メニュー15 料理倶楽部のクリスマス会
ジャガイモの皮をひたすら剥いて、水から茹でる。菜箸がスッと通ったらゆで汁を捨てて、熱いうちに塩コショウをして、マッシャーで潰す。輪切りにして塩揉みしておいたキュウリとハムを混ぜ、マヨネーズを入れてポテトサラダを作る。
出来上がったポテトサラダをお皿の上に円錐形に盛り付ける。
「のりこ部長、こんな感じでいいですか?」
ブロッコリーを塩ゆでしていた部長が、「オッケー」と笑った。
色よく茹でられたブロッコリーを、ポテトサラダに植林するように刺していく。
星形に抜いたカラーピーマンや半分に切ったプチトマトをピックでブロッコリーの隙間に飾り付け、冷凍パイシートを星形に抜いて焼いたパイを天辺に飾った。
ポテトサラダのクリスマスツリーの完成だ。
お料理を今日は特別に借りている教室に運び、調理台を片付ける。
咲くんたちの調理台から「ワアッ」と歓声が聞こえた。
何を作ったんだろう。
スッゴク気になるけど、パーティーが始まるまではお互い見ない約束になっている。
メイン班も大きなお皿を搬入したみたいだし、いよいよクリスマスパーティーの始まり。
エプロンを外して、プレゼントが入った鞄を持って家庭科調理室を後にした。
パーティー会場として借りた教室は、机が寄せられて長いテーブルのようになっていた。そこに赤と白のギンガムチェックのテーブルクロスが掛けられている。誰が持ってきたのか、目測120センチのクリスマスツリーがチカチカ光っていた。
テーブルの上には、骨付きのフライドチキンの入った籠。クリスマスツリーに模した我らがサラダ班のポテトサラダ。ツナと貝割れ大根、スモークサーモン、クリームチーズとイクラの三種類のカナッペ。色々野菜がたっぷり入ったミネストローネが並ぶ。
最後に咲くんたち主食班が、蓋をしたフライパンを運んできて、鍋敷きの上に置いた。
パカリと蓋を開けると、バターやトマト、それに少しカレーっぽい匂いも混ざったパエリアが湯気と共に姿を現した。
アサリ、えび、いか、カラーピーマンが美しくトッピングされている。
席順のくじを引いて、指定された番号の椅子にみんなが着くと、のりこ部長が前に立って、お茶の入ったグラスを手にした。
「みなさんお疲れ様でした。明日から冬休み明けまでしばらく倶楽部活動はお休みとなります。冬休みにはクリスマス、お正月とイベントが満載ですが、遊ぶばかりではなく、」
部長がぐるりと皆を見渡した。
生徒指導の先生みたいな挨拶だなと思いつつも、皆静かに耳を傾けている。
「美味しいものを食べる機会も多いと思いますので、料理倶楽部の一員として貪欲に研究してほしいと思います。それでは乾杯~♪」
「「かんぱーい♪」」
「さあ、温かいうちに食べましょ♪ 料理の基本は熱いものは熱いうちに。冷たいものは冷たいうちに、よ」
銘々お皿に取り分けて、お喋りしながらお互いの料理を褒め合いながら食べる。
「このツリー型ポテトサラダ美味しいけど、取り分ける時に崩れちゃうのが残念よね」
「一人分ずつ小さいツリーにするのはどうかな」
「ミネストローネ美味しい!」
「カナッペって、これ何班?」
「魚料理班だって」
「パーティー料理で魚料理って難しかったよ~」
「あ、フライドチキンの皮がカリカリしてる。これ何?」
「これね、ワンタンの皮を細切りにしたのを衣にしたの」
「このカリカリ美味しい~♪」
隣同士、または正面の部員と賑やかに会話が交わされる。私も相槌を打ちながら、美味しい料理を食べていた。
「パエリア、ウマーーイ!」
「魚介の旨味がよく出てるね」
「さすがシェフのいる班だな」
パエリアが次々お代わりされて、あっという間に無くなった。
お腹がいっぱいになった所で……。
「じゃあゲームをしま~す♪」
部長と副部長がこっそり用意してくれていたらしい、ビンゴゲーム。
手渡されたビンゴカードの真ん中を抜いて、部長が番号を書いた紙を紙袋から出すのを待った。
地味なゲームながら、持ち前の負けず嫌いの気持ちを刺激されるというか、部長は「豪華賞品を期待してね」と言っていたが、そんなに景品には期待していなかったけど、とにかく「ビンゴ!!」って叫びたい。
リーチしている並びが二つもあるのに上がれない。
17と28!
どっちでもいいから来て~~!
「51」
「ビンゴ!」
顔を上げると、咲くんがビンゴカードを見せびらかしながら前に出た。
のりこ部長から大きなメタリックのギフトバッグを手渡されている。
「景品はあと一個よ~」
部長が再び紙袋に片手を突っ込んだ。
1年生の女子がビンゴが揃って景品を授与され、お次はプレゼント交換会となった。
皆の持ってきたプレゼントを集めて、番号札を貼っていく。
「自分の持ってきたのに当たったらごめんね~♪ パーティーの余興だから許してね」
そういいながら、部長がくじを入れた箱を持って回る。
私も一枚引いて、手のひらの中に入れた。
「皆くじを引いた? じゃあ、番号見て~」
紙に緑色のペンで書かれていたのは10番……。
「は~い、1から行くよ~。1番、前に出てきて~」
順番に部長のところに出ていってプレゼントを貰う。箱のものもあれば、紙袋のものもある。私の持ってきたプレゼントは何番になったんだろう。目隠しされていて番号はこっちからでは分からない。
「10番~」
「あ、はーい」
副部長の声に、のりこ部長のところまで行く。
「美晴ちゃん、3ヶ月なのにお料理すごく上手になったわ。これからもよろしくね」
「あっ……はい。ありがとうございます」
部長に手渡されたプレゼントを見て、ドキンと心臓が跳ねた気がした。
何故なら見覚えのある大きさの白い箱。金色のリボン……。
自分のが戻ってきたのかも。
もちろん、自分にも買いたいと思うくらい気に入って買ったんだけど、プレゼント交換なのに交換出来ないって、淋しすぎるとガックリしたが……。
この小さな街で、高校生がおこづかいでプレゼントを買えるお店は限られているのもあって、同じような白い箱に金色のリボンのプレゼントは、その後も別の部員の手にも納まった。
大きさが若干違う?
でもそんなにじろじろ見るわけにいかないし、分からない。
ますます自分の持ってきたプレゼントが、何処に渡ったのか、はたまた交換されずに戻ってきたのか分からなくなってきた。
全員にプレゼントが行き渡ったところで、パーティーはお開きとなった。
皆で使った食器を片付けて、借りた教室も掃除する。
「このツリーは……」
「これ、料理倶楽部の備品なの。もう何年も前の先輩が持ってきたツリーなのよ。箱に片付けて、家庭科準備室に入れといて」
楽しかったパーティーが終われば、もう19時。
最終下校時間ギリギリだ。
冬の日没は早く、空は真っ暗。
「美晴送って行くよ」
下駄箱にて靴を履き替えていたら、咲くんが言った。
「え……でも、悪いよ」
「お前そればっか。こんな暗いのにオンナ一人で帰せるかよ」
本音を言えば一緒にいられる時間が少しでも長いのは嬉しい。さっきは席が離れてて話せなかったし。
「おなじマンションに帰る奴いないんだろ」
「うん」
クラスにはいるみたいだけど、築20年のマンションの最初から入居している家族の子どもの多くはもう成人しているとかいないとか。
生憎、料理倶楽部には同じマンションに住んでいる部員はいなかった。
というか、話を聞いてみれば地元商店街のご子息、ご息女の多いこと多いこと。
何となく方向は一緒なので、商店街組と固まって歩くこと数十分。
「タマちゃん、美晴ちゃんをよろしくね」
「おーー」
「お疲れ様でしたぁ~」
「またね~、バイバイ~」
集団から離れて、私たち二人はハナミズキの街路樹の下を歩く。
「……咲くん、……パエリア、美味しかった」
「どういたしまして」
「……」
「美晴もジャガイモの皮剥き頑張ってたじゃん」
「見てたの!?」
「……見てたよ」
咲くんの視線がふいっと反らされた。
「あのね、……」
心臓がバクバク言ってる。
「ん?」
「プレゼントなんだろね」
よく考えたら彩子ちゃんたちと約束している手前、「24日はどうするの」なんて誘うようなこと言えるわけない。
彩子ちゃんの慰め会に、咲くんを呼ぶなんてもっと出来るわけない。
私、何を言おうとしたんだろ……。
「さあ? 開けてみよっか」
肩から掛けたスクール鞄から、咲くんが白い箱を出した。
「あれ? 咲くんもその箱だったんだ?」
自分の鞄から同じ箱を取り出す。
リボンを解いて、箱の蓋を開けた。
中には、黒い線でぐるぐると書いた絵がカモメに見えるようにデザインしてあるスカイブルーのマグカップ。
そして咲くんの手が持ち上げたのは、同じシリーズのモスグリーンのマグカップ。
「あ、それ。俺の……」
「えっ? 咲くんの用意したプレゼントだったの?」
咲くんがふわりと笑みを浮かべた。
「美晴に当たったらいいなって思ってた。ラッキー。【美しく晴れる】の色だなって思った」
どうしよう、じわりと涙が滲んできた。
「咲くんの持ってるのも、多分、私の……」
森と白い花が【咲】いたデザイン。
見た瞬間から何だか無性に惹かれていた。
「マジ?」
ラッキー、って小さな呟きが聴こえた。
「こんなこと聞いても、どうしようもないんだけどさ、美晴は24日どうすんの? その日くらいは家族とクリスマスすんの?」
「ううん。彩子ちゃんと涼夏ちゃんとカラオケに行く約束してて」
「そっか」
「咲くんは?」
今度は素直に訊けた。
彩子ちゃんの名前を出したらどんな顔するかなと思ったけど、咲くんの表情は変わらない。
「俺は知り合いの店でバイト」
「バイトかぁ」
「そ。みんなと遊べなくて残念」
「そうだね」
「んじゃ、ここで」
気付けばマンションの下まで着いていた。
「送ってくれてありがとう。咲くんも気をつけて帰ってね」
「おう、また明日」
手を振り、咲くんが来た道を戻って行くのを見送ってから、エントランスの自動ドアを開けた。




