表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おいしい料理のつくりかた  作者: 紅葉
おいしい料理のつくりかた本編
26/82

メニュー17 チーズケーキ

 咲くんにしがみついて叫んだ後、「ぷっ」と小さな空気が漏れる音がした。

 見れば庄司くんが、右手で口を覆い噴き出していた。


「なぁんだ、シラケる~。」


 怒るでなく嘲笑するでなく、まるで玩具に興味を無くした子どもみたいに庄司くんが言った。

 咲くんはキッと庄司くんを厳しい視線で睨み付けたまま、私を背後から包んだ腕に少し力が入ったのを感じた。


「美晴ちゃんタイプだから落とそうと思ったのにな~。まあいいや、今日のところはトナカイさんに送って貰いなよ」

「おい……!」


 ヒラヒラと手を振りながら去ろうとする庄司くんに、咲くんは更に声をかけた。


「分かってるよ、写真バラ撒かないって。他の奴等は知らんけど、俺はそんなつまらないことして楽しむ趣味はないよ」


 どこまで信用していいのか不安だけど、一応そう言い残して庄司くんは、商店街とは反対側の方向に帰っていった。









「咲くん……」


 そうっと囁けば、ハッとしたように腕が緩められ、離れていった。

 どこか苦しげな表情をして黙っていた咲くんが、ようやく口を開く。


「美晴、家まで送っていくよ。俺まだこんな格好だし、少しだけ時間いい?」

「うん……」


 コクンと頷き、そのまま俯いてしまう。

 さっきの写真のこと、どう思っているのかな。咲くんの表情を見るのが怖い。


「急に配達を頼まれてさ。店長がこれで行けって……」

「うん……」

「配達の帰りに美晴と庄司が並んでるの見つけて、美晴が嫌がってるみたいに見えたから……俺、邪魔してないよな」

「うん、来てくれてありがと」


 嬉しかった。


 顔をあげれば、一瞬目が合ったと思ったのに、すいっと咲くんの視線が逃げてしまう。


 ちくんと胸が痛んだ。


 無言で肩を並べるように駅前商店街の方へ歩いていく。

 

 24日の夜は、多分いつもより人が多い。

 トナカイの格好をした咲くんと並んで歩いていると、衆目を集めている気がするけど、そんなの気にならなかった。


【パティスリー・ブラン】に着くまでの時間は本当に短くて、やがて店内の灯りを落とした洋菓子店の前に着いた。

 白いペンキで塗られた壁と窓枠。濃い緑色と白の縞柄のサンシェード。そして、ショーウィンドウには、鮮やかな色のマカロンツリーや、砂糖細工のバレリーナが飾られている。


「着替えてくるから、ちょっと待ってて」


 店内に入れて貰って、閑散としたショーウインドーの前でボーッと店内を眺めながら待つ。

 カットケーキもホールケーキも売り切れで、ホールケーキのディスプレイ用の台だけが残されている。


 数席だけの白いテーブルセットでは、店内でケーキが食べられるようになっているのだろうか、ドリンクのメニュー表が立てられていた。


「おまたせ」


 紺のダッフルコートを羽織った咲くんが小さなケーキの箱を片手に持って、従業員用の扉から出てきた。



「【ブラン】のケーキ食ったことある?」

「美味しいらしいって聞いてるけど、残念ながらまだ無い」

「一緒に食う?」

「いいの?」

「いいよ」


 白い扉を開けて外に出る。


「鍵は?」

「まだ奥に店長いるから」

「そうなんだ」


 話題の弾まないまま、私たちは駅前公園に入りベンチに座った。


 いつかここで偶然会ったね。


 夜の公園は無人で、少し寂しい。咲くんと一緒でなければ、こんな時間に一人では入れない雰囲気だよ。


「……そういえば、ワンコ元気? 名前なんだっけ? なんか、うまそうな名前だったよな」

「……マロン。元気だよ」

「そっか」


 あれからここに散歩に来る度に、マロンは咲くんの姿を探している気がする。そんな気がするのは、私が咲くんを探しちゃってるからかな。


 咲くんが膝に乗せたケーキの箱を開けると、中には赤いイチゴの乗ったレアチーズケーキがひとつ入っていた。

 

「本当はさ、ショートケーキが良かったんだけど、いっぺんに30個も買っていくお客さんが来てさぁ、それで完売しちゃったんだよな……ほら」


 箱に入っていた小さなプラスティックスプーンを差し出される。


 はしっこを掬って口に運ぶ。


 クリームチーズの爽やかな酸味とチーズ独特のこってり感。でも、ヨーグルトを食べてるみたいに後味はさっぱりとしていて食べやすい。掬ったところから見えるチーズケーキの中からは、ブルーベリーやラズベリー、すぐりなど宝石箱のように隠れているのが見えた。


「美味しい……!!」

「だろ?」


 ちょっと得意そうな咲くんの笑顔にほっとしてしまう。いつもの咲くんだ……!


 スプーンでチーズケーキを一口掬うと、咲くんにも……。


「……どうぞ」

「サンキュ」


 パクリと豪快にスプーンを咥えてきた咲くんの唇がスプーンを持っていた指に触れた。


 温かくて柔らかいその感触に驚いて、ついスプーンを手放してしまう。


 軽いプラスチックのスプーンは音も無く落ちて、地面に転がった。


「あ……」


 沈黙が二人の間に降りると、なんだか気まずい雰囲気が再び漂ってきたような気がする。


「あの、ね。さっきの写真のことなんだけど……」

「……罰ゲームだったんだろ。さっき聞いた。そもそも俺は美晴が誰と何をしてようが、文句言える立場じゃないんだよな」


 言葉を遮り自嘲気味に笑いながら咲くんが言う。


「でも俺は……見ててムカついた」


 真顔に戻った咲くんの強い視線で射られてしまい、身動きが取れなくなっていた。





 怖いくらい真剣に見つめられて、どうしていいのか分からなくなる。

 ベンチに斜めに座った咲くんの顔が、身体がゆっくりと覆い被さるように近づく。


 心臓はドキドキとこれまでで一番早く血液を送り出し、頭の中は『キ、キス?』と期待と恐れとがない交ぜになってパニックを起こしている。

 そんな期待をすり抜けて、咲くんの唇は耳に寄せられた。

 柔らかく息を吹き込むような咲くんの声。


「俺、美晴のことが好きなんだ。庄司にも誰にも渡したくない。美晴、俺と付き合って?」


 至近距離で視線が絡まる。


 嬉しくて涙腺が崩壊してしまった。






 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ