホッと胸をなでおろしていると咲くんが少し拗ねたような口調で言った。

 

「ひとこと言ってくれても良かったんじゃないかって思ってる」

「そうだよね……」

「俺もイジワルな聞き方して悪かったとは思うけど。実は俺、本当は美晴がここでバイトしてるの少し前から知ってたんだ」

「え! なんで!?」


 その時、カラカランと来客を報せる鐘が鳴った。年配の男性が一人新聞を脇に抱えて入って来て、手近なソファに座ると同時に新聞を広げ始める。


「いらっしゃいませ」


 お冷を用意し、保温庫からおしぼりを出して準備している間に、咲くんは冷えてしまい苦くなったコーヒーを顔を顰めながら飲み干したようだった。


「美晴から聞きたかったから黙ってたけど。なあ、美晴はここが何処だか分かってる? じゃ、ごちそうさま」


 謎かけのような言葉を一言残して咲くんはお冷を運ぶ私の横をすり抜けてドアベルを慣らし、アーケードへと出て行ってしまった。

 カラカランと高い音を出す鐘を、咲くんが消えたドアをしばし見つめてしまった。


 ここは何処って……商店街でしょ?



「おや、咲坊と喧嘩かい?」


 お冷とメニューをテーブルに置くと、それに気付いたお客様は、やおら新聞を畳み脇にやりながら、にやりと含み笑いをして話しかけてきた。

 そのお客様は、いつぞや【ねこまんま食堂】で赤魚の煮魚定食を配膳したことのある常連のおじさんだった。



「喧嘩じゃないですよ」


 たぶん。


「おや、そうかい。どれどれ……今日はどれを飲んでみようかね」


 赤魚定食のおじさんは眼鏡を胸ポケットから出すと、メニューを開いた。


「悩めや~乙女~、ってか」


 おじさんは妙な節回しで歌いカカカと笑った。



◇◇◇


「で、キミはどんなものを作りたい?」


 2月13日、バレンタインの前日、私と玉野先輩は【カフェ・プリマヴェーラ】閉店後、奥の厨房にいた。春子さんはお子さんの事があるから実家へと帰ってしまい、鍵を預かり戸締りを任された。


 調理用の白衣をまとった玉野先輩の銀ぶち眼鏡がキランと蛍光灯の光を反射する。


「えっと、希望を言ってもいいんですか?」


 玉野先輩はちょっと肩をすくめるとうっすらと微笑んだ。


「もちろん。キミが咲に贈る物なんだから当然だろ」

「それじゃ……」


 実はこっそり決めていたものがあるのだ。……チョコレートじゃないんだけど。


「えっと、あの……ショートケーキの…作り方教えて貰ってもいいです…か?」


 玉野先輩は少し目を見開くと、意外そうに言った。


「チョコレートでなくていいのか?」

「はい」


 これは決めていたことだから。


「ふぅ……ん、まあ、キミがそれでいいなら、いいけど」


 玉野先輩は調理台に薄力粉、グラニュー糖の袋を載せ、バターと卵を冷蔵庫から取り出した。


 材料を計量し、卵をボウルに割っていく。


「白っぽくなるまで掻き混ぜて」


 ハンドミキサーでウインウイン掻き混ぜている横から、グラニュー糖が追加された。


「うん、もういいかな」


 うわぁ! びっくりした!!


 真後ろで、耳の横で喋るの止めて貰っていいですか。


 玉野先輩は勝手に手からハンドミキサーを取り上げ、ボウルから出して垂れた生地で8の字を書き、鷹揚に頷いた。


「次は振るった小麦粉を90g」


 ハンドミキサーの代わりにボウルにはゴムべらが突っ込まれた。


「ボウルを回しながら、底から上へと返しながら混ぜる」


 ゴムべらを持った手を玉野先輩の大きな手が包みこんで、誘導されるように掻き混ぜさせられる。

 次第にふわふわとクリーム色した卵と砂糖の泡の中にゆっくりと小麦粉が渦のように巻き込まれて混ざっていく。

 姿が見えなくなると、玉野先輩の声が少し咲くんに似ていて……どうしてだか動悸が早くなってしまう。

 


「溶かしたバターを30g」


 玉野先輩の持ったちいさな鍋から黄色くてとろりと溶けたバターがたらりと生地の中に垂れる。

 帯状に流れ落ちたバターは再び混ぜられ、生地に合わさっていく。


「あとはこれを型に入れて余熱をしたオーブンで焼く」


 用意しておいた型に生地を流し込む。

 滑らかなクリーム色の生地は、美しい織物のように滑らかに型の中に落ちて行く。

 ゴムべらを使ってボウルに残った生地を掬い出すと、型をトントンと軽く台に打ち付けた。

 

 オーブンの様子を見に背中から玉野先輩が離れていって、思わず調理台に両手をついて深呼吸した。


「どうした?」


 振り返ってそう聞いてきた玉野先輩は、今まで見た事のないような楽しげな笑顔で。思わず2度見してしまったのは内緒。

 料理している時の咲くんと一緒だなぁ、なんてほっこり思った。

 焼けるまでの間の休憩に熱いコーヒーを2つのマグカップに注いだ。


「あの……玉野先輩?」


 今なら言えるかも。

 少しだけ勇気を出して、聞いてみた。




◇◇◇


 大きなハート型に焼かれたスポンジケーキを眺める。


 玉野先輩はこれにフルーツを挟むなり、チョコレートクリームを塗るなり好きにしろって言ってくれたけど……。


 明日はバレンタインデー。


 咲くんに渡すケーキは、これじゃダメだと思った。

 だから家族が寝静まった時間にも関わらず、台所に電気を点ける。


 玉野先輩に書いて貰ったレシピを見ながら、段取りを、手付きを思いだしながら。


 家にはあいにくケーキの型は無かったけど。



 

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