メニュー03 殻なし玉子焼きが焼けるようになりました♪
「部長~。文化祭って、各クラスの出し物とかもあるんですか?」
質問したら、南部長がにっこり微笑んで頷いた。
「あるわよ。詳しくはそのうち文化祭実行委員からホームルームで説明があるでしょうけれど、簡単に言うと文化祭は二日間あるの。一日目に各クラスの発表があって、歌とか劇とか学習発表とかを体育館でするのよ。二日目は各クラブの発表。発表は何でもいいんだけど、文化部はやっぱりクラブ活動の発表の場かな。運動部は食べ物の屋台をしたり、模擬試合を見せたりなんだけど、メインイベントがやっぱりクラブ対抗人気投票よね! うちは料理倶楽部だから活動発表がまんま屋台なんだけど。毎年いいセン行くんだけど、優勝したことはないのよねぇ、強敵は剣道部の唐揚げチキンと吹奏楽部の演奏会なのよね」
その時、家庭科調理室の扉がガラッと開けられた。
料理倶楽部の面々は何事かと扉の方を見た。
「その通り。中立の立場ゆえ大っぴらには応援できないが頑張れよ、咲」
「兄貴……何しに来たんだよ」
入ってきたのは三年生の背の高い男子。サラっとした長めの前髪に銀縁インテリ眼鏡をかけている他は、顔は玉野くんにそっくり。
玉野くんがアイタタタ……な、顔をして呟いた。
この前会えなかった玉野くんのお兄さんか。
柔和な笑顔のまま、神経質そうな長い指でクイッと眼鏡を押し上げる動作なんか、ちょっとナルシスト入ってるみたいなんだけど、似合うんだな、これが。
「いらっしゃい玉野君、肉じゃが食べていく?」
「ありがとう、のりちゃん。今日は遠慮しとくよ、あまり時間がないんだ」
「あら、残念」
南先輩がどこぞのお母さんが息子の友達に夕飯食べていく?みたいなノリで誘う。
先輩~、肉じゃがもうお鍋にないですよ! 全部配っちゃいましたからっ!
自分のおかずを取り上げられては大変と口の中に掻き込んだ。
そんな誘いを断って、近寄ってくる足音にびくっとする。
「君が渡瀬美晴ちゃん?」
もぐ……。
いっぱい頬張っているので、すぐには返事出来ない。
とりあえず頷いた。
その反応に満足そうなお兄さん。
「君が咲の彼女か。情報によると君は重度の料理オンチで家庭科の前期考査は赤点再テストだったそうだね。お料理の出来ない彼女なんて、僕は咲の彼女として認めないからね」
口に頬張りすぎて直ぐに反論出来ず、部員のみんなも唖然としている。
「兄貴! コイツは俺の彼女なんかじゃないっ!!」
玉野くんがひとり真っ赤な顔になって噛みついてくれたけど、お兄さんは玉野くんをぎゅうっと抱き締めて頭をヨシヨシした。
確かに付き合っている事実は無いんですが、そんなに力んではっきり言われるのも女子として少し哀しい。
「ははは。照れちゃって可愛いな、咲は。そうか、彼女じゃないのか、そうか」
玉野くんがお兄さんの腕の中で不機嫌丸出しの表情で、眉間の血管が切れそうに怒っている。
ひとしきりムツゴ○ウさんのように玉野くんをナデナデした後、「じゃあ、文化祭を楽しみにしてるよ♪」なんて手を振って愛想よく出ていってしまった。
……どうしてくれんだ、コレ。
怒りすぎて頭から湯気出てるよ。
「渡瀬はあんなこと言われて腹が立たないのか」
食器を洗いながら、玉野くんが言った。
「あ~、付き合う付き合わないは個人の自由だし……。誤解なので、ほっといてもいいかと……」
と、返事をしながら食器を布巾で拭きあげる。顔をあげると、玉野くんと目が合った。
玉野くんは複雑な顔をしている。
なんで?
「……兄貴はさ、ずっとあんな感じなんだよな。べたべた構ってくるし、俺はもう3歳児じゃねぇっつうの!」
「玉野くんが大好きなんだね」
兄弟がいないから分からない感情。
羨ましいと言ったら玉野くんはまた怒るだろうか。
「大体、認めるとか認めないとかなんだよ!!」
プリプリと頭から湯気を立てながら、それでも食器を優しく洗う玉野くんの手つきを見ていた。
「ほらっ」
洗った皿を手渡しされる。それを受けとって布巾で拭くんだけど、別にシンクの脇に重ねて置いてくれればいいのにね。いちいち手渡しするから誤解されるんじゃ?
ほら、もう。
床を箒で掃いてる先輩や、向こうで生ごみを集めてる後輩もニヤニヤした目付きで見てるじゃん。
「ほらっ! ぼーっとすんなよ」
「……はいはい」
◆◆◆
「えーー!! 500枚??」
「そう、毎年優勝の剣道部の唐揚げチキンに対抗するには、そのくらい売上なきゃ、なのよ」
南部長が言うには、文化祭当日、屋台での直接のお金のやり取りは禁止されているのだそうで、全員に10枚ずつ投票用紙兼食券兼入場券が生徒会から配られるのだそうな。
日曜日にあたる二日目は親兄弟もお客として来る。そう言えば事前にチケットを買うかどうかのプリントが配られたっけ?
それを屋台での飲食に使ったり、吹奏楽部の演奏会のチケットに使ったり、ゲームなどの参加券に使ったりするんだって。
二日目の17時に文化祭が終了して、各部で集計。もちろん不正の無いように生徒会役員立会いのもとで。
お好み焼き500枚……キャベツをどれだけ千切りしなくちゃいけないのか、私はその時、本当の意味で理解していなかった。
「ところで、今日ホームルームで話し合いあったでしょ? 美晴ちゃんのクラスは何に決まったの?」
「劇です」
「何? 何するの?」
「白雪姫です」
「わぁ! 楽しみ♪ 配役は決まったの?」
「えっと、私は小人Bです。玉野くんは……王子」
最後のところだけ玉野くんに聞こえないように、こそっと南部長に耳打ちした。
だって、自薦、他薦を募ったところ、圧倒的多数で玉野くんが推薦されて、仁王のような顔してたんだもん。
ちなみに白雪姫は、うちのクラスの一番の美人ちゃん。推薦じゃなくて自薦ってところが……。
なんでこの学校、キャラの濃い人が多いんだろう。
ギロリと据わった目付きの玉野くんの視線を感じたので、慌ててお好み焼きの材料発注の打ち合わせに話を戻す。
ひぃぃ~、仁王様が近付いてきたよぉ~!!
「南部長、仕入れは俺の親父が店の仕入れと一緒にやってくれるから数、出してくれって。スーパーとかで買うより多分仕入れ値だいぶ節約できると思う」
「やった! ありがとう! 今日お礼言っとくわね」
南先輩はルンルンとスキップしながら家庭科調理室を出ていった。
今日もバイトだそうな。
三年生なのに。
さすがエスカレーター付きの私立は違うなぁ……。
◆◆◆
その夜、私は玉野くんがやっていたようにだし巻き玉子を焼いてみた。
学校帰りに昆布と鰹節、卵を買い揃え、いざ!!
水分の多い卵液は、玉野くんのように菜箸で上手く扱えずぐちゃぐちゃの仕上がりに……。
でも、お母さんとお父さんは涙を流して感動してくれた。『美味しい』って言って、全部食べてくれたのだ。誰かの為にお料理を作ることって幸せだと感じる。愛情があれば味は二の次じゃない。美味しいって喜んでくれるように作るのもまた愛情なんだと思った。
でも、切実な問題がひとつあった。
それは、お小遣いが足らないこと。
その殆どは、料理倶楽部で玉野くんに教えて貰ったことを復習するための食材へと姿を変えている。
……バイト、しようかなあ~。