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おいしい料理のつくりかた  作者: 紅葉
おいしい料理のつくりかた本編
39/82

メニュー21 新学期

 冬休み明けの初日。

 朝、少し緊張しながら、いつものように登校した。

 いつものように教室に入り……。

 既に登校していて男子の友達と談笑している咲くんに自然に目が吸い寄せられた。


 さらさらの黒髪は、陽が当たってるところだけ茶色く見えて、耳の横だけ寝癖でぴょこんと跳ねていた。

 かわいい。


 声を掛けようか、と思った途端、テレパシーが届いたように咲くんと目が合った。


 全開の笑顔にはねた髪がぴょこんと揺れる。


 「おはよう美晴」

 「お、おはよう……咲くん」


 クリスマスの夜に彼彼女(カレカノ)の関係になった私達だけど、冬休み中の咲くんは、お店のお手伝いが忙しくて、次に会ったのは初詣のあの日だった。

 寂しくて、何度会いに【ねこまんま食堂】に行こうかと思った。


 思ったんだけど……。


 結局会いに行けなかった。


 会ったらきっと咲くんと離れられなくなると思ったから。


 ずっと話していたくて……咲くん仕事の邪魔になっちゃうと思ったから。


 はぁ……重症だよね。


 咲くんも同じ気持ちでいてくれるかなって、ずっとそればかり考えていた。


 だから久しぶりに会えて、面映ゆくて。どんな顔をしていいのか分からなくて……。


 最高学年になるのも目前の私達に、進路調査票が配られ、三者面談について担任の先生が話していた時も、窓側一番後ろの私は、廊下側の前から3つめの席に座る彼を前を見るふりをして、ぼーっと見つめてしまっていた。





「まるで恋煩いね」


 彩子ちゃんがそんな様子の私を見て苦笑した。


「付き合ってからこうなるのも珍しいけど」


 涼夏ちゃんも笑う。


「美晴にしては珍しいね」

「そうかな」

「だって担任の話なんか上の空だったじゃない」

「あ、三者面談するって言ってたね」


 彩子ちゃんと涼夏ちゃんが顔を見合わせる。


「なんだ、ちゃんと聞いてたんだね」


 ええ、まあ。


「で、進路どうするの?」

「美晴は当然四大でしょ?」

「う~ん、多分」


 帰り支度をしながら、男子と喋っている咲くんの姿が目に入った。

 

「そうそう!」


 うん?


「美晴はバレンタインどうするの?」

「バレンタインね……どうしようかな。彩子ちゃんと涼夏ちゃんは? ケンタくんと庄司くんに渡すの?」


 問えば、二人は同時に表情を一変させた。


「はぁ? なんでケンタに?」


 彩子ちゃんが秀麗な眉を跳ね上げ、涼夏ちゃんは、顔を赤くして、口をパクパクさせている。


「や……あ、秋生~? いや、それは無いでしょ。ナイナイ。欲しがらないから、絶対」


 そうなのかなぁ……。

 

「それよりさ、美晴は料理倶楽部なんでしょ? きっとすっごく手の込んだチョコとか実は用意するんじゃないのぉ~? 何てったって付き合って初めてのバレンタインだし?」


 にやにや笑いで脇腹をつついてくるのはやめて! こそばゆい!!



 みなさん、私が家庭科の前期テストで赤点取っちゃったの覚えておいでですかーー?


 期待しないで~~!!


「でも、相手は玉野シェフだよね……」


 今度は憐みの視線~~??

 いや~~、これも嫌ぁ~~!!


「……実はお菓子作ったことないの」

「えーー!! そうなの?」

「うん。やってみようかなぁ、喜んでくれるかなぁ」


 彩子ちゃんと涼夏ちゃんはそれぞれ顔を見合わせると、自信ありげに言った。


「そりゃそうでしょ。頑張んなよ美晴」

「そうそう、挑戦することに意義があるのよ」

「うん……」



 三人でおしゃべりしながら下駄箱まで行くと、咲くんが靴箱を背にして人待ち顔で立っていた。


「ほら、待ってくれてるよ」


 彩子ちゃんに背中を押され、一歩咲くんに近づく。


「待ってた。一緒に帰ろうか」

「う、うん」


 ヤバイ。照れちゃう。

 どうしよう、頬が緩んじゃう。


「美晴バイバ~イ!」


 二人に見送られて、咲くんの後ろについて歩く。


「なんで後ろなの?」

「え?」

「顔見えないじゃん。一緒に帰ってるんだからさ」


 そう言うと、咲くんがグイッと私の手首を引いて横に並ばせる。


 肩が、触れ合いそうに近い。


 手が、手に、汗が……。うあーー。


「美晴の手、あったけー」


 繋いだ手を持ち上げて、私の手の甲が咲くんの頬に押し付けられた。


 ひんやりとした頬の温度が手の甲から、伝わる。


「咲くんの手も……温かいよ」

「そう?」


 手放しに笑ったその表情が……胸を締め付ける。


 きゅうんと締め付けて、甘くて苦しい。


 道は商店街の脇を通って、いつのまにか駅前公園の傍を通っていた。

 葉を落とした街路樹の並ぶ煉瓦の上を二人並んで歩く。


「あ、あれ? 咲くん家、過ぎた……よ?」


 その時、漸く気付いた。商店街が過ぎていたことに。


「バーカ。送らせろ」


 照れ隠しの仏頂面の耳は、少し赤く染まっていた。








 咲くんにマンションまで送ってもらい、家の鍵を開けると、マロンが弾丸のように出迎えてくれた。


「はいはい。着替えたらお散歩行こうね」


 そうマロンに答えると、キラキラっと瞳が輝いてリードを自ら取りに部屋へ引き返していった。


「バレンタインね。今度の休みにちょっと遠いデパートまで行ってみようかな」


 うん、そうしよう。


 咲くんはどんなチョコレートが好きなんだろう。


 そもそもチョコレートは好きなんだろうか。


 手作り頑張ってみようか。


 買ったものの方が無難かな。


 ケーキ? クッキー? それとも……?


 咲くんの笑顔を見たいから。


 作った事は一度も無いけど、どうしてか一冊だけ本棚にあるお菓子作りの本を眺めていたら、焦れたマロンが膝に前足を掛けて一声吠えた。


 


 


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