メニュー19 初詣
年の明けた元旦の朝。
私はお正月休みで家にいる母にせがんで、着物を着付けて貰っていた。
帯がギュウっと締まって苦しい。
ほら、出来たよ。と母がポンと肩を叩いた。姿見を覗き込んでみると、赤い振り袖を着た私が居る。
髪を結って貰い、縮緬で出来た花の飾りをお団子にした髪の脇に飾った。咲くんに貰った青い髪留めでサイドのほつれ毛を留める。
色つきのリップで唇を彩ると、さくらんぼ色の唇がぷるんと艶を持った。
「まー、色気づいちゃって」
呆れたように母は言うけれど、高校生だもん。そのくらい普通だよ。
「彼氏が出来たんなら紹介しなさいよ」
母がからかうように言うから、咄嗟に咲くんの顔が浮かんで頬が熱くなった。
「今日遊ぶのは女の子友達だもん」
唇を尖らせながら反論するも、気持ちはクリスマスイブの夜に戻る。
キスを思い出して赤くなったり、もっと触れあっていたかったなって残念に思う私は重症だ。
お正月は共働きで核家族のうちには、久しぶりに水入らずな時間ではあったけれど、ごめんね。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
リビングでこたつに足を突っ込み、テレビを観ている父の前にはビールとおせちのお重。
我が家のお節料理はデパートで買ったものだけれど、トクケイで母が注文していた数の子は私が仕上げた。
咲くんに数の子の塩抜きの方法を教えて貰って、まずは薄い塩水に浸けた。
そして一晩置いたあと、浮いてきた薄皮を指でこすり取り、再び薄い塩水に浸ける。
立派だった数の子がボキポキ割れて、これがなかなかの大苦戦だったんだけどね。
みりんを煮立たせたところに、咲くんに以前教えてもらったかつおだしと醤油を入れて冷ます。そうしてタッパーに塩抜きした数の子を浸けるだけで美味しい数の子になる。
『美味しいわ、美晴』
『へえ、驚いたな』
数の子を食べた両親の反応は上々で、母さんなんかうっすらと涙まで滲ませていた。
『もう、大げさなんだから。何にも大したことしてないよ』
そう謙遜しながらもどこか誇らしげな気持ちになる私がいる。
もう今年からは塩っ辛い数の子や、塩が抜けすぎてゴムみたいな数の子食べさせないからね!
商店街に寄っていって、咲くんに両親が美味しいと言ってくれたことを報告して、お礼を言いたいな。
◆◆◆
三葉稲荷神社は農耕の神様、商売繁盛の神様を祀っている。だから、一日から三日まではお正月休みを取っている地元商店街の人達もこぞってお参りにくるのだった。
「よう! おめでとうさん」
シックな仕立てのいい着物を着たお爺さんに声を掛けられて、ねこまんま食堂の常連のお爺さんだと気づく。
「あけましておめでとうございます」
ペコリと頭を下げて揃って年始の挨拶を返すと、お爺さんは柔らかく笑って言った。
「美晴ちゃん、今日は咲坊とデートかい?」
「あ、いえ。お友達も一緒なんです」
咲くんと顔を見合わせて、少し照れながら返事を返す。その後もいくつか会話を交わしてから、すでにお詣りを済ませたお爺さんとは別れた。
「今のは伊藤呉服店のご隠居さん」
「そうなんだ。よく知ってるね」
「まあ、お袋のお腹にいる頃から商店街育ちだしな」
咲くんが苦笑して答えた。
そ、そうだったね。
着物を着ている為に余り歩幅を大きく出来ないのと、草履が歩きにくいのとでちょこちょこ小走りに神社に向けて歩く。隣を歩く咲くんは歩くペースに合わせてゆっくりと歩いてくれていた。
待ち合わせは参詣道の入り口、大きな赤い鳥居の前。
その鳥居の前に人影が4つあった。艶やかな着物姿の彩子ちゃんと涼夏ちゃん。そして、同じクラスのケンタくんと……秋生くん。
あれ? コウタくんは?
「お待たせ、彩子ちゃん、涼夏ちゃん。二人とも着物姿可愛い~」
彩子ちゃんはクリーム色に紅梅の模様の振り袖。錦糸の帯を華やかに締めて帯留めには透明な赤のびーどろ。アップに結った髪から垂れる後れ毛が、同性からみても色っぽい。
涼夏ちゃんは、緑色の振り袖に色とりどりの花が描かれている。絞りの帯揚げの赤が差し色になって華やかな印象。
「私、背が高いから似合わないよね」と、涼夏ちゃん。
「そんなことないよ、涼夏ちゃん可愛い~」
「美晴も可愛いよ~」
女子同士、着物を褒め合い盛り上がる。
「ねぇ、後で桔梗庵の朔日餅買いに行こうよ」
「ついたち……もち?」
キョトンとした私に、彩子ちゃんと涼夏ちゃんが頷いた。
「そ。毎月一日に桔梗庵が稲荷神社に和菓子を奉納してるんだけど、毎月内容が違うの。それと同じものを桔梗庵本店さんで一日限定で売ってるんだけど、1月のこれは特にね~」
「そう。ご利益あるらしいわよ」
「なんでも、修学旅行やクリスマスのイベントより恋愛成就の成功率高いとか!」
「へえ……」
「ま、幸せ絶頂の美晴には関係ないだろうけどね」
「ひゃぁぁ!」
真っ赤になって驚けば、彩子ちゃんが呆れた表情を浮かべた。
「手を繋いで現れといて、バレないと思ったの?」
配慮が足らずすみません。
しょんぼりと落ち込むと、彩子ちゃんが困ったように微笑んだ。
「想いが通じて良かったわね。……しっかし、私たちの美晴を奪った咲に甘酒奢らせようよ」
「あはは。それいい!」
涼夏ちゃんが手を叩いて笑った。
その横で男子たちも男子トークを繰り広げている。
「よう、あけおめ。コウタは?」
「コウタは毎年正月は家族とスキーだわ」
「おい、美晴ちゃんに、告ったのかよ」
「うっせ、庄司」
「はぁ? 俺のおかげです。感謝してます、の間違いだろ」
「かーーーー、玉野、爆発しちまえ」
「つうか、秋生はどうなんだよ。な、玉野。コイツ笹岡と仲良く手を繋いで来たんだぜ」
「マジで!」
「なんだよ、文句あんのかよ。そういうケンタは、ちょっとは脈ありそうなのかよ」
「あーーーー、もう聞かないで……」
ケンタくんは両手で顔を覆ってしゃがみこんだ。
「まーまー、骨は拾ってやるよ、特攻かけてみたらいいじゃん」
「それ、自爆決定じゃん!」
ケンタくんが一声吠えた。




