メニュー17 チーズケーキ
咲くんにしがみついて叫んだ後、「ぷっ」と小さな空気が漏れる音がした。
見れば庄司くんが、右手で口を覆い噴き出していた。
「なぁんだ、シラケる~。」
怒るでなく嘲笑するでなく、まるで玩具に興味を無くした子どもみたいに庄司くんが言った。
咲くんはキッと庄司くんを厳しい視線で睨み付けたまま、私を背後から包んだ腕に少し力が入ったのを感じた。
「美晴ちゃんタイプだから落とそうと思ったのにな~。まあいいや、今日のところはトナカイさんに送って貰いなよ」
「おい……!」
ヒラヒラと手を振りながら去ろうとする庄司くんに、咲くんは更に声をかけた。
「分かってるよ、写真バラ撒かないって。他の奴等は知らんけど、俺はそんなつまらないことして楽しむ趣味はないよ」
どこまで信用していいのか不安だけど、一応そう言い残して庄司くんは、商店街とは反対側の方向に帰っていった。
「咲くん……」
そうっと囁けば、ハッとしたように腕が緩められ、離れていった。
どこか苦しげな表情をして黙っていた咲くんが、ようやく口を開く。
「美晴、家まで送っていくよ。俺まだこんな格好だし、少しだけ時間いい?」
「うん……」
コクンと頷き、そのまま俯いてしまう。
さっきの写真のこと、どう思っているのかな。咲くんの表情を見るのが怖い。
「急に配達を頼まれてさ。店長がこれで行けって……」
「うん……」
「配達の帰りに美晴と庄司が並んでるの見つけて、美晴が嫌がってるみたいに見えたから……俺、邪魔してないよな」
「うん、来てくれてありがと」
嬉しかった。
顔をあげれば、一瞬目が合ったと思ったのに、すいっと咲くんの視線が逃げてしまう。
ちくんと胸が痛んだ。
無言で肩を並べるように駅前商店街の方へ歩いていく。
24日の夜は、多分いつもより人が多い。
トナカイの格好をした咲くんと並んで歩いていると、衆目を集めている気がするけど、そんなの気にならなかった。
【パティスリー・ブラン】に着くまでの時間は本当に短くて、やがて店内の灯りを落とした洋菓子店の前に着いた。
白いペンキで塗られた壁と窓枠。濃い緑色と白の縞柄のサンシェード。そして、ショーウィンドウには、鮮やかな色のマカロンツリーや、砂糖細工のバレリーナが飾られている。
「着替えてくるから、ちょっと待ってて」
店内に入れて貰って、閑散としたショーウインドーの前でボーッと店内を眺めながら待つ。
カットケーキもホールケーキも売り切れで、ホールケーキのディスプレイ用の台だけが残されている。
数席だけの白いテーブルセットでは、店内でケーキが食べられるようになっているのだろうか、ドリンクのメニュー表が立てられていた。
「おまたせ」
紺のダッフルコートを羽織った咲くんが小さなケーキの箱を片手に持って、従業員用の扉から出てきた。
「【ブラン】のケーキ食ったことある?」
「美味しいらしいって聞いてるけど、残念ながらまだ無い」
「一緒に食う?」
「いいの?」
「いいよ」
白い扉を開けて外に出る。
「鍵は?」
「まだ奥に店長いるから」
「そうなんだ」
話題の弾まないまま、私たちは駅前公園に入りベンチに座った。
いつかここで偶然会ったね。
夜の公園は無人で、少し寂しい。咲くんと一緒でなければ、こんな時間に一人では入れない雰囲気だよ。
「……そういえば、ワンコ元気? 名前なんだっけ? なんか、うまそうな名前だったよな」
「……マロン。元気だよ」
「そっか」
あれからここに散歩に来る度に、マロンは咲くんの姿を探している気がする。そんな気がするのは、私が咲くんを探しちゃってるからかな。
咲くんが膝に乗せたケーキの箱を開けると、中には赤いイチゴの乗ったレアチーズケーキがひとつ入っていた。
「本当はさ、ショートケーキが良かったんだけど、いっぺんに30個も買っていくお客さんが来てさぁ、それで完売しちゃったんだよな……ほら」
箱に入っていた小さなプラスティックスプーンを差し出される。
はしっこを掬って口に運ぶ。
クリームチーズの爽やかな酸味とチーズ独特のこってり感。でも、ヨーグルトを食べてるみたいに後味はさっぱりとしていて食べやすい。掬ったところから見えるチーズケーキの中からは、ブルーベリーやラズベリー、すぐりなど宝石箱のように隠れているのが見えた。
「美味しい……!!」
「だろ?」
ちょっと得意そうな咲くんの笑顔にほっとしてしまう。いつもの咲くんだ……!
スプーンでチーズケーキを一口掬うと、咲くんにも……。
「……どうぞ」
「サンキュ」
パクリと豪快にスプーンを咥えてきた咲くんの唇がスプーンを持っていた指に触れた。
温かくて柔らかいその感触に驚いて、ついスプーンを手放してしまう。
軽いプラスチックのスプーンは音も無く落ちて、地面に転がった。
「あ……」
沈黙が二人の間に降りると、なんだか気まずい雰囲気が再び漂ってきたような気がする。
「あの、ね。さっきの写真のことなんだけど……」
「……罰ゲームだったんだろ。さっき聞いた。そもそも俺は美晴が誰と何をしてようが、文句言える立場じゃないんだよな」
言葉を遮り自嘲気味に笑いながら咲くんが言う。
「でも俺は……見ててムカついた」
真顔に戻った咲くんの強い視線で射られてしまい、身動きが取れなくなっていた。
怖いくらい真剣に見つめられて、どうしていいのか分からなくなる。
ベンチに斜めに座った咲くんの顔が、身体がゆっくりと覆い被さるように近づく。
心臓はドキドキとこれまでで一番早く血液を送り出し、頭の中は『キ、キス?』と期待と恐れとがない交ぜになってパニックを起こしている。
そんな期待をすり抜けて、咲くんの唇は耳に寄せられた。
柔らかく息を吹き込むような咲くんの声。
「俺、美晴のことが好きなんだ。庄司にも誰にも渡したくない。美晴、俺と付き合って?」
至近距離で視線が絡まる。
嬉しくて涙腺が崩壊してしまった。




