ねこまんま食堂のまかないメニュー その12
【涼夏side】
「涼夏、これ秋生くんちに持ってって」
母が手渡したのは、栗きんとんや黒豆の入ったお重。
くすのき団地で生まれ育った私と秋生は幼馴染みで、それこそ赤ちゃんのころから一緒に育った。
うちの母と秋生のお母さんは、結婚後、公民館の趣味のサークル、フラダンス教室で知り合ったらしい。家が近いことと、母同士の性格が似ていたことと、そういうことにお互いの夫が気にならないタチだったのもあって、一緒にキャンプに行ったり、どちらかの家で飲み会をしたりぬ、つまり家族ぐるみのお付き合いをしていた。
妊娠したのもほぼ同じ。
私が8月生まれで涼夏。さらに一週間後、9月に生まれた庄司さんちの長男は秋生と名付けられた。
姉弟のように育てられた私たちは、小学校2年までは一緒に遊んでいたものだけど、歳を重ねる毎に男女を意識するようになった。
いや、意識していたのは私だけなのかも知れないけど。
とにかく、
「えーー、今日は彩子たちと初詣に行くんだけど」
「何言ってるの、近所でしょ? パッと行ってきてよ」
「こんな格好でぇーー」
そう、今日私は深い緑色に菊の花が咲いた晴れ着を着ていた。
こんな格好奴に見せたくないんだけど。
「可愛いじゃないの。秋生くんもびっくりするわよ」
ーーあんたってば、ほっとけばジーンズにシャツなんて男の子みたいな服装ばっかりで、女の子らしい格好ちっともしないんだから。ママはせっかく女の子を産んだのに楽しみがないわよ……とお小言は続く。
母親たちが私達をくっつけたがっているのは察しているんだけどね。そんなの個人の意思を尊重してよね。
秋生は中学に入ってから次から次へと女の子を取り替えるように彼女を作ってるみたいだ。しかも、嫌味なぐらい胸の大きい娘ばかり。どれも長続きはしてないみたいだけど。
秋生が彼女を連れ歩く姿を見る度、まっ平らな自分の胸を見て哀しくなる。栄養はすべて身長を伸ばすことに使われているらしい。
さすがに高校に入ったら男子の方が身長が高くなるけど、それでも女子ではダントツの170センチ、ショートカットの私は、うちの可愛い女子用制服が最高に似合わない。可憐なプリーツスカートが似合わない。
中学の入学式の朝、母親たちが目論んで秋生と並んだ写真を撮らせようとしたあの日、あいつがなんて言ったか覚えてるか?
私は覚えているよ。
『うわ、涼夏似合わねー。学ランの方が似合うんじゃねーの?』
だからこんな晴れ着を着た姿なんか、見せたくないのに。
あの日の傷が開きそうで。
でも着替えている時間もないし、初詣の特別お小遣いを楯に取られたんじゃ勝ち目はない。
暗澹たる気持ちで、秋生の家のインターフォンを押した。願わくはおばさんが出てきますように。
【秋生side】
「秋生ーー。玄関出て~」
台所でお雑煮を作っている母さんが、俺名指しで声をかける。
ちぇ、今イイトコなのに。
リビングでオヤジと弟と一緒に、お笑い芸人が、町中を走り回ってお雑煮とお節の中身を分けてもらうバラエティーを観ていた。
課題が出されていて、海老と鰤は必ずゲットしなくてはいけない。
無名の新人だから、なかなか信用されなくて四苦八苦しているのを観るのが面白かったのに。
「はい、はい……」
炬燵から這い出て、ひんやりと寒い玄関に出た。
ガチャリとドアを開ければ、そこに居たのは腐れ縁の笹岡涼夏。
緑色に白やら赤やらの菊の花が散った着物を着て、黒塗りのお重を両手で持っている。
「……うす」
「明けましておめでとう。おばさんいる?」
可愛げもない顔で、新年の挨拶もそこそこに切り出された。まあ、自分の方は新年の挨拶もしてないけど。
「母さん、涼夏~!」
台所にいる母さんに聞こえるよう叫んで、再び涼夏を見る。
うん、馬子にも衣装っつーか、まあ、似合わなくもない?
「何?」
「別に」
ジロジロ見てんなよと、睨みつけてくる涼夏に苦笑する。
なんでコイツ、こんなに俺の事敵視してんだか。
カラオケボックスでのクリスマスパーティーに彩子ちゃんから呼ばれた時も、こんな顔してたっけか。
そう言えば、美晴ちゃん可愛かったよなー。
大人しそうで、ちょっと強く押したらウサギみたいに震えちゃって、これマジ直ぐ食えんじゃねー? って、思ったのに、あんな顔して彼氏いんだもんな~。
そういう事は先に教えとけよな。
あー、違うか。あの様子じゃ、友達以上恋人未満ってとこ?
からかってやってもいいけど、それで余計に盛り上っちゃったら面白くないし。
玉野の奴、羨ましいよな。
あの胸だかんな。
「あらあら、明けましておめでとう、涼夏ちゃん」
「あ、おばさん。明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」
「今年もよろしくお願いいたします」
声が1オクターブ上がった母さんと涼夏が挨拶し合う。
「これうちの母から」
涼夏が手に持ったお重を母さんに差し出す。
「あらあら、ありがとう。お母さんからね、もうメールは貰っていたのよ。お返しにこれ言付かってくれる? おばさんの手作りの煮豚なの」
母さんが、タッパーの蓋を開けて見せる。
醤油と砂糖のいい色と匂いが漂う。かなり旨そうだ。
「うわっ! 美味しそう。ありがとうございます!!」
「うふふ。それにしても涼夏ちゃん、晴れ着姿可愛いわね。ね? 秋生?」
「あーー、うん、まあ」
ドスッと涼夏から見えない位置で母さんの肘鉄が喰らわされた。
「可愛いよ。似合ってる」
……着物は貧乳の方が似合うっていうしな。
カアッと涼夏が赤くなった。
なにそれ、リアクション困るんだけど。
「ねぇ、せっかくだから一緒に初詣でも行ってきたら? アンタも新年早々ゴロゴロしてテレビばっかり観て若人らしくないったら」
「母さん、余計なお世話だよ」
「私も困るっ! 今から友達と約束してるし」
「……約束って彩子ちゃんたち?」
あのボインちゃんズ?
涼夏は、ぐっと喉を詰まらせたように困惑している。
「……やっぱり、行って来よ」
ジャンバーを引っ掛け、財布をポケットにねじこむと、半分嫌がらせの気持ちで涼夏の手を握った。
「ほら、行くぞ」
「ちょっ……!! バカ秋生、手離せっ」
「あ、母さん、昼飯食ってくるから」
「は~い、いってらっしゃい」
途中で涼夏が草履を履いていて歩きにくいんだと気付き、歩幅を緩める。
ふーん、まあ、こんな格好すりゃ、可愛くないこともないな。




