メニュー02 だし巻き王子
皆さまお久しぶりです。渡瀬美晴、花も恥じらう高校二年生です。
料理倶楽部マネージャーも板についてきて、最近では料理の下準備なんかも任されるようになってきたんです。
エッヘン。
「おい、何一人でぶつぶつ言ってんだ。早く割れよ」
さらさらの髪に、くりっとアーモンド型の目の愛らしい容貌、細い腰!! ああ、羨ましい。
不機嫌そうにキュッと結ばれた薄い唇と、キッとつり上がった眉毛が怒ってるように見えますが、彼の標準仕様ですよ♪
以前歓迎会で食べた黄金色のだし巻き玉子にいたく感動した私は、次のターゲットをだし巻き玉子に定めた。
絶対これを作れるようになって、お母さんに食べて貰うんだ。
私に任された仕事は、30個の卵を大きなボウルに割り入れること。
同じ調理台では、玉野くんが鍋に湯を沸かしていた。
「何してるの?」
「出汁をとってる」
「だし……ダシって何から取るの?」
「昆布や鰹節。今日は使わないが、他にも煮干しやサバ節、鶏ガラなどダシの取れる素材はたくさんある。動物性の素材からはイノシン酸、植物性の素材からはグルタミン酸という旨味成分が出る。これを適切な方法で湯に旨味成分を引き出すことをダシを取るって言うんだ」
「ふーん……」
覗き込んだ湯の中には、昆布が既に入っていて、表面に小さな泡が付いていた。
湯がぐらぐらっときた瞬間、バサリと、一掴み入れられた鰹節。すうっと溶けるように湯に沈んでいったところで玉野くんは火を止めた。
濾し紙を敷いたザルとボウルの中にそれをあけると、ふわっといいにおいが漂った。
「いい匂い〜!! このままで飲んでみたい……」
「これが一番ダシ」
玉野くんは味見用の小さなお皿に少しダシをすくってくれた。
コクンとそれを飲んでみる。
「ふわぁ〜!! 美味しい!!」
玉野くんがふわりと笑った。
◆◆◆
「で、美晴ちゃんの卵の割り方上手くなったの?」
南部長に声を掛けられた玉野くんは、一変、苦々しい表情になる。
私は南先輩に正直に返事をした。
「まだまだですよ。二個に一個は殻が入る……」
おっかしいな〜。
卵を割るくらいは出来るはずなんだけど。
「えっと。今日の卵は調子が悪いみたいで。あはは」
「基本が分かってないから殻が入るんだ」
そういって玉野くんが卵をひとつ取り上げた。
コンコンと調理台のテーブルにそれを打ち付ける。
ヒビの入った卵に両親指を掛けて左右に割り開いた。ぷるんっと滑るように黄身が白身に包まれてお椀の中に落ちた。
「わぁ〜!! さすが玉野くん!!」
「ほら! やってみろ」
不機嫌そうな顰めっ面の玉野くんの耳が少しピンク色に染まっていた。
えっと〜、まあ、あんなにスムーズな動作では出来ないけど、やってることは変わらないよね。どこが違うんだろ……。
卵を片手に持って、お椀の縁に打ち付ける。
コンコン、グシャ……。
力が入りすぎて、殻に大きく割れ目が入り、白身がお椀を伝って調理台の上に流れた。
よし、今度こそ。
ちょっと弱めの力加減にしてみよう。
コ……コン、コン。
ありゃ?
ヒビが入ってない。
「平らなところで割ってみろ」
「うん……」
そう言えば、玉野くんは調理台のテーブルでコンコンやってたっけ?
コンコン……。
パカッ。
「おお〜!! ついにやりました!!」
「良かったな。じゃああと15個ヨロシク」
コツさえ掴めば意外にできることが分かった私は、お料理(のお手伝い)をすることが楽しくなっていた。
玉野くんがだし巻き玉子を焼くのを見学する。
カラザを除いて、白身を切るように泡立てないようにかき混ぜた玉子液に、さっきのダシ汁を入れた。
え? そんなに入れるの?
大丈夫??
お玉に6杯は入れたよ?
玉子液しゃぶしゃぶだよ?
「まあ見てなって」
得意気な玉野くんは、それにみりんとお醤油と酒を少しずつ入れ、クルリとかき混ぜた。
熱した玉子焼きフライパンに、キッチンペーパーでなたね油をまんべんなく塗り拡げると、お玉で玉子液を流しいれた。
じゅわじゅわと音がして焼けていく玉子を、四角いフライパンに広げるように流して、端からくるくると巻いていく。さらにまたひと掬い玉子液を入れ、広げてさっき焼いた玉子の下にも流れるように傾ける。
そんな工程を5度も繰り返していく内に、ふんわり厚い玉子焼きが焼けた。
それを部員全員分を手際良く焼いていく……。
気品のある流れるような手の動き……世間で流行っているような二つ名を彼に与えるなら、そう! ヤツはだし巻き玉子王子。略してだし巻き王子。
うぷぷっ。
大根をおろしながら黄金色のだし巻き玉子を焼き上げる玉野くんの鮮やかな手つきに見惚れていた。
◆◆◆
「文化祭……ですか?」
他の先輩たちが作った白ごはん、肉じゃが、豆腐のお味噌汁と、私と玉野くんの共同作業で作っただし巻き玉子大根おろしとシラス乗せを試食しながら、反省会とミーティングが開かれた。
「そう、体育祭が終わったら10月末には文化祭があるの。そこで、各クラブが出展してね、人気投票をするのよ。そこで上位にランクされたクラブには、次年度の予算が優遇されるの」
「それは負けられませんね!」
何といっても料理倶楽部は材料費が非常にかかるのだ。クラブでお腹いっぱいになるから、帰り道の買い食いはしないようになったけどね。
思わず握りこぶしを作ってしまう。
「そこで今年はお好み焼き屋さんにしようと思うのだけど」
「いいですね~」
賛同の声が部員から上がる。
正面に座っていた玉野くんが、ふっと笑った。
「渡瀬、千切りキャベツよろしくな」
「あ、はい」
特訓の成果の見せどころですね。
モグモグとだし巻き玉子をほおばりながら受け答えした。
うん、美味しいです。
おじさんのだし巻き玉子の方が……とは思いますけど、それは言いません。
「じゃあ、玉野シェフと渡瀬ちゃんがペアね」
テントは学校にあるし、鉄板は業者からレンタルするのだそうです。その他諸々の準備はみんなで分担するのだそうですが、クラブ対抗部費争奪人気グランプリは伝統らしいので、準備の仕方も受け継がれているそうな。
大学付属の私立高校の文化祭って……。
ボーゼンとしている内にてきぱきと分担を決められていく。玉野くんと私はキャベツを始め、材料の下準備と当日は前半が客引き、後半は調理、販売となった。
「なんで俺が渡瀬と……」
むか。
「だってね~」
にやにやしたお姉さま(三年生)が、顔を見合せる。
「同じクラスの方が、色々と当日動きやすいでしょうが」
南部長のもっともらしい一言で渋々玉野くんが納得した。
絆創膏巻いてくれたり、補習の特訓してくれたり、玉子焼き無理やり皆の前であ~んして食べさせたりさ……。
不機嫌そうな顔が、私が頑張った時にフワッと柔らかく笑ったりさ……ちょっといいかなって思ってたのに。
ペアになるのが嫌だと思われていたなんて、ちょっとショック。
足手まといだと思われたのかな、きっとそうなんだろうな。
がっくり……。