ねこまんま食堂のまかないメニュー その9
【彩子side】
「…送っていくよ。細木、家どこ?」
同じクラスの西脇健太が、寒そうに鼻の頭を赤くして付いてきた。
……寒そうだよ。帰った方がいいんじゃない?
「あ、呼び捨てが気に入らない?」
そんなんじゃないったら。
ちらつき始めた雪が、ゆっくりとアスファルトの上に落ちては溶けた。
「カラボじゃ楽しそうだったじゃん、どうしたの」
だから、なんでもないってば。
意地でも家まで送るつもりか、少し距離を空けて西脇健太はついてくる。
「なんか無理してるんじゃん? あんまり自棄になるなよ」
はぁ?
足を止めてゆっくりと西脇健太を振り返った。
その間に西脇健太は、距離を縮めてくる。
「なにそれ? ……聞いたの?」
咲に振られたこと。
表情から心の中を読み取ってやるとばかりに、様子を窺う。少し睨み付けたような目線になってしまったことは仕方がない。
「知らないけど……誰からも何も聞いてないけど、今日の細木、細木らしくないなぁと思って。なんつーの? 無理にはしゃいでるみたいな?」
目線を外し、ポリポリと鼻の頭を掻いて言う。
ああ! 癪だ!!
言い当てられたことも、気遣われたことも、すべて癪に障る。
だから無表情を崩さずに言うの。
「あんたには関係ない」
スタスタと再び歩き出す。
「あ! おい! 待てってば」
慌てて後を追ってくる気配に、少し胸が苦しくなった。
好きな人は追ってきてくれなくて、追ってくるのは……なんでコイツなんだろう。
【健太side】
それはまさに天恵だった。
クラブで一緒の秋生からクリスマスイブの日に女子と遊ぶから一緒に来ないかと誘われた。
「メンツ誰?」
主に女子の。
「お前のクラスの細木さんと渡瀬さんと笹岡」
にやにや緩んだ笑い顔を隠そうともしない秋生はそう明かした。
「ラッキーじゃねぇ? こんな日に誘われるなんてさ、彼女ら彼氏いないってことだよな」
細木が来るならラッキーだ。
「細木さんから誘われたんだけどさ、俺は渡瀬さん狙いでいくから。もうひとり誰か声かけておいてよ。ただし、渡瀬狙いじゃない奴な」
肩に腕をかけてないしょ話のように小声で耳に吹き込まれた。
その時の俺は、玉野が気にしている渡瀬を秋生が狙ってるとかそういうことは別にどうでもよくて、ただ細木と一緒に遊べるってことが嬉しかった。
玉野の事が好きだったっぽい細木が、クリスマスに秋生を誘ったことには、少し引っ掛かるけれど、秋生は渡瀬狙いだそうだし、こんなチャンス逃す手はない。
秋生はノリがよくて、女子にもてるわりに特定の彼女を作らないから、誘いやすかったに違いない。うん、きっとそうだ。そうであってくれ。
もうひとりのメンツは、絶対細木狙いじゃない奴を選ばないといけないな。
残る女子は、笹岡!?
女子には王子様だとか何だとか人気のあるらしい笹岡狙いの男?
そんなやついるか!?
頭を悩ませていたら、日直に当たっていたコウタが目に入った。クラスの殆どが17歳になってきている12月、早生まれのコウタはまだ16歳。当たり前だけどな。
そんなコウタは、背も低く黒板の上の部分に書かれたチョークを消すのに、全身を伸ばしてもまだ足りていない。
そんなコウタを見兼ねたのか、笹岡がコウタに近づく。そして、もうひとつあった黒板消しで、消し残ったチョークをささっと消した。
おいおい、そんなことさりげなくされてキュンとくるの女だけだから。男のプライド考えてやれよ。
そう思ったのだが意外や意外。
コウタが邪気のない笑顔で笹岡に礼を言っている。しかも頬が少しピンク色?
ま、蓼喰う虫も好きずきっていうからな。
俺の中で、もうひとりのメンツが決まった瞬間だった。