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おいしい料理のつくりかた  作者: 紅葉
おいしい料理のつくりかた本編
42/82

メニュー24 筑前煮

 今日の放課後は料理倶楽部の活動日。

 

 西先輩がホワイトボードに書いたメニューは、赤飯、筑前煮、鱈のムニエル。


 私と咲くんは揃って筑前煮担当になった。登校してすぐに水に浸けて冷蔵庫に入れてあった干ししいたけは、ぷっくりと水を含んで戻っている。

 

「美晴、その戻し汁捨てるなよ」

「うん」


 ヤバかった! もう少し遅かったら捨てていた!!

 セーフと、胸を撫で下ろす。

 咲くん曰く、この戻し汁にはグアニル酸という旨み成分が溶け込んでいて、これを出汁にして煮汁を作るのだそうだ。


「人参、レンコンは乱切りに」

「乱切り?」

「そう、こうやって切った面を上に向けて斜めに包丁を入れる……と、やってみ」


 咲くんは人参をサクサクと3度面を変えて切ってみせてから、私の前のまな板に残りの人参を置いた。切った人参はボウルの中に。そして鶏のモモ肉をトレイから出すと、なにやら作業を始めた。

 白っぽい筋を切ったり、淡黄色の部分を取り除いたり、包丁の切っ先が肉の上で鮮やかに踊る。


「これは何をしてるの?」

「これは……」

「お肉の下処理よ、美晴ちゃん」


 咲くんの言葉に被せるようにのりこ部長の説明が入った。


「余計な脂肪を取り除いたり、筋を切ったりね。これだけで随分摂取カロリーが減るし食べやすくなるのよ。皮は嫌がる人も多いけど、私は結構好きだな」

「鳥善の『カワ』の串焼き美味しいよね!」

「ありがとうございます」


 のりこ部長のうんちくの後に、京子先輩の合いの手が入り、隼人くんがすかさず話題に交じって笑顔でお礼を言った。

 そうか、鳥善は隼人くんのお父さん側のお爺ちゃんのお店だもんね。一度食べてみたいな、鳥善の焼き鳥。


 皆の手は止まってわいわいと話している横で、咲くんはひとり黙々と作業を続けていた。

 フライパンを出して皮を下にしながら鶏肉を焼いている。ジュワジュワとした雨にも似た音が調理室に響き、香ばしい匂いが立ち込めた。


 フライパンから目線を上げた咲くんが、のりこ部長を見て笑顔で言った。


「先輩方、ムニエルの方は順調ですか?」

「ん? 順調、順調!!」


 のりこ部長が笑顔で返事した直後、「女将~!」と焦った声が別の調理台から、のりこ部長を呼んだ。


「じゃあ、タマちゃんもいるからこの班は大丈夫だろうけど、大事なことは『みんなで協力!』だよ。二人の世界を作らないように!」


 のりこ部長はそう言い置いて、ニマニマ笑いを浮かべつつ声の元へと離れていった。


 そんなに二人の世界を築いていたかな……。

 はあ……頬が熱い。



 

 



「ねぇねぇ、今日の献立、どうしてお赤飯でしょう?」


 筑前煮を小鉢によそっていると、のりこ部長がむふふと含み笑いをしながらにじり寄ってきた。


「え? さあ? え? なにか意味があったんですか?」


 戸惑いながら聞き返すと、のりこ部長がにんまりしながら、耳を寄せてきた。

 

「美晴ちゃんとタマちゃんのお祝い♪」

「へ!?」


 お祝いされるようなこと、あったっけ?

 予想外過ぎて思わず大きな声が出てしまった。

 他の部員が「どうした?」という顔で振り返る。

 咲くんはいつにもまして怖い顔をしている。


「さ、試食タイム♪ 試食タイム♪」


 爆弾を落としてルンルンとのりこ部長は、自分の担当の班へと戻って行った。


 



「え? お兄さん、おじさんと喧嘩してるの?」


 試食しながらの会話で咲くんが隣にいる私にだけ聞こえる声でぼやいた。


「何があったの?」


 首を傾げて次の言葉を待っていると、咲くんが言葉を濁す。


「……ま、色々あってな」

「そっか。家族が喧嘩してると辛いよね。話なら聞くから無理しないでね」

「……それより美晴も最近何か俺に隠し事してないか?」

「ええっ!! ううん、何も!!」


 じぃっと瞳を覗かれ、心臓がドキドキ暴れる。

 ううう。目を反らしたらダメだよね。


「あっそ」


 咲くんの瞳がすいっと離れていって、何事もなかったかのように筑前煮の椎茸を口に運んだ。

 ちくん、と罪悪感の棘が刺さった。



 調理室の後片付けが終わり、ハンカチで濡れた手を拭っていると、咲くんが再び隣に立った。

 鞄も持って、帰る準備万端だね。


「……美晴帰るぞ」

「う、うん」


 早足で歩く咲くんに置いていかれないように、慌ててエプロンを解いてセカンドバッグに入れると咲くんの背中を追い掛ける。

 

 バイトのこと内緒になんかしなきゃ良かったな。

 そうよ考えてみれば、お菓子作りを習うことは内緒でもバイトのことは内緒じゃなくてもいいんだよ。



 お店の手伝いもあるのに、わざわざ自宅を行き過ぎてまで送ってくれるのが申し訳ないと思いつつ、一緒にいられる時間が増えて嬉しくなる。

 騙しているのに、一緒にいられる時間が嬉しいなんて、なんて酷いことしているんだろう。

 いっそのこと、言えば良かったんだ。

 さらっとなんでもない顔をして「私、バイト始めたんだ」って、それだけの会話なのに。


 だけど最初に内緒にしていたバイトのことは、どうしてだか、なかなかうち明けられないでいた。



 道々の話題はもうすぐ卒業する3年生の追い出し会と、それから4月の新入生歓迎会のこと。

 料理倶楽部では新3年生が中心になって、この二つのイベントを取り仕切るんだって。

 内容はビュッフェ形式のお食事会。

 献立の組み立てとか、色々大変そうだなぁと今から思う。


 だってさ、献立を考えるって本当に大変なんだもの。

 以前ヨシくんに作ってあげたお弁当も「お弁当って何入れたらいいの~?」とメニューを決めるのに、お料理雑誌に首を突っ込んで悩んだし。 結局失敗ばかりしちゃったんだけど。

 お母さんも「毎日の献立を考えるのが面倒なのよ」とすっかりトクケイのプランにお任せになっちゃってるし、私が夕ごはんに一品を追加で作るようになったって言っても、結局のりこ部長たち3年生が考えてくれた料理倶楽部のレシピをおさらいしているだけだもん。


 そうだった!


 春からは通常の倶楽部活動の献立も考えていかなきゃ!!


 ……咲くんがいてくれるから何とかなるかな?


 思わず咲くんの顔を見つめていたら、視線に気づいたのか咲くんがニヤっと笑う。


「なに?」

「春から3年生だね。倶楽部の献立決めるの大変そうだなって思って」

「なんとかなるよ」


 頭に咲くんの手が乗っかり、ポンポンと小さな子どもにするようにあやされた。


「ま、美晴が部長になることはないだろうから安心しとけ」


 そのイジワルな物言いには少し引っかかるけれど、部長なんて無理です、はい。

 

「んじゃ、また明日」

「ありがとう」


 来た道を戻っていく咲くんの背中を見送ってから、急いで自宅に入る。

 私服に着替えて自転車の鍵を掴み、ミツバ商店街へとペダルを漕いだ。



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